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交通事故と消滅時効

2023-10-20

2つの時効期間

 一般的にはあまり知られていないと思いますが、交通事故の損害賠償請求は、一定期間放置しておくと時効が成立し、請求することができなくなります。

 このように、法律で定められた一定の間、権利行使をしないことにより権利が消滅してしまうという制度のことを消滅時効といいます。

 交通事故の場合の損害請求の基礎となる不法行為の場合、消滅時効は2つあり、1つは被害者(又はその法定代理人)が損害及び加害者を知った時から3年間、もう1つは不法行為の時から20年間です(民法724条)。

短期消滅時効

 上記の3年の時効期間のことを短期消滅時効といいます。

 これについては、2020年3月31日以前の改正民法施行前の事故については、人身損害と物件損害の区別によって違いがありませんでした。

 しかし、2020年4月1日の改正民法施行後は、生命身体に対する不法行為に関しては、5年となっています(民法724条の2)。

 また、それ以前に発生した事故についても、経過措置(附則35条2項)により、2020年4月1日時点で5年が経過していなければ、消滅時効は成立しません。

 したがって、2017年4月1以降に「被害者(又はその法定代理人)が損害及び加害者を知った」場合、人身損害の消滅時効の期間は3年ではなく5年ということになります。

 これに対し、物件損害の場合、民法改正による違いはなく、3年で時効により権利が消滅してしまいます。

 この3年間(5年間)の時効については、もしかするとご存じの方もいるかもしれませんし、一般的によく問題になるのはこちらの方です。

 この3年(5年)の期間については、あくまでも被害者が損害や加害者を知った時からなので、スタートのタイミングをずらすことが可能です。例えば、一般的に怪我に関する損害賠償請求は、症状固定時期をスタートと解することが多く、必ずしも事故当日から5年以内に権利行使をしておかなければならないわけではありません(もっとも、早めに権利行使しておいた方がよいことは言うまでもありません)。

長期消滅時効

 20年の消滅時効は、「不法行為の時」からとされています。

 被害者側の認識に左右されないので、基本的にはスタートのタイミングをずらすことはできないと考えておいた方がよいでしょう。ただし、事故から損害の発生までに時間を要する場合には、損害の発生時をもって起算点とされる余地があります。

民法改正前の除斥期間

 2020年4月1日の改正民法施行前の事故については、20年の期間制限が消滅時効ではなく、除斥期間といって、消滅時効よりも厳格で基本的に期限の延長などもできないものとされていました。

 また、権利行使の方法も、裁判外でもよいのか、裁判で行う必要があるのかも判例上明らかではなく、相手方による消滅時効の援用も必要ないとされているため、相手方が除斥期間の主張をすることが権利の濫用だとか主張することも困難でした。

 したがって、事情があって権利行使が遅れていたり、相手方との間で交渉が長引いていたような場合でも、事故のあったときから20年以内に裁判を起こさなければ権利が消滅してしまう可能性がありましたので、確実に事故から20年以内に裁判を起こす必要がありました。

 この点は、民法の改正によって消滅時効とされることになりましたので、相手方が賠償の責任自体は認めていれば債務の承認による時効期間の更新となると考えることができ、それでも不安な場合は、相手方との間で時効の完成を猶予することについて書面で合意することもできます。

 2020年3月31日以前の事故で、事故から長期間が経過している場合、除斥期間の問題が生じますので注意しましょう。

 

労働能力喪失期間の問題

2023-05-08

労働能力喪失期間とは

 労働能力喪失期間とは、交通事故の被害者が後遺障害を残してしまった場合に、「事故がなければ被害者が仕事をして獲得できていただろうと考えられる収入」を賠償する際に、その金額を計算するために用いるものです(死亡事故の場合も同様ですが、死亡事故では労働能力喪失期間はそれほど問題になりません)。

 例えば、事故で足腰が悪くなり、それまでは1日8時間働けていたのが1日に6時間しか働けなくなったというような単純な例で考えると、2時間働く時間が短くなったことで収入もそれに応じて減額となると考えられます。時給1000円であれば、事故前が1日に8000円稼いでいたところが事故後は1日6000円に減額となってしまいます。

 この、事故がなければ被害者が獲得できていたと考えられる収入のことを「逸失利益」と呼んでいます。

 逸失利益は、ベースとなる年収の額に、後遺障害による収入へのマイナスの程度、後遺障害によって収入が下がってしまう期間をそれぞれかけて計算することになります。

 この後遺障害によって労働能力の一部が損なわれ、収入が下がってしまう期間のことを「労働能力喪失期間」と呼んでいます。

 つまり、労働能力喪失期間とは、後遺障害による収入への影響が何年続くかを表す数字ということになります。

労働能力喪失期間の基本的な考え方

 労働能力喪失期間は、このように後遺障害が収入(仕事)に与える影響がどの程度続くのかというものですので、仕事への影響が1年で済めば1年になりますし、定年まで続くのであれば定年までということになります。

 ここで、後遺障害がどのようなものだったのかを考えると、後遺障害とは、分かりやすくいうと、「これ以上良くならない症状が残っていて、将来的にも改善の見込みがないもの」のことを指します。

 つまり、後遺障害として認定された症状は一生続くということが前提となっています。

 症状が変わらない以上、仕事への影響も同じように一生続くと考えるのが自然な考え方です。

 したがって、労働能力喪失期間は、仕事ができなくなるまでの期間とするのが基本的な考え方で、一般的な就労可能な期間として67歳までとされることが多いです。

 実際には、これから先、高齢者の雇用に関する考え方がどうなるか分かりませんし、早めにリタイアする人もいるとは思いますが、それは誰にも分からないことなので、基本的にこの67歳という数字が基準とされています。

労働能力喪失期間が短くなるケース

 このように、労働能力喪失期間は67歳までとされるのが原則ですが、例外的に、そこまで労働能力の喪失(収入の減少)が続かないのではないかとされる後遺障害が存在します。

 典型例が、元々の怪我が打撲や捻挫であった場合の痛みやしびれについて認定される自賠法施行令別表第二第14級9号の「局部に神経症状を残すもの」という後遺障害の場合です。

 特に、交通事故でよく見られるむち打ち症で問題となりますが、むち打ち症について後遺障害14級9号が認定された場合、裁判では、労働能力喪失期間は5年とされる傾向にあります。

