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サラリーマン(給与所得者)の休業損害のポイント

2017-02-07

 前回までに,主婦や会社役員,個人事業主の交通事故による休業損害について見てきて,その際に,これらの請求が会社から一定の給料の支払いを受けているサラリーマン(給与所得者)の場合と比較して難しいと述べてきました。

 それでは,サラリーマン(給与所得者)であれば,休業損害(休業補償)の請求は容易なのでしょうか?

 弁護士として実際に様々な交通事故のご相談をお受けしていると,サラリーマンの場合でも,必要な補償が100%受けられているは限らないことが少なからず見受けられますので,今回はサラリーマン(給与所得者)の休業損害(休業補償)の請求について解説いたします。

 

基本的な計算の方法

 前提として,サラリーマンの休業損害(休業補償)の計算の仕方について確認しておきましょう。

休業日数の把握

 まず,実際にどれくらい休んだのかを確認するために,「休業損害証明書」を作成します。

 休業損害証明書は,自賠責の定型書式を用いて,会社に作成を依頼することが通例です。

 保険会社に言えば用紙を送ってくれますので,送られてきた用紙を会社の担当者に渡して作成を依頼しましょう。

 これにより休業日数を把握することができます。

基礎収入額の設定

 次に,休業1日当たりにどのくらいの損害が発生するのかを確認します。

 この計算方法としては,交通事故の直前3か月の給料(額面)の平均値を用いるのが一般的です。

 実際には,事故前3か月分の給料の合計額÷90日とすることが多いです(各月の日数を考慮して91日や92日で割ったとしても間違いではありません。)。

休業損害の計算

 以上の結果,休業損害の計算式は以下のようになります。

 基礎収入額×休業日数=休業損害

具体例

 イメージをしやすくするために,以下のような事例で見てみましょう。

①事故日

 11月1日

②休業日数

 11月1日から11月15日までの15日

③収入

 2月 30万円

 3月 30万円

 4月 30万円

 (※20日勤務で月給30万円,日給1万5000円)

④会社から支払われた11月分の給料

 11月16日~30日までの半月分として15万円

 

基礎収入

 (30万円+30万円+30万円)÷90日=1万円/日

休業損害額

 1万円×15日=15万円

コメント

 これが基本的なサラリーマンの休業損害の考え方であり,具体例では,約半月休業して,15万円が休業損害として支払われているので,会社から支払われた給料と合わせれば30万円となり,感覚的にも支払いに不足しているということはないはずです。

注意点

 休業損害証明書は,被害者が会社に作成を依頼することになります。

 黙っていても保険会社は対応してくれませんので,自分で動くようにしましょう。

 また,多くの方が毎月給料の支払いを受けていると思いますが,事故前と同じように支払いを受けようとするのであれば,毎月休業損害証明書を提出する必要があります。

 人によっては,数ヶ月をまとめて作成依頼して保険会社に提出する人がいますが,その場合,支払いが遅れることになるというマイナスに加え,保険会社から,「この時期以降の支払いはできません」と言われて,途方に暮れてしまうこともあります。

 休業損害の支払いは,あくまでも,「事故によって発生した損害であるということが相当である」といえる範囲に限られます。

 したがって,非常に軽微な事故で,延々と休業を続けているようなケースでは,支払いはされないということになります。

 どの程度なら支払われるということを一概に言うことは難しいのですが,実務上重視されているのは,「主治医による就業の制限がされているかどうか」です。

 むち打ちなどの場合,多くの場合,就労の制限まではされませんので,事故当初の短期間や通院のための一部欠勤部分にとどまるということも多いでしょう。

 むち打ちで数ヶ月にわたって復帰もせずに休業を続けているというような場合,相手方から支払いを受けるのは非常に困難であるといって良いでしょう。

保険会社との交渉でよく問題となる点

 上記のように,連続して休業しているような場合には,保険会社の支払いも不足がないことが多いでしょう。

 しかし,よく問題となるのは,休業が飛び飛びになっている場合です。

具体例

 先ほどの例で,通院などのために,11月1日,5日~10日,15日の合計8日といったように飛び飛びで休業した場合で見てみましょう。

 先ほどの計算方法では,1万円×8日で8万円が休業損害となりそうです。

 ここで注意すべきなのは会社から実際に支払われる給料との合計額なのですが,先ほどの「収入」のところで見たように,日給では1万5000円となっていて,20日勤務だとすると,会社に出社することができたのは20日-8日の12日になります。

 その結果,会社からの支払額は,1万5000円×12日=18万円となります。

 そうすると,先ほどの休業損害額8万円をプラスすると,合計26万円ということになるのですが,事故の前は毎月30万円の給料を受け取っていたことからすると4万円も下がっています。

 この点が問題なのですが,保険会社は,実際にほとんどの場合でこのような計算をしてきます。

なぜこのような事になるのか?

 それでは,なぜ初めの例では問題がなかったものが2番目の例では問題になるのかということなのですが,理由は簡単で,休日が適切に考慮されていないからです。

 つまり,初めの例では,11月1日から11月15日の間に休日が含まれている中で,休業の日数について,休日も含めて連続した15日間という期間で計算をしていました。

 これに対して,2番目の例では,飛び飛びで休んでいたために,連続した期間としての計算をすることができず,休日を含まない実際に休んだ日を使って計算しています。

 問題の原因は,基礎収入の額を計算するときには休日を含む90日で割っていたということです。休日を含んでいる分,1日の単価は低くなっています。

 そのため,2番目の例のように,この単価に休日を含まない実際に休んだ日をかけると支払額が小さくなるのです。

 今回は,月の稼働日数が20日の例で考えてみましたが,月に3日しか働かず,1日の仕事の単価が10万円という場合を考えると,1日当たりの休業損害が1万円というのが不当であることがよりハッキリとします。

交渉の方法

 計算上の問題点は上記のとおり明らかですが,保険会社は,こうした違いを無視して機械的に前述の方法で基礎収入を計算してきます。

 これに対する対応の方法としては,基礎収入について,休日を含まない稼働日数を元に日給を算出するということが考えられます。

 実際に,裁判上もこのような計算方法が認められていますので(東京地裁平成26年1月21日判決等多数),弁護士としてもこの計算によって請求を行うのですが,保険会社の担当者によってはすぐに応じないことがあります。

 そのような場合には,過去の裁判例や理屈について根気強く説明することが必要となります。

 

どこまでが基礎収入になる?

 基本給のほかに,各種手当も含みますが,実費に対応して支払われる通勤手当については,通勤をして実際に交通費を払わなければ発生しないものなので,基礎収入には算入しないことになります。

 

有休休暇を利用した場合は請求の必要がない?

有休休暇を利用した場合でも請求は可能

 休業損害を含めて,基本的に損害賠償は,実際に損害が生じて初めて加害者に請求することができるようになります。

 そのため,有休休暇を利用して会社から支払いを受けた場合には,加害者に対して休業損害の請求をすることができないのではないかということが問題となります。

 この点については,現在の実務上は,有休休暇を利用した場合でも,有休休暇を利用する権利を自身が望まないタイミングで使用することになっていることから,損害があるとして賠償の請求をすることができることとなっています。

 この場合の損害の額については難しいところがありますが,一般的には,通常の休業損害と同様に,基礎収入額に応じて使用した日数分の請求が認めれることが多いです。

請求の方法

 有休休暇を利用した場合は,保険会社が応じないというよりも,被害者本人が損害があることに気付いていないということが多いので,請求を忘れないようにしましょう。

 

ボーナスは?

ボーナスの減額分も請求は可能 

 事故によって休業したことが賞与の計算上マイナスに評価され,結果として賞与の額が減った場合には,この減額分を事故の加害者に請求することができます。

 内容に問題がなければ,特に争いなく保険会社から支払われることも多いです。

 もっとも,減額又は減額の可能性があるのに,そのことを適切に相手方に伝えなかった場合には,損害賠償上考慮されないことになりますので,この点も忘れずにチェックしましょう。

請求の方法

 ボーナスについては,「賞与減額証明書」というものを別途会社に作成してもらうとともに,賞与の計算規程についても併せて交付をお願いすることになります。

 

残業ができなくなった場合は?