 これは、腰椎捻挫等でも同様です。

 このように、労働能力喪失期間が短くされる理由としては、元々14級9号というものが、症状の原因について医学的な証明ができていないものであることに加え、将来的な症状の回復の可能性があり、痛みへの馴れ等によって仕事への影響が軽減されるためなどとされています。

 他にも、非器質性の精神障害について後遺障害14級9号が認定された場合も、67歳までではなく、10年などとされることがあります。

 将来的な回復の可能性があるのであれば、もはや後遺障害とは呼べないのではないかという気もしますが、かといって、延々と治療費の支払い等を加害者に求めるのも現実的ではないので、このような扱いになっています。

 同様に、骨折など、症状の原因がレントゲン画像等で確認できる場合に後遺障害12級13号が認定された場合にも、労働能力喪失期間が若干短くなることがあります。ただし、この場合は14級9号の場合と比較すると、長めの認定がされる傾向にあります。

 12級13号の場合には、症状の原因が存在し、今後もそれが変わることはないことも明らかなので、労働能力喪失期間を制限するという考えには疑問が残るところで、裁判上も制限されないケースも見られます。この点は、ご自身の実際の仕事の内容や後遺障害による仕事への支障の程度、収入の減少の有無などを見て、労働能力の低下について改善が見込めないような場合には、就労可能年限まで労働能力喪失期間を認めるように交渉を行う必要があるでしょう。

原則と例外

 このように、労働能力喪失期間は、基本が67歳までであり、例外的に短くなるという関係にありますが、実際の実務の現場では、後遺障害の過半数が14級の事案であるため、例外的なはずの労働能力喪失期間が限定される事案がむしろ多数派になっているという現実があります。

 その結果、保険会社の担当者も、「労働能力喪失期間は5年とか10年になるのが当たり前で、67歳までとするのは例外的な場合に限る」と考えている節があります。

 つまり、原則と例外が逆転してしまったような状況になっています。

 しかも、労働能力喪失期間が5年ないし10年となるのか、67歳までとなるのかは、被害者の年齢にもよりますが、賠償金の額に非常に大きな影響を与えます。

 そのため、保険会社の担当者も、この点に強くこだわってきますし、交渉をしても容易に折れてきません。

対応方法

 保険会社との交渉で労働能力喪失期間が問題となった場合、労働能力喪失期間の基本的な考え方について改めて説明し、裁判実務ではどうなっているのか(仮に裁判になったらどうなるのか)、実際に現在どのような支障が生じているのかを丁寧に説明していく必要があります。

 ただ、金額が大きい部分ですので、交渉を尽くしても保険会社が支払いに応じないことも考えられます。その場合は、裁判をすることも検討していくことになります。

 いずれにしても、中途半端な知識では説得することは困難ですので、専門家に交渉を依頼することをおすすめします。

 

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「後遺障害の逸失利益とは」

「物損は受けられない」の意味

2022-07-07

 「交通事故に強い」、「交通事故専門」をうたう弁護士のホームページは、最近は数多くありますが、その中に、「物損のみのご相談は受け付けていません」といった注意書きが書かれていることがあります。

 弊所でも、お問い合わせいただいた場合、一律でお断りすることまではしていませんが、お話を伺った上で、お受けできない旨をご案内することがあります(基本的にお断りすることが多いです)。

 その理由を結論から申し上げますと、物損で揉めている場合、①人身事故よりも解決までに時間がかかるケースの割合が多く、時間に見合った費用を頂くと経済的メリットがない、②法律的な考え方(裁判所の考え方)に従えば、被害者の要求が認められないことが少なくない(=泣き寝入りになる)ためです。

 なぜ、弁護士は物損のみの依頼を受けることができないところが多いのか、この点についてご説明します。

よくある誤解

 この点について、「弁護士が儲からないから受けられないのではないか」と思われることがあるようです。

 これは、実際にお話を伺っていても、「こんな小さな案件だと受けてもらえないですか?」と聞かれることも多いですし、他の法律事務所の口コミを見ても、「儲からないから雑に扱われた」といったことが書き込まれていることがあるようですので、そういう印象を持たれている方は実際に多いのでしょう。

 しかし、これには一部誤解があります。

 弁護士の報酬は事件の内容に応じて弁護士が自由に設定することができますので、どんな案件でも弁護士に利益が出るような料金を設定することができます。したがって、弁護士が儲からないから受けられないということはあり得ないともいえます。

 例えば、1万円を請求する事案でも、時間や手間がかかると思えば、50万円の費用を設定してもよいわけです(実際に過失割合で争いが生じている場合、裁判をして解決するまでの執務時間が数十時間に及ぶというケースも少なくありません)。

 もちろん、1万円を請求するために50万円を払うという人はほとんどいないと思いますので、実際には契約が成立することはないでしょう。儲からないから受けられないということがあったとしても、その意味は、「依頼者が儲からないから受けられない」ということになります。

実際の料金設定

 実際の弁護士費用の設定は、上記のように費用を50万円といった定額で定めるというよりも、タイムチャージといって、弁護士の執務時間に応じて報酬を受け取るという方式をとることが多いです。

 弁護士特約でもこの方式は認められていて、その場合の費用は1時間当たり2万円(税別)となっています。

 また、時間の上限は30時間となっていますが、裁判をしてもその程度で収まることが多いことに加え、事情があれば延長も可能です。

 弁護士の側から見れば、タイムチャージ制であれば、事件をお受けしても赤字になるということは通常ありませんので、「少額だから受けられない」ということはないのです。(※事務所によっては、多額の経費により、タイムチャージ制では利益が出ないということもあり得るかもしれません…)

 したがって、少なくとも弁護士特約に加入されているケースであれば、費用面の問題からお受けできないということはあまりありません(逆に言うと、弁護士特約に未加入の場合、タイムチャージ制をとると被害者の方にとって経済的にマイナスとなることが多いと思われますので、費用面からお受けすることができません)。

 それにもかかわらず、弁護士特約に加入されている場合でも、「物損のみの場合にお受けできない」というのは、費用面以外の理由があるのです。

物損は被害者の納得感が得られにくい

 物損で保険会社との間でもめることがあるとすると、代表的なものは以下のものになります。

 ①過失割合

 ②車両の時価額

 ③代車代

 ④評価損

過失割合

 物損で争いが生じている場合、大部分が過失割合に関するものといってよいでしょう。

 まず、過失割合については、実務上、相場というものがある程度固まってきているところですので、事故状況自体にあらそいがなく、被害者がこの相場そのものに納得できないという場合、結果を覆すことは困難です。

 これに対し、過失割合の前提となる事故状況について、事故の加害者が事実とは違うとんでもないことを言っていることもあるでしょう。しかし、事故状況に争いがある場合、ドライブレコーダーのようなものがなければ、自分の訴えたい事故状況を証明するのは非常に難しいと言わざるを得ません。

 どんなに相手が間違ったことを言っていても、こちらの言い分が正しいことを証明できるものがなければ、保険会社や裁判所を説得することはできないのです。

 「被害者が泣き寝入りするのはおかしい!」と思われるかもしれません(その感覚は理解できます)。しかし、第三者から見ると、どちらが被害者なのかを知る手がかりがないのです。

 厳密には、ドライブレコーダーのようなものがなくても、車の破損状況からおおよその事故状況を証明できることもありますが、そのように都合のよい形で傷が残されていることは多くありません。

 交渉で過失割合を修正できる典型例は、基本の過失割合を修正できるような特殊な事情があって、保険会社がそのことを見落としているような場合です。

 この点について、被害者の方がよく述べられるのは、ご自身が認識している事実を前提に、「ここにこういう傷がついているということは、事故状況は自分が言っていることが正しいということの証拠だ」というものです。

 しかし、ほとんどのケースで、そのような訴えの前提に、ご自身の考え・認識といった証拠では明らかになっていないものが使われており、机上の空論となっています。仮に、決定的な証拠があるのであれば、そこまで争いになっていないはずです。

車両の時価額

 車両の時価額で争いになった場合も難しい問題があります。中古車の時価額を知るための参考資料として「レッドブック」というものがありますが、ここに掲載されている金額が正しいものとは限りません。

 そこで、レッドブックの価格に納得できない場合、時価額を算出するための資料を被害者側で用意しなければなりません。

 多くの場合、インターネット上の売出価格を元に算出し、それによって示談することもありますが、これはあくまでも売出価格であって成約価格ではないという問題や、実際に売られている車は、オプションの有無などに違いがあり、事故車と同種のものとは言い難いものが含まれているという問題があります。

 さらに、年式が古い車の場合、レッドブックに掲載すらされておらず、インターネットで検索しても数台しかヒットしないようなこともあり、そのようなケースではデータの数として十分とは言えず、車両の状態にも大きな差があるため、適正額を定めるのは一層難しくなります。

 このように車両の適正な時価額を厳密に証明するというのは簡単なことではありません。

 特に、年式が10年以上前の車種の場合、実際に買い替えようとすると、交渉を行ったとしても、そこで得られる賠償金では不足するというケースが少なからずあります。

 ここで問題となる車両の時価額とは、本人にとって物理的に移動手段として価値があるかどうかではなく、あくまでも第三者から見て経済的な価値があるかどうかです。移動手段としては十分利用できる場合でも、第三者から見ればほとんど価値がないということがあり得ますが、そうした場合、被害者の納得感の得られる賠償を受けることは難しいのです。

代車代

 代車代も悩ましい問題があります。被害者からすると、「必要があって借りたのだから賠償されるのは当然」と考えるでしょう。しかし、それほど簡単な話ではありません。

 通常の修理可能な案件で、過失割合に争いがないようなケースでは、保険会社のアジャスターが損害確認を行い、修理工場と協定を結んで、速やかに修理が行われ、その間に代車が必要になれば、代車代も支払われます。

 保険会社によっては、過失が0:100でなければ払えないというところもありますが、この点は交渉で支払いを受けられるようにすることもそこまで難しくありません。

 問題は、上で述べた過失割合や車両の時価額で争いがある場合です。

 被害者からすると、「保険会社がおかしいことを言って交渉が長引いているのだから、その間に代車が必要になれば、それを保険会社が支払うのは当然」と思われるでしょう。

 しかし、結果的にどちらがおかしいかは裁判をしてみなければ分からないことです。

 また、賠償の基本は、被害者に生じた損害の実費清算なので、交渉に時間がかかりそうな場合、修理や買い替えを先行させて、立て替えた費用を後日相手方に清算してもらうことも可能です。

 そのため、裁判上(法律上)、過失割合などの交渉に長期間の時間を要したとしても、その間の代車代を相手方に負担させることは困難です(相手方が調査をした後も全損か分損かの報告を怠っていたとか、事務的な遅れがあるような場合は別)。

 そうすると、被害者としては、しっかり交渉を行いたい場合(弁護士に依頼するということはそういうケースだと思います)、先に自費で修理代や車の買い替え費用を捻出しなければならないのですが、金額が大きくなることもあり、何より被害者が負担しなければならないことへの抵抗感から、これに納得できないということは多いです。

 「交渉が必要=時間がかかる」ということを前提に、その間の代車代は加害者からは支払われないということを認識しておく必要があります。

 他にも、高額な車が事故に遭ったとき、同様のグレードで代車を借りたいという気持ちは理解できるのですが、それをした場合、裁判をしても全額が認められないという可能性があります。

評価損

 これは、あまり争いになることは多くないのですが、修理をしても、事故車扱いとなって売却価格が下がってしまうことを損害として相手に請求するものです。

 最近では、残価設定ローンにより、車の買取りが予定されていることも多く、価格の下落が現実的にマイナスとなるため、問題となることが増えています。

 この点については、裁判上(法律上)の取り扱いは厳しく、外国車や国産の高級車であり、初度登録から間もない事故で、損傷の程度も一定以上のものであるといった条件をクリアしていなければ認められない傾向にあります。

 実際、評価損は、事故車を買い替えるときにはじめて経済的なマイナスが生じるのであり、それがいつになるか分からず、したがって、このマイナスの額がいくらになるかも分かりません。廃車になるまで乗り続けるという人もいると思いますが、そうした場合、評価損が表面化することはありません。

 したがって、評価損は当然に認められるものではないのですが、この点でも納得が得られないことが多いでしょう。

まとめ

 以上のように、物損の場合、被害者にとって納得が得られないケースが多く、「物損のみは受けられない」という場合、これがその理由となっていることが多いのです。

 既に述べたように、料金面では、弁護士特約を利用するなどすれば、問題なく依頼をお受けすることは可能です。

 しかし、せっかくご依頼いただいても、納得の得られない結果に終わる可能性が高いのだとすると、何のために弁護士に依頼するのか分かりません。

 しかも、その理由が、法律的な考え方や、時価額の問題等そもそも完璧な資料が存在していないという、弁護士の努力では如何ともしがたい部分による場合が多いので、費用面で問題がなかったとしても、どうしても初めからお断りするケースが多くなってしまうのです。