事故によってマイナスになった分の請求が可能

 仕事には復帰したものの,事故前のように残業ができなくなったという方もいらっしゃいますが,このようなものも,事故によって発生した損害として請求は可能です。

 この場合の問題点は,既にみたように,休業損害の計算が基本的に基礎収入に休業の日数をかけるという方法で行われるため,休業をしていない以上,通常の請求方法では残業代分のマイナスが計上されないという点にあります。

 休業損害証明書によってしか請求ができないものと考えていると,この点を見落としがちになるので,注意が必要です。

請求の方法

 請求の方法としては,復帰後の給与の額と事故前の給与の額の差額を残業代分の損害として請求することなどが考えられます(大阪地裁平成28年3月24日等参照)。

 当事務所でも,同様の方法によって相手方保険会社に対して請求を行い,支払を得られたことがあります。 

まとめ

 以上のように,サラリーマンの休業損害の請求は,認定はそれほど難しいところはないものの,被害者の側できちんと把握して主張しておかなければ見落とされてしまうものが多いのが特徴です。

 一つ一つの損害を漏らさずに適切に請求を行うためには,細かいチェックとそれなりの理論構成が必要となるところもありますので,しっかりと補償を受けられたい場合には,まずは専門家である弁護士への無料相談をご利用ください。

自営業者・個人事業主の休業損害

2017-01-31

 交通事故の休業損害のことでお悩みの方の中には,自営業・個人事業主の方もいらっしゃいます。

 そこで今回は,役員の場合と同様に,給与所得者の場合とは異なる難しさがある自営業者(個人事業主)の休業損害の問題について見ていきたいと思います。

 

自営業者(個人事業主)と給与所得者の違い

収入関係の把握

 給与所得者の場合,使用者から受け取る給与がそのまま収入であるといえるため,会社から源泉徴収票を取り寄せれば容易に収入状況を把握することができます。

 これに対して,個人事業主の場合には,基本的に確定申告書類の控えを用いて収入状況を把握することになるのですが,以下で述べるように必ずしも適切に申告しているとは限らず,その場合,実際の収入を把握することが困難になります。

 また、よくある誤解として、売上の減少をそのまま加害者に請求することができると考える方が多いのですが、休業損害ということができるのはあくまでも利益に関する部分です。

 例えば、仕入れに100万円、売上150万円の仕事をしていた場合、最大でも利益は50万円で、この他に売り上げを上げるために家賃や光熱費、広告宣伝費等が発生します。このときに、事故に遭って仕事を停止したからといって、150万円が請求できるとすると、支払いを免れた経費分得することになってしまいます。

 損害賠償の目的はあくまでも原状回復ですので、このようなことは認められません。加害者側に請求することができるのは、あくまでも事故に遭わなければ手元に残っていたはずのお金ですので、経費を差し引く必要があります。もっとも、後で述べるように、休業をすることで無駄になってしまった経費については、別に請求することは可能です。

 ここでのポイントは、自営業の場合、売上だけでなく、経費についても何がどれだけかかっているのかが重要であり、経費が分からなければ休業損害の額も分からないということです。

 この点は、後で述べる確定申告をしていない場合で問題となってきます。

休業の実態・必要性の把握

 自営業者(個人事業主)と給与所得者の違いとして,まず使用者から労働時間を管理されているわけではないという点が挙げられます。その結果、第三者に「休業の事実」について証明してもらうのが難しいという特徴があります。

 例えば、事故による怪我で事故直後の2週間仕事を休み、その後は仕事には復帰したものの通院や身体の痛みなどを理由に一部制限をかけながら仕事を続けていたような場合(実際にこのようなケースは多いです)、第三者(保険会社)から見て、休んだ事実をどのように把握すればよいのでしょうか。

 このように、自営業者の場合、まず「仕事を休んだ」ということを何らかの資料を元に証明しなければなりません。

 入院していたような場合や、営業自体を停止していたような場合にはそれほど証明は難しくないと思いますが、営業自体は他の従業員によって続けられていたような場合、この証明は難しいものとなりますので、少なくとも仕事を休んだことの記録をつけるなどしておいた方が良いでしょう。

売上以外の損害

 自営業者(個人事業主)の場合,給与所得者の場合と異なり,休業した場合,売上が減少するだけでなく,日々発生する経費も無駄になる可能性があります。この点は、事故のために無駄になっているのですから、賠償を求めていく必要があります。

収入の変動

 給与所得者の場合,給与の額が年によって大きく変動するということはそれほど多くありませんが,個人事業主の場合には,年によって収入が大きく異なるということも珍しくありません。また、1年の中でも時期によって売り上げが変動するという業種もあります。そのような場合、賠償の基礎となる金額をどう設定するのかが問題となります。

 損害賠償上の問題

 損害賠償の請求に当たっては,事故によって損害が発生したことを自分で証明することが不可欠となりますが(「被害者が知っておくべき損害賠償の基本」),自営業者(個人事業主)の場合,上記特徴がありますので,証明をすることが難しいケースも出てきます。

 以下では,その具体例について見ていきます。

収入の証明

ア 提出書類

 収入の証明は,基本的に税務署の受付日付印のある確定申告書類を用いて行うことになります。受付日付印がない場合は,課税証明書も付けることが考えられます。

 なぜ確定申告書類が資料として用いられるかというと、自営業者の休業損害を算定するにあたっては、実際の売上の額に加え、売上を上げるためにどのような経費がいくら必要となっているのか重要となるのですが、確定申告書類を見れば、経費について過大に申告することはあっても過少に申告することは少ないと考えられ、その意味で、確定申告書類を見れば、「そこに記載されている以上に経費はないだろう」ということが分かります。

 また、利益についても、敢えて多めに申告して税金を高く支払う人は通常いないので、「最低限、ここに記載されている利益はあるだろう」ということが分かります。

 したがって、結果的に、休業損害の額を計算するにあたって、非常に信用性の高い書類ということになるのです。

イ 税務申告に問題がある場合

 ここでよく問題になるのが,過少申告をしていたり,そもそも確定申告をしていなかったような場合です。

 税務申告の問題と交通事故の損害賠償の問題は,次元が異なりますので,このような場合であっても請求自体は可能です。

 しかし,収入に関する主張が税務申告のときと損害賠償のときと異なっているということ自体が矛盾するものですので,請求はかなり厳しいと言わざるを得ません。

 確定申告をせずに休業損害の請求をしようとする方は、売上さえ証明することができれば、加害者は支払いに応じるはずだと思うかもしれません。また、事故に遭わなければ売り上げを得られていたのは間違いないから加害者が売り上げの補填をするのは当然だと思うかもしれません。

 そして、売上については、通帳の記載などで証明することが容易なケースも多いでしょう。※報酬も手渡しで、預金もせずにそのまま使っていたというような場合は、ほぼ証明は不可能です。

 しかし、既に述べたように、自営業者の場合、売上=収入ではありません。

 月に100万円の売上があったとしても、仕入や人件費、家賃、備品購入等、諸々の経費があった上で100万円を売り上げているのであって、手元に残る利益は30万円だったりするわけです(経費が70万円)。

 場合によっては、売上はあってもそれを上回る経費が生じていて赤字になっているということもあるかもしれません。

 他方で、事故にあったことで仕事を休業していた結果、仕入れもしなかったということになれば、その分経費の支出は小さくなります。

 したがって、このような場合に休業損害として100万円を受け取ることになれば、本来の収入以上の利益を得ることになってしまいます(仕入れをせずにすんでいるため)。

 当然、損害の賠償としてこのようなことは認められませんので、自営業者の場合、売上だけでなく、どのような経費がどの程度生じているのかを明らかにしなければなりません。

 このように、経費がいくらだったのかは、自営業者の休業損害・逸失利益を請求するために非常に重要なポイントになりますが、経費の額について、被害者が言うことを鵜呑みにすることはできず(所得を申告していないのであれば尚更)、容易に信用することはできません。

 そのため、このような場合には,客観性の高い会計帳簿類(総勘定元帳,売上台帳,仕入台帳,金銭出納帳など)を用いて,収入の実態を証明していきますが,これらについても、全てを包み隠さず出していることの保証はどこにもありません。また、そのような会計帳簿類が存在せず,証明も不十分である場合には,休業損害がゼロとされる可能性があります。

 仮に,収入の具体的な金額について明確に証明ができない場合でも,就労の実態が証明できる場合には,少なくとも平均賃金を上回るだけの収入を得ていたことが確実であるということが証明できれば,賃金センサスにおける平均賃金額を用いて,ある程度の賠償を受けることは一応可能です。