 

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依頼した方がよいケース

交通事故の事故態様の証明

交通事故の納得できないルール

2022-07-01

 交通事故事件で弁護士の対応が必要となるということは、加害者側の保険会社との間で何かしら争いあるのが通常です。

 争いがあるパターンの1つは、被害者か保険会社のいずれかが法律上のルールや相場をよく理解していないというものです。

 保険会社の理解が不足している場合、法律上のルールや相場を理解してもらうことで示談が成立する可能性が高まりますので、法律の条文を示したり過去の事例を示すことで交渉します。

 問題となるのは被害者側が法律上のルールや相場に納得できないという場合です。

 率直に申し上げて、法律のルールは、必ずしも交通事故の被害者にとって優しいものではありません。

 様々な場面でそうしたことがあるのですが、これまでの経験から、ほとんどの問題の根本的な原因は、①被害者が自分の言い分を証明しなければならないこと、②相当因果関係の範囲外は賠償されないこと、の2点であると思います。

 そこで、今回はこれらについて解説します。

証明責任

 法律の世界では、一方当事者に「証明責任」があるというルールがあります。

 証明責任とは、専門的には、法律が適用されるために必要となる事実について、真偽不明の状態となった場合に、その法律の適用によって生じる効果を得られないという当事者の負担のことをいいます。

 これだと分かりにくいので、交通事故の場合に即して解説します。

交通事故の場合

 まず、交通事故の場合、民法709条や自賠法3条(自賠法3条は人身事故のみ)といった条文があることで、加害者に対して法律的に金銭の請求が可能となっています。

 そのため、被害者としては、民法709条に書かれている条件を満たしているかどうかが非常に重要となります。

 では、交通事故の場合、ここでいう条件がどのようなものかというと次のようなものです。

①相手が自動車事故を起こして自分が被害者となったこと

②自分に何らか損害が生じたことと、損害の金額

③自分に生じた損害と事故との因果関係

④相手に過失があること

 これらについて「証明責任がある」ということは、これらを全て証明しなければ、民法709条の適用が認められず、加害者に対して金銭の請求ができないということになります。

 そして、これらの「証明責任」は、被害者にあるとされています。

 つまり、被害者には、上記の点について自分で証明しなければならないという法律上のルールがあります。

※④の相手の過失は、人身事故の場合、自賠法3条により相手が証明しなければならないのですが、実際に問題となるのは過失があるかないか(0か100か)ではなく、過失の割合がどの辺りなのかであり、細かい事故状況と過失の割合に争いがあれば、見解の相違がある事故状況については、結局被害者側が証明しなければなりません。

何で被害者が証明しなければならないのか

 「自分は被害者なのに、なぜ資料を出したりしないといけないのか」といって不満を持つ人もいるでしょう。その気持ちは分かります。

 しかし、いくら被害者だからといっても、加害者側が言い値で賠償しなければならないとするのはさすがに行き過ぎでしょう。

 過大請求とまで言わなくても、被害者が計算の仕方を誤解している可能性もありますし、少なくとも加害者側でチェックをする必要があり、そうすると、最低限の資料は被害者が提出する必要があります。

 もっと言うと、当たり屋に車をぶつけられたような場合でも、相手が「自分が被害者だ」と訴えてきた場合、何の証明もなく支払いに応じなければならない、もしくは、自分に何の落ち度もないことを証明しなければならないということになってしまいます。ドライブレコーダーもつけていないというような場合、それを証明するのは困難です。

 このような事情からすれば、被害者側が損害の発生や額などを証明しなければならないというルールがあるのはやむ得ないというほかありません。

 したがって、これを受け入れられないといって証明を怠れば、賠償も受けられないということになります。

 また、「自分はもらい事故の被害者なのに」という方もいますが、もらい事故かどうかはこのルールとの関係では意味がありません。過失割合が5:5であろうと0:10であろうと、被害者側で必要な証拠を集める必要があります。

証明の程度

 では、証明とはどの程度のものをいうのか?

 法律上、明確な決まりがあるわけではありませんが、基本的には、第三者に確信を抱かせる程度の証明は必要とされています。

 「被害者の言っていることがおそらく正しいだろう」という程度では足りず、「被害者の言っていることでほぼ間違いない」と言えるような、より強い証拠を出す必要があるのです。

 このような証拠が出せない場合は、被害者側の請求は認められないということになります(多少の例外はありますが、基本的に認められないと考えた方がよいです)。

 この場合、たしかに事故のせいで損害が発生しているのに、証拠が足りないため請求が認められないという事態に陥ります。

 これが、証拠が足りないという問題です。

 こういった事態を避けるためにできることですが、過失割合の関係でいうと、車にドライブレコーダーを取り付けておく、それがない場合、最低でも事故直後の車両の位置関係が分かるように写真を撮っておく、目撃者がいる場合は連絡先を聞いておくといったことが考えられます。

 また、人身の関係では、症状の原因がレントゲンやCTでは分からない場合にはMRI検査を受けておく、少しでも気になる症状があれば、早めに受診して医師に症状を漏らさず伝えるといったことが必要になってきます。

 他に、収入の関係では、自営業で確定申告をしていないような場合、休業損害の請求が認められる可能性は非常に低くなります。

 このような対応をとらず、後になって証明の問題が出てきた場合、弁護士が介入したとしても、こちらの言い分を認めさせるのは困難な場合が多いです。

 交通事故の被害に遭って大変な状態だとは思いますが、この証明責任のルールは非常に厳しいものであることを頭に入れておく必要があります。

相当因果関係

 証明の問題と並んで、被害者の納得が得られないのが、因果関係のルールです。

 交通事故の場合の因果関係とは、「事故がなければこうならなかった」といっただけでは足りず、「事故が起きれば、通常はそういう損害が発生するだろう」というものでならないというルールがあります。これを相当因果関係といいます。

 逆に言うと、他の案件では生じないような自分に特有の損害が生じたような場合や、通常のケースと比較して過大な損害が発生しているような場合は、賠償の対象外となる可能性があります。

 これは、先ほどの証明の問題とは異なり、「損害が発生していることを証明できたとしても認められないもの」になります。

 典型例は、会社の役員が事故に遭って、重要な商談に参加できなくなった結果、会社に莫大な損害が生じたといったもので、そのような損害まで加害者は賠償しなくても良いとされています。

 このように賠償の範囲が限定されている理由は、「損害の公平な分担」にあるなどとされていますが、被害者にとっては納得できるものではないでしょう。

 しかし、この相当因果関係の考え方は、交通事故以外の損害賠償全般に用いられているものであり、誰しも、過失で他人に損害を発生させてしまうことはあり得る中で、被害者に一方的にその損害を負担させてしまうと、安全に取引や生活を行うことができなくなってしまいます。

 そのため、相当因果関係の基本的な考え方についても、受け入れざるを得ないのが現状です。

 ただし、何をもって「相当」といえるのかについては、判然としない部分もありますので、相手から「因果関係がない」と言われても、それが正しいとは限りません。その場合、交渉が必要となります。

 この問題は、証明責任のルール以上に被害者としては納得できない部分ではないかと思います。証拠がないから認められないというのは、感情的にはともかく、理屈の上では理解しやすいのに対して、「事故がなければそんなことにならなかったことが証拠から明らかなのに請求が認められない」ということは、理屈の上でも納得しにくいと思われるからです。

まとめ

 以上のように、保険会社の対応以前に、法律上のルールの関係で、被害者が納得できない部分が出てくる場合があります。

 そういう場合、ルール自体がおかしいことを指摘しても、保険会社は応じませんし、裁判所の判断も変わらないでしょう。

 被害者としては、ルールについては受け入れた上で、ルールの中で最大限できることを考えるという風に意識を切り替える必要があります。

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依頼した方がよいケース

交通事故の事故態様の証明

交通事故の事故態様の証明

2022-06-23

 交通事故の示談交渉や裁判を行う中で、「どうやって事故が起きたのか」という事故態様に関する争いが生じることがあります。

 例えば、加害者側は一時停止をしていたのか、赤信号無視をしたのはどちらだったのか、事故の前の双方の車両の位置関係はどうだったのかといったところです。

 ドライブレコーダーの映像があれば、これらの事故態様は比較的容易に証明できます。

 社会問題となったあおり運転の影響もあって、ドライブレコーダーを設置している人も少なくないと思いますが、そうした場合にはそれほど問題とはなりません。

 したがって、上記の点が争いになっているということは、ドライブレコーダーの映像のような客観的な証拠がないケースということになります。

 そして、このようにお互いに決め手に欠けるような事件の場合、話し合いでの解決は難しく、裁判に至るということが少なくありません。

 では、裁判ではどのように事故態様について証明していけばよいのでしょうか?今回はこの点について解説します。

誰が証明しないといけないか

 事故状況に争いがある場合、誰がこれを証明するのかが問題となります。

 被害者側の立場からすれば、「相手が嘘を言っているのだから、相手が自分の言い分を証明すべきだ」という気持ちになるでしょう。

 しかし、実際は、被害者側が、自分に有利になる事実を証明しなければなりません。

 なぜこのようなルールになっているかは、自分が加害者にでっち上げられたようなことをイメージして見ると分かります。

 相手から突然車をぶつけられ、相手が加害者だと言ってお金を請求された場合に、請求された側がそうじゃないことを証明しなければならないとすると、不当請求が容易にまかり通ってしまいます。

 それでは困るので、請求をする側が事故状況などを証明するというルールになっています。

どうやって証明するか

証明の方法

 事故態様に争いがある場合、車両の損傷個所を撮影した写真や事故直後の双方の車両の停車位置を撮影した写真、ブレーキ痕の写真といったものによって、ある程度証明することが可能な場合があります。

 例えば、事故車両のへこみ具合などを見ることで、力の入力方向を知ることができる場合があります。これによって、加害車両がどの方向から被害車両に衝突したのかを知ることができます。

 そのほか、事故直後の車両の位置を写真で撮影していれば、車両が早回り右折をしたかどうか等が分かることがあります。

 また、ブレーキ痕によっても、加害車両の速度が出ていたことや実際の進路を知ることもできるでしょう。

問題点

 以上のようなものを用いれば、事故態様についても容易に証明できるような気もしてくるのですが、現実に起きる交通事故の場合、被害者や加害者がどのような動きをするのかは必ずしも一律ではないため、車両のへこみ具合などから、ただちに事故状況が分かるわけではありません。

 既に述べたように、事故態様に争いが生じているケースでは、どちらの言い分が正しいのかを示す決め手になる証拠がないため、証拠を出すといってもどうしても「弱い」証拠となってしまいます。

 「弱い」証拠というのは、こちら側の言っている事故態様の方がその証拠が存在することを説明しやすいのは事実だけれど、相手の言い分と矛盾しているとまでは言えないというようなものです。その証拠が指し示す事実が「証明したい事故態様から遠い」とも表現できます。

 分かりにくいと思いますので例を挙げますと、例えば、車線変更時の事故の場合に、被害者が、「相手の車が並走状態からいきなり車線変更をしてきた」というのに対し、加害者側は、「自分は普通に車線変更をしたが、相手との距離感を誤って接触してしまった」といって事故態様に争いがあったとします。

 この場合に、車線変更をした加害者の車についた傷が、右前方で、被害者の車に傷が左側面だったとします。このような傷があれば、一見すると被害者にとって有利な証拠であるように思えます。なぜなら、通常の車線変更時の事故であれば、車線変更をした車の後方に被害者の車が追突するような形になると考えられるからです。

 しかし、それはあくまでも双方の車両の速度差がそれほどなかった場合の話です。

 このケースで、被害者の車が加害者の車の速度を大きく上回っていれば、被害者の車は加害者の車にあっという間に近づいてきますので、加害者の車が(比較的安全に)車線変更をした直後、追い越しきれなかった被害者の車の左側面に接触するということは十分あり得ます。

 このとき、被害者側としては、「それはそうかもしれないけど、自分の車は速度はそこまで出ていなかったから、そういうケースとは違う。」と考えると思います。

 しかし、こういった争いが生じている場合、その被害者側の速度についても、争いになっていることが多いです。

 このような前提になっている双方の車の速度差まで争いになっているということは、今度はこの速度差について証明する必要が出てきます。

 さらに、速度の違いを証明できたとしても…といった具合に、一見こちら側に有利に見える証拠があったとしても、それを本当に価値があるものとするためには、いくつもハードルを越えなければならず、ドライブレコーダーの映像などがない場合、事故態様を証明することは容易ではありません。

証明のハードルが高い

 仮に何らかの証拠で証明するといっても、この類型では決定的な証拠がないことは既に述べたとおりです。

 そのような中で、裁判官(あるいは保険会社の担当者)に対して、どの程度までこちらの言い分が正しいと思わせる必要があるのでしょうか?