 例えば、生活費を含めたお金の流れを見れば、1000万円程度は所得がないとおかしいというような場合です。

 しかし、この証明のハードルも高く、示談交渉で相手の保険会社が認める可能性は低いと言わざるを得ません。

 いずれにせよ,適切に確定申告をしていない場合,十分な賠償を受けられる可能性が低くなりますので,確定申告は適切に行っておくことが損害賠償上も重要になります。

 「無申告の自営業者は、休業損害を補償してもらうのが難しい」ということを認識しておきましょう。

 なお、税務上は修正申告をすることが望ましいことは言うまでもありませんが、修正申告をしたからといって、休業損害の支払が認められるとは限りません。

休業の実態・必要性の証明

 休業の実態については,売上の減少等の具体的な事情を元に証明をしていきます。

 また,休業が実際にどの程度必要であったのかを証明することはなかなか難しいところですが,受傷の内容・程度,年齢,仕事の内容などを元に判断されることになりますので,これらの事情を元に,医師の協力を得るなどして,休業せざるを得なかったことを的確に説明していく必要があります。

 入院したような場合や、医師から自宅で安静にするように指示されたような場合は、その期間休業したことを証明することは難しくありませんので、問題となるのは、一見すると仕事に復帰することが可能な状態であるにもかかわらず、休業しているような場合です。

 この場合、実際に休業していたことが証明できたとしても、事故との因果関係が不明となることもあり得ます。

 なお,休業の証明が難しく損害の全ての賠償が認められない場合でも,「〇日間を通じて,〇%の就労制限があった」などとして賠償が認められることもあります。

固定経費の損害

ア どういったものが請求できるか

 個人事業主の場合,自身が休業をせざる得ない場合には,無駄な経費の支出を止めて完全に休業の状態とした上で,売り上げの減少を相手方に請求したいところですが,現実には,地代家賃や租税公課,損害保険料などのように,休業した期間も含めて支払いをしなければならないもの存在します。

 このような支払いは,売上に貢献することなく無駄になるものですので,交通事故による損害として加害者に賠償を求めることができます。

 これは,休業損害(消極損害)とは異なる独立した損害(積極損害)ともいえますが,計算上は,休業損害の基礎日額を計算するときに,固定経費分を考慮して計算するということが多いです。

 逆に,休業をすれば支払いもしなくて済むような経費については,損害に計上することができません。

 例えば、一時的にお店を閉めたとしても、テナントの家賃は支払わざるを得ませんが、この分は無駄な出費となってしまいますので加害者に請求することが可能です。

 逆に、支払いの対象とならないのは、営業活動をしているからこそ発生するような経費です。例えば、交通費などは自宅で安静にしている限り発生しないものですので、休業中に無駄な経費として発生することはありませんので、賠償を求めることはできません。

 費目によっては,ケースによって損害として認められることもあれば認められないこともあるというものもありますので,具体的にどこまで請求できるのかは,弁護士にご相談いただいた方が良いかと思います。

 なお,このような固定経費については,後遺障害逸失利益や死亡逸失利益の損害額の計算に当たっては計上することができませんのでご注意ください。

イ 証明の方法

 上記のように,経費のすべてを計上することができるわけではないことから,費目ごとの経費の金額を信頼のできる書類によって証明しなければなりません。

 一般的には,確定申告のときに提出する書類の中の「損益計算書」を用いますが,それがない場合は,会計帳簿などを用いて証明を試みることになります。

ウ 保険会社との示談交渉

 この点について,保険会社の対応としてよくあるのが,算定の基礎となる金額について,青色申告特別控除前の所得金額を用いるのみで,その他の経費を考慮しないというものです。

 上記のように,事故による休業で無駄になった経費については,賠償が認められるというのが実務の取り扱いですので,きちんと請求していく必要があります。

収入の変動

 一般的には,休業損害ないし逸失利益の金額の算定をする場合,交通事故があった日の前年の収入を元に計算をすることになります。

 しかし,自営業・個人事業主の場合,事故の前年の収入が多かった場合は良いですが,事故の前年の収入がたまたま低かったような場合には,通常どおりに計算すると低い収入額をベースに計算されてしまうので,十分な賠償を受けられなくなってしまいます。

 実務では、所得の傾向を確認するため、数年間分の確定申告書類の提出が求められることがあります。

 また、起業後間もない段階で事故に遭ったような場合、事故時点での休業損害の額をどのように把握すればよいのか判断が難しい場合もあります。

自営業者の収入の寄与率とは?

 以上のような形で基礎収入が計算されていくことになりますが,事業所得者の場合には,申告所得額の中に,本人の労働とは関係なく得られる家賃収入などの収益があることや,実際には家族の協力があるのにそれに対して専従者給与として労務に見合った適正な対価を支払っていないこともあるなど,交通事故被害者本人の労務に対する対価とは言い難いものが含まれていることがあります。

 このような場合,交通事故によって休業をしたとしても,影響が出ない部分も相当程度あると考えられますので,その分を計算上差し引くことになります(最高裁昭和43年8月2日判決参照)。

 その際,収入のうち,被害者の寄与率は〇%などとして計算が行われることが一般的となっています。

まとめ

 以上のように,自営業者の休業損害の請求は,様々な点で問題になりうるところであり,実務の状況を正確に理解していなければ,適正な賠償を受けることが難しいところがあり,交渉にせよ裁判にせよ,どのように損害を立証していくのかが非常に重要になります。

 また,保険会社の対応は,一般的に,定型処理が可能な部分に限られ,固定経費の計上や収入の変動といった特別な事情については考慮されないことが多いです。

 そのため,自営業者・個人事業主の方で,交通事故を原因とする休業でお悩みの方は,交通事故に強い弁護士にご相談されることをおすすめします。

【参考文献】

別冊判例タイムズNo.38

2001年・2014年版 赤い本下巻

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2017-01-20

 交通事故のご相談をお受けしていると,会社の役員をされている社長などの方が交通事故の被害者としてご相談に来られることもあります。そして,多くの役員の方が抱えている問題で共通することとして,休業損害(逸失利益)の問題があります。

 保険会社によっては,役員であるというだけで,請求を門前払いすることもあるようです。

 なぜ,役員の場合だと問題があり,どうやって請求をしていけばよいのか?

 今回は,役員報酬に関する休業損害(休業補償)・逸失利益の問題について見ていきたいと思います。

休業損害の問題

減収がない

 役員報酬の場合、交通事故に遭ったからといって期中に一度決めた報酬の額を減額することは税務上困難なことが多いため、仕事に出ることができなくても、会社からそのまま役員報酬が支払われることが少なくありません。

 交通事故で賠償の対象となるのは、あくまでも損害が発生したといえる範囲に限られますので、収入に変化がなければ、基本的に請求はできません。

 ただし、この場合、休んでいる役員に対して無駄に報酬を支払うことになったという意味で、会社に損害が発生していることになりますので、会社から事故の加害者に対して損害賠償の請求をすることは可能です。このことを反射損害といいます。

休業したことの証明

 通常、給与所得者であれば、出退勤が管理されているため、いつ仕事を休んだのかは会社に証明してもらえれば、相手の保険会社も納得します。

 しかし、会社役員は、会社の従業員のように出退勤が厳格に管理されていません(特にオーナー社長のような場合)。

 そのため、いつ休んだのかについて、被害者である役員自身で証明する必要があります。

 しかし、これは業態にもよりますが、後で証明しようと思っても、適切な資料が用意できないことが多々あります。

 後になって証明できず休業損害の支払いが受けられないという事態にならないように、交通事故が原因で仕事を休むことがあれば、その日時と理由をその都度記録しておくことをおすすめします。

役員報酬の特色

 役員報酬の場合に何が問題になるのかを見る前に,まず役員報酬の特色について見ておきましょう。

 役員の場合と一般的な給与所得者を比較すると,給与所得者の場合,給料が労働の対価であることに疑いはないのに対し,役員の場合,法人税負担の軽減のために役員報酬を増額し利益を圧縮していること,実質的には何ら役員として稼働していないにもかかわらず親族等に報酬を支払っていること,利益配当的な要素を含んでいることや,役員が休業していてもそれまで通り報酬を支払っていたりするということがあります。

 さらに,被害者が役員を務めている会社は小規模であることも少なくなく,被害者個人の休業損害ということを超えて,会社の売上が減少するという大きな損害が発生することもあります。