 「どちらが真実か」という観点からすれば、相手よりも少しでもこちらの言い分が正しいと思わせれば「勝ち」になるように思えます(実際、そういうイメージを持っている人は多いようです)。

 しかし、実際に求められている証明とは、それよりもはるかにハードルが高く、裁判官に「高度の蓋然性」を抱かせる、つまり確信を抱かせる程度の証明ができないといけません。

 この点は、多少裁判官によって感覚の違いがあるとしても、「多分こちらが正しいだろう」という程度では足りないということです。

 繰り返しになりますが、この類型では決定的な証拠はありませんので、事故状況に争いがある場合の証明は相当難易度が高いものとなっています。

 ただ、事故によっては、決定的とまではいえないものの、かなり有力な証拠がある場合があります。例えば、車の破損状況から、衝突の角度、強さが分かるような場合です。

 このようなケースであれば、裁判所もこちらの言い分を認める可能性が高まります。

工学鑑定の問題

 双方の証拠が決め手に欠ける場合、「工学鑑定」などと呼ばれる鑑定意見書が提出されることがあります。 

 工学鑑定とは、事故の解析についてある程度の知見を持った者が、車の損傷状況や路面の状態などから逆算して事故の状況について意見を出すものです。警察のOBや保険会社のアジャスター経験者などが行うことが多いようです。

 弁護士が行う主張や立証と異なるのは、被害車両の材質にも着目し、物理の法則等を用いて専門的な分析を行うというところです。

 このように書くと、非常に有力な方法であるように思えるのですが、実際にはそれほど甘くはありません。

 まず、そこで述べられている物理の法則のようなものですが、実際に妥当なものなのかどうかを裁判官を含めた第三者が検証することが困難です。

 それ以上に問題なのは、その物理法則を適用しようとする事実関係(例えば、衝突時の双方の車両の向きや衝突前の双方の車両の位置関係など)がそもそも証明されていないということです。

 例えば、「事故を回避しようとしてハンドルを切った」「加速して事故を回避しようとした」「ぶつかった衝撃でハンドルをとられた」等々、様々な主張がされることがあり、実際、そうしたことがあったとしても不自然とは言えないでしょう。

 そうすると、力の入力方向が分かったとしても、そこに上記の様々な可能性を考慮すると、事故態様が証明できたとはいえないことになります。

 事故直後の写真についても、衝突の後どれだけ動いたのか不明であることに加え、ひどいときは、実際にはそうした事実がないのに、「事故の後、他の車の邪魔になると思ったので動かした。」などと言ってくる場合もあります(これも、事故の後車を移動させる人は少なからずいますので、そういう主張自体が不自然なわけではありません)。

 そうすると、いくらもっともらしいことを述べられていたとしても、いわば机上の空論に過ぎず、とりわけ、厳格な証明が必要となる裁判で採用するわけにはいかないのです。

 もちろん、場合によっては有用な場合もあるかもしれませんし、裁判官によっては説得される者もいるかもしれません。

 しかし、基本的には過信できるようなものではないと個人的には思います。

 この点は、過去に裁判官も有用性を疑問視するような見解を示したことがあります。

最終的な結論の出し方

 結局、当事者のいずれからも決定的な証拠が出されないということになると、最後は、当事者の話を陳述書や尋問という形で確認して、どちらが真実を言っているのかを探ることになります。

 この中で、他の証拠との関係で明らかに無理な主張をしていれば、もう片方の言っている方が正しいだろうということになるので、こちらの主張が通る可能性が出てきます。

 しかし、相手も弁護士と打ち合わせをした上で裁判に臨んできますので、そうそう不合理なことを言うことは期待できません。

 尋問まで行っても決定的なものが出てこない場合、判決という形になりますが、その場合、証明に失敗している部分については認定してもらえないことになります。具体的には、同種の事故の一般的な類型に沿った過失割合が認定されたりすることとなります。

まとめ

 事故状況について争いになった場合、自分の言い分を通す(真実を証明する)ことは容易ではありません。だからこそ、ドライブレコーダーが普及するようになったともいえます。車両の損傷状況などから立証が可能であれば、ドライブレコーダーなど必要ないのです。

 もちろん、立証活動によって言い分が認められることもあるのですが、ドライブレコーダーを設置するなどして、事前に紛争を予防しておくということが重要です。

 また、ドライブレコーダーがなかったとしても、事故現場で少しでも証拠を保全するように努めるべきです。

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「交通事故の納得できないルール」

被害者請求は本当に被害者にとって有利なのか

2022-06-07

 自賠責保険の後遺障害の認定を受けるための方法は、「事前認定」と「被害者請求」という2つがあります。

 このことは、インターネット上にも多数の記事が掲載されているのですが、誤解を招きかねないものも多々あるように思いますので、これらの違いについてここで解説します。

事前認定

 「事前認定」とは、相手の任意保険の保険会社が、後遺症部分についても賠償を支払っても良いか、事前に認定機関に調査を依頼することをいいます。

 任意保険は、自賠責保険の上乗せ保険ですので、自賠責保険で認められないものは支払いませんが、上記の調査の結果、後遺障害を認定できるという結果になれば、自賠責保険で支払いが出ることが分かりますので、任意保険会社としても、上乗せ部分を含めて支払いができるようになります。

 その結果、被害者に対しても、後遺障害分も含めた形で賠償金の提示が行われることになります。

被害者請求

 これに対して、「被害者請求」とは、自賠法16条1項により被害者に認められている請求で、被害者が自賠責保険の保険会社に対して直接賠償金の請求を行うものです。

 賠償責任保険の性質からすると、一旦加害者が被害者に賠償金を支払った後で、加害者に対してその分の保険金が支払われることになるはずですが、被害者の便宜のため、このような請求が認められています。

 「被害者請求」は上記のように自賠法16条により認められたものですので、「16条請求」とも呼ばれます。

 「被害者請求」は、自賠責保険会社に対して直接賠償金の支払いを求めるものですので、後遺障害の認定がされれば、直ちに自賠責保険金が支払われることになります。

認定機関

 上記のとおり、手続の違いはありますが、「損害保険料率算出機構」というところが認定のための調査を行うことに変わりはありません。

 「損害保険料率算出機構」は、法律に基づいて設立された団体で、中立な立場から損害調査等を行っています。

 「事前認定」の場合は、相手の任意保険会社から、「被害者請求」の場合は、相手の自賠責保険会社から、それぞれ調査の依頼が行われることになります。

 重要なことは、審査をするのはどちらも同じ組織であるということです。

被害者請求が有利?