 こうした違いから,役員が休業した場合の損害賠償請求においては,給与所得者の場合と異なる配慮が必要となりますので,以下で詳しく見ていきます。

労務対価部分と利益配当等の部分の区別

 上記のように,一口に役員報酬といっても,その中身は様々です。

 ここで,交通事故の損害賠償という観点から見ると,加害者が賠償の責任を負うのは,交通事故によって負った怪我などの影響で仕事ができなくなり,それによって損害が発生した部分ということになります。

 つまり,賠償金額として算定の基礎となるのは,実際に役員としての仕事を休業せざるを得なくなった場合で,その間の役員報酬の内,労働の対価部分に限られるということになります。

 したがって,すでに述べたように,そもそも役員として全く稼働していなかったような人の場合,交通事故によって役員の仕事に影響が出ることはありませんので,役員としての休業損害は発生しないこととなります。

 また,役員として稼働していたとしても,既に述べたように,100%が労働の対価と言えるのかについては,検討する必要がありますので,1月当たりの報酬額が100万円の人が1か月休業した場合に,100万円を休業損害として請求するためには,役員報酬が100%労働の対価といえることを証明しなければなりません。

証明の方法

 役員報酬の内,どの程度が労働の対価部分といえるのかは,会社の規模,利益状況,役員の地位,職務内容,役員報酬の額,他の役員・従業員の職務内容と報酬・給料の額,事故後の役員報酬の額,類似の会社の役員報酬の額などによって判断していくことになります。

 そして,これらを証明するためには,法人の事業概況説明書や損益計算書といった会社の確定申告の際に提出する書類や,賃金センサス,実際にどのような仕事をしていたのかについての業務記録などを用いることになります。

 役員報酬が,自分が働いた分の対価として適正であることを説明していくわけです。

誰が請求するのか?

 休業によって役員報酬が支払われていなかった場合,役員本人に損害が発生していますので,役員本人が請求を行うことになります。

 これに対し,役員が休業していたにもかかわらず,会社がそれまで通り役員報酬を支払っていた場合,役員には基本的に損害は発生していないとも考えられます(税務上の手続の問題から,敢えて減額しないということもあるようです。)。

 しかし,その場合でも,会社には働いていない役員に報酬を支払ったことになり,損害が発生しているといえますので,会社から加害者に対する損害賠償請求が認められることになります(反射損害の請求)。

 また,この場合の役員本人からの請求についても,会社からの請求がされないことが明らかで,加害者に2重払いの可能性がなければ認められる余地があります(大阪地裁平成26年4月22日判決,同平成25年6月11日判決等参照)。

会社の売上減少に関する請求

 役員が,会社の中で重要な役割を占めており,役員報酬としての損害以上に,会社に大きな損害が生じることがあります(会社固有の損害)。

 この場合に,会社の売上減少に関する請求を相手方に行うことはできるのでしょうか?

 この点については,基本的には,会社は,事故によって直接損害を被ったのではなく,間接的に損害を被ったに過ぎないので(間接損害・企業損害),請求は認められないと考えられます。

 もっとも,以下のような例外的な場合には,請求が認められると考えられます。

 

①会社と役員が経済的に一体的な関係にある場合

 会社と役員が経済的に一体的な関係にある場合には,会社の損害は実質的に役員の損害と同視することができるので,請求が可能です(最高裁昭和43年11月15日判決)。

②故意またはそれに準じるような場合

 故意またはそれに準じるような態様で事故が発生した場合,上記の請求が認められる可能性がありますが,交通事故の場合にはそのようなケースは稀だと思われます(東京地裁平成27年3月25日判決参照)。

 

注意点

 上記のような点について立証に成功すれば,役員でも休業損害の請求を行うことは可能です。

 ただ,会社の代表取締役のような役員の場合に気を付けなければならないのは,役員は,会社から勤務時間等について厳格に管理されておらず,出退勤についてある程度自由に行うことができることもあるため,休業の必要性が争われることがあるということです。

 休業が必要であったかどうかは,基本的に怪我の状況と業務内容によって判断されることになりますので,一般常識に照らし,仕事に復帰できる状態であれば,速やかに復帰した方が良いでしょう。

 仮に,自己判断で休業していたとしても,客観的に見て仕事に復帰できたと判断された場合,その分の支払いを相手方に求めることはできませんので注意してください。

 

弁護士による役員報酬請求(休業損害)の示談交渉・増額のポイント

 役員報酬の上記のような特色を踏まえ,役員報酬の休業補償を求めるときは,まず,誰にどの程度の損害が発生したのかを確認し,請求の主体を確定します。

 次に,発生した損害のうち,どの程度を交通事故の加害者に請求できるのかを検討します。

 その際,会社の規模や被害者の役員としての業務内容等様々な事情について,裁判例を参考にして見ていくことになります。

 最後に,それらの事情を元に,請求の骨子を構成し,根拠となる資料を示して相手方に請求を行うことになります。

 適切に請求の理由付けを行うことができなければ,相手方や裁判所が請求を認めることはありませんので,事前に事案を把握し,準備を怠らないことが重要となります。

 

まとめ

 役員報酬の請求を巡っては,誰が請求するのか,請求できる金額はどうなるか(労務対価部分はどの程度か),休業の必要性はどうかといった問題が存在し,給与所得者の休業損害の請求よりも難しいといえます。

 役員をされていて,交通事故に遭われた場合には,早めに弁護士にご相談されることをおすすめします。

 

(参考文献 2005年版 赤い本・下巻)

圧迫骨折と11級7号の認定・示談のポイント

2017-01-18

 交通事故で怪我を負った場合,治療を行ってもどうしても元通りとはいかず,後遺症(後遺障害)が残ってしまうことがあります。

 後遺症に関する損害賠償の請求方法には,ある程度決まった方式があるのですが,内容によってはどうしても定型通りに処理することが難しいものもあります。

 今回は,その中でも比較的よく見られる圧迫骨折について後遺障害等級11級7号が認定された場合について,等級の認定の段階と損害賠償請求の段階における逸失利益や慰謝料といった損害賠償の弁護士による示談交渉・増額のポイントについて紹介したいと思います。

 

圧迫骨折とは?

 私たちの体には,身体を支える脊椎というものが存在しますが,この脊椎を構成する椎体というものに力が加わってつぶれてしまうことがあり,このことを圧迫骨折と呼んでいます。

 圧迫骨折は,若い人でも非常に強い力が加わることによって発生することがありますが,高齢になって骨粗しょう症になったりすると,それほど大きな力が加わらなくても日常生活における軽い転倒などによって発生することがあります。

 圧迫骨折自体がこのような性質を持っているため,特に高齢者の場合,事故で脊椎に衝撃が加わることで骨折が生じやすく,また骨折箇所が元通りとはならずに後遺症として残りやすいという特徴があります。

 

圧迫骨折で認定される可能性がある後遺障害等級

 実際に圧迫骨折となった場合,認定される後遺障害等級としては以下のものが考えられます。

 

変形障害

6級5号

脊柱に著しい変形を残すもの

8級相当

脊柱に中程度の変形を残すもの

11級7号

脊柱に変形を残すもの

 

 変形障害の各等級の区別は,後方椎体高と比較して前方椎体高がどの程度減少しているのか,後彎は発生しているか,コブ法による側彎度が50度以上か,回旋位,屈曲・伸展位の角度はどうなっているのかといった点に着目し,条件を満たしていれば,6級5号あるいは8級相当の後遺障害等級が認定されることになります。

 

運動障害

6級5号

脊柱に運動障害を残すもの

8級2号

脊柱に運動障害を残すもの

 

 運動障害の各等級の区別は,頸椎と胸腰椎の双方に圧迫骨折等が生じ,それにより頸部と胸腰部が強直したか(6級5号),頸椎又は胸腰椎のいずれかに圧迫骨折等が生じ,頸部又は胸腰部の可動域が参考可動域角度の2分の1以下に制限されたか(8級2号)といった点でなされることになります。

 

荷重機能障害

6級相当

荷重機能の障害の原因が明らかに認められる場合であって,頸部及び腰部の両方の保持に困難があり,常に硬性補装具を必要とするもの

8級相当

荷重機能の障害の原因が明らかに認められる場合であって,頸部又は腰部のいずれかの保持に困難があり,常に硬性補装具を必要とするもの

 

 荷重機能障害の区別は上記のとおりで,「荷重機能の障害の原因が明らかに認められる場合」とは,脊椎圧迫骨折・脱臼,脊柱を支える筋肉の麻痺又は項背腰部軟部組織の明らかな器質的変化があり,それらがエックス線写真等により確認できる場合をいいます。