 インターネットで交通事故を取り扱う弁護士や行政書士のホームページを見ると、事前認定と被害者請求を比較すると被害者請求の方が有利(あるいは事前認定が不利)となるため、何が何でも被害者請求をしなければならないような印象を与えるものが目立つように思いますが、これは本当でしょうか?

 ここでいう有利とか不利とは、後遺障害等級が認定されるかどうかを意味しますので、被害者請求と事前認定で等級が認定される可能性に変化があるのかというのがポイントで、このページでは、この点について検証してみたいと思います。

3つのパターン

 後遺障害が認定されるかどうかは、①誰がやっても認定されるもの、②誰がやっても認定されないもの、③やり方によっては認定されるものに分類することができます。

 このうち、①と②については、誰がやっても結果は変わらないのですから、事前認定であろうと被害者請求であろうと有利不利の違いはありません。

 被害者請求をすることで有利になり得るのは③だけということになります。

 そのため、「あなた」が被害者請求をすべきかどうかは、自分のケースが③に当たるかどうかが問題となります。

結果に違いが出るケース

 では、③に該当するケースはどれほどあるのでしょうか?

 実は、これが問題で、答えは「分からない」と言わざるを得ません。

 なぜなら、最初から被害者請求を行って見込んだ等級の認定が出た場合、既に認定はされてしまっているので、それが「仮に事前認定をしていたら認定されなかったものが、被害者請求を行ったおかげで認定された」かどうかを確認する術がないからです。

異議申立てで覆るケース

 先に事前認定を行って認定されなかったものに対して、後に被害者側からの異議申立て(被害者請求)で認定が覆ったような場合は、上記の③に当てはまると考えられますが、ケースとしては多くありません。

 仮に、被害者請求を行うことで先行する事前認定の場合と比べて等級の認定が有利になる事例ばかりであれば、もっと異議申立ての成功事案が多くてしかるべきであり、そのようなことが可能な事務所が存在するのであれば、異議申立て手続を専門に行っていてもよいはずです。また、そのような事務所にとっては、自分たちが対応することで等級が覆る事案が世の中に山ほどあるはずですから(大多数が事前認定であるため)、事前認定で望んだ等級が認定されなかった事案こそ積極的に受けに行くべきです。しかし、私が知る限り、そのようなことをアピールしている法律事務所・行政書士事務所はありません。

医療関係書類に不備があるケース

 他に③のケースに該当するよう思われるのは、作成された後遺障害診断書を確認したところ、後遺症の記載が漏れていたり、後遺症の内容からすると当然行わなければならない検査が漏れていたような場合に、追加の対応を依頼するような場合です。

 医師は、交通事故の賠償制度については精通していないため、こういった事態が起こり得ます。

 この問題に関しては、「診断書の記載内容の問題」と「検査の漏れ」を区別して考える必要があります。

 検査の問題については、医師がそれを治療のために必要と考えるかどうかはともかく、患者側からの求めがあれば、検査を実施をしてもらえる可能性は比較的高いと思います(場合によっては別の医療機関で実施してもらうために紹介状を書いてもらうことも検討)。検査が実施されれば、その結果を後遺障害診断書に添付することが可能です。

 これに対して、診断書の記載の仕方が患者にとって望ましくないという場合、診察や診断書の作成は医師の専権事項ですので、患者が「このように書いてほしい」と言ったとしても、それに応じない医師は多いはずです。

 なぜなら、診断書は、医師に、医学的な見地から記載を行ってもらうことが予定されているものですので、患者の求めに応じて記載内容を変更する方が不適切であるとも考えられるからです。医師に対して診断書作成時に要望を出せるのは、あくまでも、賠償制度のために必要となる記載事項について、医師が書き洩らしたり誤ったりしないように注意喚起しておくくらいです。

 したがって、医師が書く後遺障害診断書の内容を患者がコントロールできるとは考えない方がよいです。

 いずれにせよ、後遺障害診断書の提出前に、後遺障害診断書の訂正や追加の検査が実施されていれば、あとは事前認定であっても、既にこの問題は解消されていますので、やはり結果に違いが生じるとは考えにくいです。このケースは、「被害者請求」か「事前認定」かという問題というより、厳密には、後遺障害診断書の提出前に内容のチェックを行ったかどうかという問題といえます。

任意保険会社の問題

 そのほか、インターネット上には、「事前認定の場合、保険会社から不利な意見書が出されることがある」といった指摘をするものがありますが、これは、被害者請求の場合でも、任意保険会社はそうした意見書を提出することがありますので、違いとして挙げることはできません。

 他にも、事前認定では任意保険会社が必要な資料(画像資料等)を添付していないことがあるので不利になるということを指摘するものもありますが、それはどちらかというと、審査を担当する自賠責調査事務所の問題といった方がよいでしょう。

 例えば、被害者請求でも、通院中に撮影された画像資料は審査のための必須書類となりますが、最初の申請の段階では添付しなくても構いません。審査が進んでいく中で、通常は自賠責調査事務所の担当者が診療報酬明細書の中に画像検査の記載があるかチェックし、画像検査があったことが確認できれば、書類を提出した者に追加で画像の提出を指示してくるからです。

 この指示には通常は漏れはありませんが、たまに一部が抜け落ちていることがあります。その結果として画像資料の一部が抜け落ちているにもかかわらず審査が終わってしまうことも考えられますが、それは事前認定だから生じる問題なのかというと疑問です。

まとめ

 このように考えたときに、③の被害者請求の方が事前認定の場合よりも後遺障害等級の認定にあたって有利になるケースがどれだけあるかというと、決して多くないのではないかというのが、私のこれまでの経験からの実感です。

 少なくとも、「絶対に被害者請求にしなければ損をする」と断言できるようなことはありませんし、もしそうしたことを断言できる者がいるのであれば、その根拠を明確に示す必要があるでしょう。

 後述するように、弊所でも被害者請求を行うことに反対するものではありませんし、お受けした案件については、基本的に全件被害者請求を行っていますが、気になるのは、あたかも被害者請求をしなければならず、そのために弁護士や行政書士に依頼しなければならないかのように書かれているものが多く見受けられるということです。