 運動障害の場合と共通することですが,これらの形式的要件を満たしていても,受傷の程度によっては,因果関係がない(硬性補装具の必要はない)として見込んだ等級の認定が受けられないということもありますので注意が必要です。

 

11級7号の認定とは

 11級7号の要件は以下のとおりです。

11級7号

①脊椎圧迫骨折を残しており,そのことがエックス線写真等により確認できるもの

②脊椎固定術が行われたもの(移植した骨がいずれかの脊椎に吸収されたものを除く)

③3個以上の脊椎について,椎弓切除術等の椎弓形成術をうけたもの

 

 認定の要件は以上のとおりで,圧迫骨折の診断がされていれば,11級7号が認定されることが多いと言ってよいでしょう。

 しかし,既に述べたとおり,圧迫骨折は日常生活でも発生する可能性があり,事故によって生じたものであるかどうか(陳旧性のものかどうか)が問題となることもあります。

 この点については,事故直後にMRI検査を受けることにより,陳旧性のものかどうかを確認することができますので,圧迫骨折が疑われる場合は,早期にMRI検査を受けるようにしましょう。

 なお,今回対象としているのは,この中の①ですが,事故で発症したヘルニア等の治療法として脊椎の固定術が行われた場合には,②によって11級7号が認定されることになり,そのようなケースも比較的よく見られます。

 

弁護士による11級7号の示談交渉・増額のポイント

逸失利益の計算方法は?

 11級7号に限らず,後遺症に後遺障害等級が認定されると,慰謝料の他に逸失利益を請求することができますが,11級7号の場合,この逸失利益の賠償金額について争われることが多いのです。

 この点について詳しく見ていきましょう。

ⅰ 逸失利益の一般論

 逸失利益とは,後遺症によって仕事が以前のようにできなくなったことによる将来分を含めた減収に関する賠償のことをいいます。

 通常,後遺障害等級は,症状がこれ以上良くならない状態(症状固定)で,残った症状について認定されるものです。

 したがって,減収が見込まれる期間を仕事が可能な期間分について,症状固定時の障害の程度に応じて目一杯請求することになります(67歳までとするのが一般的)。

ⅱ 11級7号の場合

 上記一般論に対し,11級7号の場合,変形障害が残ったとしても,日常生活にそれほど支障がないというケースも多く,そもそも他の11級の後遺障害(例えば,手の人差し指,中指,薬指のいずれかを失った場合等)と同程度の労働能力の喪失があるのか,労働能力の喪失が一生涯続くものなのか,といった点について様々な議論があります。

 この点については,裁判上も判断が確定しているわけではないので,被害者の年齢や職業,骨折の部位・程度等を考慮して,具体的に見ていくほかありません。

 最近の裁判の傾向を見ていると,骨折後に痛みが残った場合の後遺障害等級である12級13号に準じて計算するようなケースが見られます。

 この場合,労働能力喪失率が20%→14%となり,労働能力喪失期間も,就労可能年限までではなく,若干減らされることがあります。

 ただし,基本的には,他の11級と同様の労働能力の喪失があるというのが基本的な考え方となりますので(2004年版赤い本下巻参照),安易に妥協することはできません。

 

慰謝料の額は?

 後遺症について11級が認定された場合のいわゆる裁判基準による慰謝料の相場は,420万円程度とされています。

 慰謝料については,逸失利益の場合とは異なり,圧迫骨折後の11級7号の場合であっても,この相場にしたがって支払われる傾向にあります。

 

まとめ

 圧迫骨折による11級7号のポイントは,事故によって生じたものであることを証明するためにまずはMRI検査を受けるということと,逸失利益の請求について何が問題となるのかを正確に把握しておくということにあります。

 なお,上記のような労働能力喪失の程度・期間については,厳密にいうと,11級7号に限らず争いになりやすいところではあります。

 しかし,11級7号の場合,裁判上も確定した考えがあるわけではなく,相手方から反論された場合,自身の見解を根拠を示しながら説得的に主張していくことが重要となってきます。

 そのため,交通事故によって圧迫骨折が診断された場合には,弁護士にご相談の上,適切に交渉を行っていくことをおすすめします。

 

 後遺障害に関する一般的な説明についてはこちらをご覧ください →「後遺症が残った方へ」

 

交通事故の損害賠償でよくある誤解について

2017-01-16

 インターネットが発達した現代社会においては,交通事故の損害賠償についても,一般の方が容易に情報を取得することができるようになりました。

 私も,交通事故の被害者が,保険会社や弁護士に任せきりにするのではなく,ご自身でも情報を収集することは大事なことだと思います。

 しかし,情報を有効に活用するためには,情報が持つ意味を正確に理解しておく必要があります。

 

 前回は,そういった情報の中でも自賠責保険がどういった特徴を持つのか,任意保険と比較しながら見ていきました。

 今回は,弁護士として交通事故の損害賠償についてご相談をお受けしているときに,自賠責保険に関連する情報によって誤解されていることが多いと感じることについて触れていきたいと思います。

 

 

通院の回数が多いほど慰謝料の金額が大きくなる。

① 自賠責保険の考え方

 自賠責保険では,慰謝料の計算方法として,1日単価4200円に通院期間または通院実日数×2のいずれか小さい方をかけるというものを用いています。

 このことがインターネットなどで広く浸透しているためか,通院をすればするほど慰謝料の金額が大きくなると考えられていることがあります。

 しかし,これは大きな誤解で,前回述べたように,自賠責保険は公平かつ迅速に最低限の補償を行うためのものであるためこのような簡便な計算方法をとっているに過ぎません。

 

② 法律で認められる損害賠償の考え方

 実際に正確に慰謝料の金額を算出する場合には,通院の日数以外にも様々な事情が考慮されることになります。したがって,通院の日数が多いからといって慰謝料の額が大きくなるわけではありません。

 むしろ,必要もないのに頻繁に通院をした場合,過剰診療に当たるとして,後で治療費の返還を求められるか,賠償金の計算の際に差引き計算をされる可能性すらあります。

 

③ 望ましい通院の仕方について

 通院はあくまでも治療の必要があるためにするものであって,慰謝料の額を吊り上げるために行うものではありませんので,当事務所にご相談に来られた被害者の方にも,その旨をご説明するようにしています。

 では,過剰診療のリスクを考えて,無理をして治療の回数を減らした方がいいのでしょうか?

 それは無理に通院するのと同じくおすすめできません。

 損害賠償請求に当たっては,なんといっても証明が重要です。

 被害者が痛い,苦しいと言っただけで請求が認められるわけではありません。

 この証明にあたって,コンスタントに医師による診察や必要な治療を受けていたことと,その際に作成される診断書やカルテが重要となってきます。

 そのため,症状があるのであれば,あまり間を置かずに定期的に通院をして診察と治療を受けるようにしましょう。

 結局のところ,必要以上に通ったり,無理に通院を控えるのではなく,常識的な範囲で通院を続けるということが大事であるということになります。

 時間の都合で病院への通院が難しい場合は,医師に話した上で,整骨院への通院を併用するということも考えられますが,その場合でも,病院での診察も定期的に受けることをおすすめします。

 

4200円に通院日数をかけた額が支払われないのは,自賠責基準よりも低くおかしい。

 これもよくある誤解なのですが,自賠責保険は,上限額がある中で簡易な計算方法を定めているに過ぎず,元々,基準にしたがって計算された額を満額支払うことを予定しているわけではありません。

 そのため,通院が長期化した場合,むしろ自賠責の計算方法にしたがった方が,裁判で通常認められる慰謝料の金額よりも大きくなることすらありますが,実際には上限額との関係で満額が支払われるわけではないのです。

 したがって,自賠責基準=低い基準と見るのではなく,具体的に妥当な金額がいくらなのかを自賠責基準から離れて検討することが必要となります。

交通事故の3つの慰謝料基準についてはこちら

 

被害者は自賠責基準を知らなければならない

 交通事故についてご相談をお受けしていると,慰謝料の額の1日単価が4200円であることや傷害部分の自賠責保険金の上限が120万円であることについて気にされている方が多くいらっしゃいます。

 しかし,被害者が請求することができる金額は,法律とそれに基づいて認定する裁判所によって決められるものであって,自賠責保険で決められるものではありません。

 したがって,相手の保険会社に請求できる金額がいくらなのかを考える際に,自賠責保険の基準を考慮する必要はないということになります。

 もっとも,ケースによっては,裁判で賠償金を求めるよりも自賠責保険で受け取ることができる金額の方が大きいこともあり,そういった場合には,相手方に請求するのではなく,自賠責保険で満足することの方がむしろ良いということになります。

 この場合,自賠責保険でどのような金額が支払われるのかを事前に把握しておくことが重要になります。

 それでも,被害者の立場で相手方に賠償の請求を検討している場合,通常は自賠責保険からの支払よりも相手方に請求できる金額の方が大きいことがほとんどですので,そのような場合に,被害者が自賠責保険の基準にこだわる実益はほとんどないといえます。

 

まとめ

 いかがだったでしょうか。自賠責の基準は,明確であるがために手にすることができる情報の中でもかなりインパクトがあるものです。

 しかし,その情報を知っていたからといって相手方への損害賠償の請求上有利になるかというと必ずしもそうではありません。

 交通事故の損害賠償に関する情報も様々で,取捨選択をすることはなかなか難しいところがありますので,交通事故の件でお困りの場合は,交通事故事件に詳しい弁護士にご相談ください。

自賠責保険と任意保険の違いについて

2017-01-10

 最近は,インターネットで交通事故の損害賠償に関する情報に容易にアクセスできるようになったこともあって,当事務所にご相談に来られる方も,基本的な情報についてインターネットで調べた上で,弁護士にも相談してみようということで相談に来られる方は多いです。

 このホームページをご覧の方の中にも,あるいは,インターネットで自分で情報を得られるので,自分には交通事故の交渉について弁護士のサポートは不要だと思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし,インターネットで得られる情報は,断片的で不正確なものも多く,弁護士の視点から見ると必ずしも的を射ていないものも少なくありません。

 そこで今回は,今一つ分かりづらい自賠責保険と任意保険の違いについて千葉の皆様と一緒に見ていきたいと思います。

 

そもそも自賠責保険とは?

 車に乗られる方であれば皆さん自賠責保険のことはご存知であるかと思いますが,自賠責保険は強制保険とされており,加入しないで自動車の運転をすると1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられることになります(自賠法86条の3第3号,同法5条)。

 また,自賠責保険の場合は,公平で簡易迅速に被害者を救済することを目的としているため,事案ごとの事情について深く踏み込むことなく,補償の範囲は最低限度にとどまり,審査も定型的に処理がされるという点にも特徴があります。

 自賠責保険は,加害者が加入する保険であるにもかかわらず被害者のための保険でもあるということと,最低限度の補償を迅速に行うところがポイントです。

 

自賠責保険と任意保険の違い

① 任意保険は自賠責保険の不足分をカバーするもの

 任意保険は,被害者に生じた損害の内,自賠責保険によってカバーされない部分を補てんするため の保険です。

 したがって,自賠責保険とはそもそも対象としている部分が違う,上乗せ部分の保険ということになります。

 保険の約款上は,「自賠責保険等によって支払われる金額を超過する場合に限り,その超過額に対してのみ」対人賠償保険金を支払うなどとなっているところです。

② 自賠責保険は被害者保護のためのもの

 任意保険は,基本的に加害者が多額の賠償金の負担を回避するために加入するものであるのに対し,自賠責保険は,むしろ被害者の保護を目的としているというところにも違いがあります(自賠法1条)。

 そのため,任意保険に加入していなかったことによる不利益は自己責任になりますので,自賠責保険とは異なり,加入していなかったとしても罰せられるということはありません。

 また,自賠責保険は被害者保護のための制度であるため,被害者が直接自賠責保険会社に対して賠償金の支払いを請求することができます(自賠法16条1項)。

 このことを,被害者請求あるいは16条請求などと呼びます。

③ 任意保険による支払いでは,損害の認定が厳密に行われる

 任意保険に加入していた場合,ほとんどのケースで賠償の範囲を無制限としていますので,その場合,事故によって生じた損害については,任意保険会社が基本的に全額賠償をしなければなりません。

 そして,本来であれば,被害者ごとに生じる損害や事情は異なりますので,賠償すべき金額を算出するには,様々な事情を考慮した上で,争いがある事実については細かく認定していくことになります。

 したがって,自賠責保険では,最低限度の補償を迅速に行うという観点から定型的に算出されていた賠償金額についても,任意保険会社が支払う場合には,事案に応じて妥当な金額はどの程度なのかを厳密に見ていくことになります。

④ 基準が異なる

ア 自賠責基準

 自賠責保険は,加入していないことで罰則が科されるなど,取り扱いは民間の保険会社が行っているものの,実質的には,公的な色合いも強いものになります。

 そのため,自賠責保険の支払基準は政令で定めることとされています(自賠法13条1項,16条の3第1項)。

 また,自賠責保険は最低限度の補償を行う強制加入の保険であることから,基準を満たすものを無制限に支払うわけではなく,上限額が設けられています。

 具体的には,傷害部分については120万円までとされており,後遺障害部分についても,認定された後遺障害等級に応じて,14級なら75万円,13級なら139万円といった上限が設けられています。

 ここでのポイントは,基準と上限額は区別して考えるべきであるということです。

 具体的に言うと,計算上の基準にしたがって計算した金額が上限額よりも大きくなり,全額の支払いが受けられないということがあります。

 また,イレギュラーな場面としては,上記の例とは反対に基準にしたがって計算した額よりも上限額の方が大きく,そのままで自賠保険から上限額一杯の支払いが受けられないというときに,裁判等を行うことにより,余った枠の分について支払いを受けられるようにするということもありえます(最高裁平成18年3月30日判決参照)。

イ 任意保険基準?

 任意保険の場合,前述のとおり,賠償の範囲が無制限とされていることが多いので,支払うべき金額は,「法律上賠償の義務を負う範囲」ということになります。

 これは,法律を元に裁判所が認定する金額とイコールですので,保険会社としては,賠償の範囲が無制限とされている場合,裁判所が認めるであろう金額については全額支払わなければなりません。

 つまり,任意保険会社が独自に設定した基準で定型的に支払えばいいというわけでなく,個々の事案に応じて裁判の相場にしたがった金額を支払う必要があります。

 この点で,定型的な基準にしたがって支払えば済む自賠責保険の場合とは大きく異なります。

 

まとめ

 今回は,自賠責保険と任意保険の違いについて簡単に見てみました。

 ポイントは,自賠責保険は,被害者救済のために,公平かつ簡易迅速に,最低限の補償を行うために定型処理されるのに対し,任意保険は,加害者の賠償リスクを回避するための保険で,法律上賠償の義務があるものについてはしっかりと支払いをしなければならないということです。

 次回は,自賠責保険との関係でよくある誤解について見てみたいと思います。

新年のごあいさつ

2017-01-05

 千葉の皆様,明けましておめでとうございます。

 旧年中は格別のご厚情を賜りありがとうございました。

 本年も,交通事故に特に力を入れている弁護士として,千葉で交通事故の被害に遭われた方のお力になれるように精進してまいります。

 また,このコラムでは,昨年に引き続き,弁護士の視点から交通事故に関する様々な情報や問題について述べていきたいと考えておりますので,併せてよろしくお願いいたします。

 

2016年の交通事故の状況

 さて,報道によると,2016年の交通事故による死者数が明らかになったようです。

 これによると,交通事故の死者数は,前年比213人減で,3904人でした。

 年間の死者数は,1970年に1万6765人でピークとなり,4000人を下回ったのは1949年以来67年ぶりということですので,死亡事故の件数が大きく減ってきていることが分かります。

 この原因としては自動車の性能や医療技術,個々人のマナーの向上等,様々なものが考えられ,交通事故の件数自体も近年は減少傾向にあります。

 ただ,交通事故について裁判で争われる件数は,逆に増加傾向にあり,弁護士や裁判所が果たすべき役割はむしろ増してきているといえます。

 

千葉県の交通事故の状況

 こうした中で,千葉県の2016年の交通事故死者数がどうだったのかというと,都道府県別で愛知県の212人に次いで全国2位の185人だったとのことです。

 以前もコラムで千葉県内の死亡事故の状況について触れていますが(「千葉県民は運転が荒い?」),都道府県別の件数で見ると千葉県内の死亡事故の件数が多い状況は,今年も変わらないようです。

 全体の件数が減ってきているとはいえ,個々の被害者や遺族が死亡事故によって失うものの大きさは計り知れません。

 その上で,適切に賠償金を受け取ることは被害者が動かなければ難しいという現状もありますので,お困りの際は当事務所のホームページ等を参考にしていただければ幸いです。

 また,ホームページ等を見ても分からないことがあればお気軽にご相談ください。

 

交通事故事件に携わる弁護士として

 交通事故に関する現状は以上のとおりであり,裁判でも日々様々な事例について争われています。

 個々の事例について臨機応変に対応しなければならないことはもちろんのこと,時代の変化とともに実務での考え方にも変化が生じる部分もありますので,依然として弁護士がサポートさせていただく必要性は高いと考えられます。

 当事務所では,物損事故から重度の後遺障害・死亡事故に至るまで,最新の実務の状況を元に弁護士として適切なサポートを行っていけるように努めておりますので,本年も宜しくお願い致します。

主婦の休業損害に関する様々な問題

2016-12-28

 前回は,交通事故による主婦の休業損害(休業補償)の基本的な考え方について述べました(「主婦の休業損害なら弁護士にご相談を」)。

 今回は,主婦の休業損害(休業補償)を請求するときに保険会社との交渉の際に問題になりやすいところで,前回触れていなかった点についていくつか見ていきたいと思います。

兼業主婦の場合

 かつては、主婦というと家事のみを行う専業主婦が多かったですが、現在では,主婦と言っても,家事にだけ専念するのではなく,家事をしながらもパートの仕事など家事以外の労働に従事して,収入を得ている場合の方がむしろ多くなっています。

 それでは,このような兼業主婦が交通事故に遭った場合の休業損害の計算はどのようになるのでしょうか?

計算方法

 前回見たように,専業主婦であっても休業によって財産的な損害が発生したと考えるとすると,兼業主婦の場合は,専業主婦としての損害に加えて,家事以外の仕事を休んだことによる損害分が加算されるように思えます。

 しかし,実務上は,このように2重に計算して合算するという方法は基本的に採られておらず,現実の収入額と女性労働者の平均賃金(賃金センサス)のいずれか高い方を基礎として計算することとされています。

主婦業とパートの仕事の違い

 基本的に24時間労働である家事労働は,交通事故によって負った怪我の症状が残り,通院を続けている限り,常に支障が生じる可能性があります。

 これに対して,パートタイマーとしての減収は,復帰をして仕事を休まなくなれば,それ以上発生することはありません。

 また,減収が生じているかどうかは,給与明細を見るか勤務先に問い合わせをすれば一目瞭然です。この点は,家事に対する支障がどの程度生じているのかが外部からは窺い知れないことと比較すると対照的です。

保険会社との示談交渉のポイント

 まず,保険会社から主張される可能性があるものとして考えられるのは,あくまでもパートの仕事として休業損害を認定することができるとして,主婦業のことを考慮しないというものです。

 ただ,この点は,上記のように,兼業主婦の場合でも主婦としての休業損害を考えることができることは実務上定着していますので,少なくとも弁護士が介入した後で保険会社がこちらの主張に全く応じないということは多くありません。

 実際によく問題となるのは,パートの仕事に復帰した後は主婦業にも支障はなかったとして,休業の期間について制限をしてくるということです。

 つまり,パートの仕事ができる以上は,家事も問題なくできただろうというわけです。

 しかし,実際には,パートは時間が限られていて,我慢をして仕事をするということもあり得ます。

 また,24時間労働の家事については,仮にパートの仕事に出ることはできたとしても,残った時間の中から通院をすればその分家事に支障が出ることは当然に起こり得ますし,夕飯を作ることができなかったり,他の家族に家事を手伝ってもらうことになったということもあり得ます。

 したがって,パートの仕事に復帰できたからといって,家事に全く支障がなくなるということにはなりませんので,この点は,きちんと説明をしていく必要があります。

 

男性の家事従事者の場合

 最近では,男性が専業主夫をするということも珍しくありませんが,この場合の休業損害の計算にあたって問題となることはあるのでしょうか?

(1) そもそも認められるのか

 保険会社によっては,これを簡単には認めないということもありますが,実務上は,男性でも問題なく認められるとされています(当然ではありますが…)。

(2) 計算方法は?

 女性の場合,女性労働者の平均賃金(賃金センサス)を用いて賠償額を計算していたため,男性の労働者の平均賃金を用いるのではないかとも思えるのですが,この点は,男性であっても女性労働者の平均賃金を用いることとされています。

 この点も,公平性という観点からは当然といえます。

 

同居する家族がいない場合

 同居する家族がいない場合でも,家事に支障が生じたとして損害賠償の請求ができるのでしょうか?

 この点については,実務上は否定的に考えられています。

 個人的には,他人に頼めば費用がかかるなどとして家事労働の財産的な価値を認めるのであれば,たまたま単身者であったからといって,損害をゼロとすることが果たして妥当なのか疑問が残るところです。

 

高齢者の場合

 高齢の方でも,家事をされているという方も多いと思いますが,そのような方でも,休業損害は認められます。

 ただし,その計算方法については,全女性の平均賃金を用いるのではなく,年齢に応じた平均賃金が用いられることがあります。

 

まとめ

 このように,主婦の休業損害の場合,サラリーマンが仕事を休んだ場合とは異なり,どの程度の財産的な損害が発生したのか一見して分からないことから,様々な問題が生じます。

 保険会社とも争いになりやすいところですので,どの程度請求が可能なのか気になる方は,一度弁護士にご相談ください。

 

主婦の休業損害なら弁護士にご相談を

2016-12-21

 交通事故の被害者の方の場合,弁護士に保険会社との示談交渉についてご依頼いただくことでメリットが発生することが非常に多いことは,既に何度かご紹介していますが,このように交通事故事案の場合に高い確率で賠償金の額が上がるする最も大きな原因は,慰謝料の額について保険会社が裁判基準よりも低い金額(場合によっては自賠責基準)を提示してくるということにあります。

 しかし,その他にも,保険会社がかなり高い確率で低い金額を提示してくるものがあります。

 それは,家事従事者(主婦)の休業損害(休業補償)に関するものです。

 後で述べるように,主婦の休業損害(休業補償)の請求は,慰謝料の請求と比べると,適正額を保険会社から回収するのは難しいところがあるのですが,今回はこの点について見ていきたいと思います。

 

休業損害(休業補償)とは?

 休業損害とは,交通事故の影響で仕事を休業したことによる収入の減少に関する損害を指します。

 例えば,サラリーマンが治療のために10日休業をしたことによって,その分の給料が出なかったとすると,この支払いを受けられなかった分について,1日当たりの給料が1万円なら,これに休業日数の10日をかけて10万円を相手方に賠償の請求をすることになります。

 したがって,請求の前提として,基本的に減収が生じたことが条件となってきます(もっとも,有休を使った場合でも請求は可能です。)。

 

主婦でも休業損害は発生する!

 このように見ると,主婦の場合,家事を行ったとしても,給料が支払われるということは通常ないため,この前提条件を満たさないために請求ができないのではないかという問題が生じます。

 また、被害者の方も、家事に支障が出ていることに不満を感じていても、経済的な損失はないことが多いので(実際には家族に代わってもらったりすることが多いため)、「休業損害」として加害者に賠償を請求できるとは思わないことが多いようです。

 しかし,そのような考え方は家事労働の重要性を軽視するものですし,家事は他人に頼めば当然対価を支払わなければならないものですので,実際に主婦業を休まざるを得なかったとすれば,財産的な損害が発生しているというべきです。

 実務上もこのように考えられていて,家事労働ができなかった場合にも,財産上の損害が発生すると考えられています(最高裁昭和49年7月19日判決)。

 ただし、同様に家事に関する損害が問題となり得る一人暮らしの被害者の場合、現在の実務上、家事としての休業損害は認められない傾向にあります。
⇒「1人暮らしで無職の休業損害・逸失利益

主婦の休業損害の額はどう計算するのか

 このように,主婦でも休業損害が発生すること自体については,現在ではほとんど問題になりませんが,この計算方法については,かなり争いになります。

 保険会社はこの点について,1日の単価を5700円(令和2年4月1日以降の事故の場合6100円)とする提示をしてくることが非常に多いです。

 この金額がどこから来ているかというと,自賠責保険における家事従事者への休業損害の支払額から来ています。

 しかし,自賠責保険は,交通事故被害者のために簡易迅速に支払いを行うための最低限の額を定めているに過ぎず,任意保険会社は,自賠責保険ではまかないきれない部分について支払いを行わなければなりません。

 では,その金額はどうやって計算するのか?

 この点も,前掲の最高裁昭和49年7月19日判決で触れられていて,女子労働者の平均賃金を用いて計算するという方法が,裁判上は定着しています。

 したがって,任意保険会社も,この方法に従って,支払う必要があります。

 ちなみに,平成26年の全女性労働者の平均賃金は,年収364万1200円(賃金センサス)とされており,これによると,1日当たりの単価は9976円(四捨五入)となりますので,自賠責基準の単価よりもかなり高いことが分かります。

 

休業日数の認定の難しさ

 このように,1日の単価については設定できたとしても,何日分のマイナスがあったのかという休業の日数を認定するのは難しい問題です。

 なぜなら,主婦の休業損害は,交通事故によって家事ができなくなったことに対する請求になりますが,入院したり,全く動けない状態なったような場合でなければ,多少は家事を行えるということが多いからです。

 そうすると,例えば,完全に家事ができないわけではないものの,以前に比べて50%くらいしか家事ができなくなり,その状態が30日間続いた場合,先ほどの単価の50%に30日をかけるということになります。

 しかし,この50%というような家事労働のマイナスの割合を算定するのは非常に難しいです。

 相手方に対する証明の問題以前に,当事者でもこの割合を正確に判断することは困難でしょう。

 さらに,実際には,治療を続けて症状が軽くなっていくことで,家事労働への支障の程度も減少していきますので,前述の50%が,30%,10%と減っていくことが考えられます。

 

具体的な計算方法

 こうなると,休業損害の額を正確に算定することは不可能といっても過言ではありません。

 そこで,金額を算定するときは,裁判所の判断を参考にして概算で決めていくことになります。

 しかし,過去の裁判例を見ると,いわゆる裁判基準と呼ばれるような一般的な基準はなく,判断の仕方は様々です。

 そのため,弁護士が請求する際に行うことは,怪我の内容や後遺症の内容,通院の状況等,できるだけ似た事案を探し,それを参考に最終的な金額を決めていくほかありません。この点が,弁護士の腕の見せ所ということになります。

 その結果,計算方法として,例えば治療期間が180日,通院日数が50日の場合,「通院日数50日を休業の日数とする」,「全治療期間を通じて30%の影響があった」,「初めの30日は50%,残りの150日は20%の影響があった」などとすることが考えられます。

 この辺りは,実際の状況を見て,もっとも適切だと思われる方法を選択します。

 

解決実績

弊所での解決実績の一部をご紹介します

主婦の休業損害を含め約180万円の支払いを受けた事例(治療費は除く)

約6万6000円の提示から約68万円に増額した事例

後遺障害等級14級9号で5年を超える労働能力喪失期間が認められた事例

人身傷害保険を組み合わせて過失分も含めて満額回収できた事例

 

最後に

 このように,請求の金額を決めること自体に難しい点がある主婦の休業損害ですので,保険会社は,かなり低い金額を提示してくることがほとんどです。

 そういう意味では,主婦の休業損害の請求は,慰謝料の増額交渉以上に,弁護士が示談交渉を行う必要性が高いと言えると思います。

 次回は,様々なケースの中で,主婦の休業損害を請求する際に問題となる点を掘り下げて見ていきたいと思います。

交通事故でも労災は有効な手段となりうる

2016-12-16

 私は,日々千葉で交通事故に遭われた被害者の方からご相談をお受けしておりますが,やはりお一人お一人事情が違いますし,弁護士としてのアプローチの仕方も異なります。

 事故の態様や,ケガの状況はもちろんなのですが,どういった事情で車を運転されていたのかということも人それぞれです。

 その中でも,通勤中に交通事故に遭われた方の場合は,労災が適用になる可能性があるのですが,損害賠償上,労災を使用することで様々なメリットを受けられることがあります。

 そこで,今回は通勤災害のような交通事故の場合で労災を使用した場合に,使用しなかった場合と比較してどのような違いが生じるのかについて見ていきたいと思います。

 

1 過失の問題

 交通事故で損害賠償請求をする場合,事故の発生に関する当事者双方の過失割合を元に,過失相殺による請求額からの減額をされることがありますが,労災から支払われる治療費等について過失相殺はありません。

 これにより,過失がある場合でも安心して治療を受けられるということで,大きなメリットになります。

 

2 労災から保険給付を受け取った場合の加害者への請求はどうなる?

 労災から治療費等を受け取った場合,その分,相手方への請求ができる額は小さくなります。

 それでは,過失があった場合,相手方への請求額はどの程度小さくなるのでしょうか?

 「1」で見たように,労災では過失相殺がないため,本来相手方に請求できる金額よりも多くの金銭の支払いを受けることがありますが,この点が,労災から支払いが出ていない分を相手方に請求するときにどのような影響を与えるのかが問題となります。

(1) 最高裁判所平成元年4月11日判決

 まず前提として,過失相殺と控除の先後関係について見ておきます。

 なかなかピンとこない話だと思いますので,以下の例で比較してみます。

 損害額が100万円

 過失割合が自分が30,相手が70

 労災から50万円の給付

①過失相殺を先にした場合

 100万×70%=70万円

 70万円-50万円=20万円(認められる額)

②労災保険給付の控除を先にした場合

 100万円-50万円=50万円

 50万円×70%=35万円(認められる額)

 

 このように,過失相殺を先に行うことで,認められる金額は小さくなりますので,どちらの計算方法をとるのかが問題となります。

  この点については最高裁平成元年4月11日判決があり,これによると,損害額から,まず過失割合による減額をした後で,労災による保険給付の価額を控除すべきとされています(①の方法)。

(2) 最高裁判所昭和62年7月10日判決

 次に,このように控除がされるとしても,どの費目から控除がされるのかは別途考える必要があります。

 この点については,最高裁昭和62年7月10日判決による判断があり,労災による「保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害が同性質であり,保険給付と損害賠償のそれとが一致する」ものでなければ,上記のような控除をすることはできないとされています。

 結論としては,労災で休業補償給付や傷病補償年金を受け取っていても,入院雑費や付添看護費,慰謝料の請求との関係で控除することは許されないとされました。

 同様に,療養補償給付が支払われたことによる控除が許されるのは治療費であって,その他の費目からの控除は許されないと考えられます。

 

3 特別支給金

 「2」で見たように,労災から金銭が給付された場合,加害者に対する損害賠償の請求の場合に,その分を控除するという調整が入ることになりますが,全てが控除されるかというとそうではありません。

 労災保険からは,労災保険給付のほかに,特別支給金というものが支払われることになりますが,最高裁平成8年2月23日判決によると,この特別支給金は控除されないことになります。

 例えば,休業特別支給金として,休業補償給付(給付基礎日額の60%)のほかに,休業特別支給金(給付基礎日額の20%)が支払われ,後遺障害が残った場合は,後遺障害の等級に応じて障害特別支給金が支払われることになりますが,この分は,加害者に対して損害賠償請求する際に控除の対象にならないことになります。

 したがって,労災を利用することによって,過失の有無にかかわらず,この分多くの給付を受けられることになります。

 

4 治療の打ち切り問題

 保険会社は,できるだけ自社の支払額を小さくしようとするため,治療がある程度の期間に達してくると,治療費の支払いを止める旨の通告をしてくるということがしばしば起こります。

 これに対し,労災を利用した通院の場合,一般的に,保険会社のように厳しく治療の打ち切りを迫られることは少ないため,治療に専念できるというメリットがあります。

 

5 後遺障害の認定

 自賠責の後遺障害の認定基準は,基本的に労災の後遺障害の認定基準に準じることになっていますので,基本的に認定される等級は同じということになります。

 しかし,労災の場合は,労基署の医師との面接の有無等,認定の手続の違いがあることもあって,自賠責では認められなかったものが,労災では認められるということがあります。

 

6 慰謝料

 以上のように,交通事故で加害者がいる場合でも,労災を利用することによる様々なメリットがあるのですが,慰謝料については,労災からは補償されませんので,この点は加害者に請求する必要があります。

 

7 まとめ

 交通事故で被害に遭われた方は,加害者が損害の賠償をすべきだから労災は使う必要がないとお考えのことが多いですが,上記のように,労災を利用することで,より満足のいく補償を受けられることがあります。

 他方で,労災が利用できた場合の加害者への請求については,計算上,複雑な問題を含むことが多いので,適切に賠償を請求していくために,一度弁護士の無料相談を利用されることをおすすめします。

 

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