 たしかに、被害者請求が好ましい事案があることは事実ですが、それが全ての事案に当てはまるかのように述べるのは、交通事故の被害者にとってミスリーディングになるのではないかと思うのです。

 また、重要な事実として、これまでにご相談を受けてきた案件で、事前認定で適切に等級が認定がされていたケースが少なからずあったということも指摘しておきます。こういったケースは、被害者請求をしたかどうかによる違いがなかったことが明白な例といえるでしょう。

どうしたらよいか

 以上のように、被害者請求の方が事前認定よりも後遺障害の認定がされやすいという証拠はありません。

 しかし、私自身、異議申立事案など、明らかに③に該当するケースも見てきましたので、場合によっては、敢えて被害者請求を選択しなければならないこともあるでしょう(事前認定後に異議申立てを行ってもよいとは思いますが)。

 また、被害者請求自体は、特別な費用が発生するようなものでもありませんので(多少の郵便代などの実費はかかります)、手間が少しかかる以外に特にデメリットはありません。

 さらに、被害者請求の確実に有利な点として、自賠責基準の賠償金を先に受け取ることができるというものがあります。

 後遺症の影響で仕事ができなくなったといった事情で、交渉や裁判に時間や費用をかけられないという被害者にとって、これは大きなメリットになります(確実にいえるものとしては、唯一有利な点だと考えています)。

 なぜなら、特に裁判を行う場合、最終的に獲得できる額が大きくなることが期待できる反面、示談交渉で解決する場合よりも多くの時間を要する傾向にあります。この間、加害者からの賠償金の支払いが受けられなくなりますので、後遺症によって収入が減ってしまっている被害者にとっては生活費の点から大きな問題となります。

 他方で、時間をかけられず、示談を急ごうとすれば、その分しっかりとこちらの言い分を説明するや資料を集めることができず、最終的に受け取ることのできる賠償金の額も小さくなる可能性があります。

 このような事態を回避し、納得できるまで示談交渉や裁判を行うために、被害者請求で自賠責保険金を先に受け取っておくことにはメリットがあります。そこで、基本的には全件被害者請求を行うということで良いと思います。

 しかし、それは、必ずしも被害者請求の方が事前認定よりも認定の確率が上がるという趣旨ではないのです。

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道路交通法と過失割合の関係

2022-06-02

 交通事故の相談を受けていると、インターネットで色々と調べてこられる方もいます。

 その際、過失割合について、「相手は道路交通法〇条違反だから、こちらに過失はないですよね?」と言われることがあります。

 しかし、道路交通法は過失割合を決める際に、重要な手掛かりとはなりますが、それだけでどちらにどれだけ有利かは分かりません。

 今回は、道路交通法と過失割合の関係について解説します。

 

被害者側にも道路交通法違反はある

 道路交通法には、「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」という条文があります(70条)。

 この条文はいわゆる一般規定というもので、内容は非常に抽象的で、簡単に言うと、「安全に運転しなければならない」ということです。

 そして、被害者側も、完全に「安全な運転」をしていれば、追突事故のような場合を除き、ほとんどのケースで事故を回避することが可能です。

 例えば、優先道路であっても、見通しが悪い交差点があれば、そこから車や自転車が飛び出してくる可能性があるので、慎重に運転し、カーブミラー等を確認するといったことです。

 現実には、そこまで慎重に走っていない車も多数ありますが、「みんながそう運転しているからいい」ということにはなりません。

 つまり、事故が現実に起きている以上、ほとんどの場合で被害者側にも何らかの落ち度があり、その落ち度は、道路交通法70条違反になり得るということです。

 保険会社の担当者が「動いているもの同士なので0:100にはならない」というのはこの趣旨です。

 したがって、被害者側にも道路交通法違反はある以上、相手に道路交通法違反があるからといって必ず0:100になるわけではありません。

道路交通法が過失割合に与える影響

 では、道路交通法の定めが過失割合と関係がないのかというとそういうわけではなく、実際の過失割合は、道路交通法の定めを参考にしつつ、様々な事情を考慮して決定されることになります。

 例えば、十字路の交差点で一方に一時停止の規制があるような場合を見てみましょう。この場合、道路交通法を見れば、交差する道路でどちらが優先するのかを明らかにすることが可能です。

 一時停止の規制があれば、道路交通法43条により、停止線の直前で一時停止をした上で、交差道路を通行する車両等の進行を妨害してはならないとされていますので、実際に一時停止をしたかどうかにかかわらず、一時停止の規制がある側の自動車は、交差道路を通行する車両に対して劣後することになります。

 一方で、優先車の方でも、道路交通法42条1により、「左右の見とおしがきかない交差点に入ろうとしするときは徐行しなければならない」とされています。つまり、たとえ優先車であっても徐行していなければ、道路交通法42条1号に違反しているということになります。

 この類型では、劣後車が一時停止無視をしていたとしても、優先車が徐行して注意しながら走行していれば、多くの場合は事故に至らないと考えられますので、この類型では、多くのケースで、被害者側にも道路交通法違反があるわけです。

 相手側に一時停止の規制があれば、優先する方は特に脇道を気にせずに制限速度内で進んでいいと思って運転している人が多いと思いますが、道路交通法上は誤りなのです。

 もっとも、この徐行義務は、道路が「優先道路」であった場合には課されていません。

 道路交通法上の「優先道路」とは、標識により優先道路であることが明らかにされているか、交差点の中まで中央線や車両通行帯の表示が連続しているものをいいます(道路交通法36条2項)。一時停止の規制があるのみでは、ここでいう「優先道路」とはなりません。この点は誤解が多いところです。

 しかし、優先道路だからといって、歩行者が出てくる可能性もありますし(歩行者に対して優先するわけではない)、全く注意せずに走行していては、とても「安全な運転」とはいえません。

 したがって、優先道路を走行していたとしても、道路交通法70条違反を免れるわけではありません。

 ただし、「優先道路」とされている道路の場合、「優先道路」ではない場合と比較すると、明確に徐行義務が課されているわけではないため、過失割合の点でも、「優先道路」に当たる場合の方が、一時停止の規制があるだけの場合よりも若干有利になっています(10%程度)。

まとめ

 このように、道路交通法でどのような規制がされているのかを見ると、どちらが優先するのか、また、一時停止の規制があるのみの場合と優先道路の場合といったように、類型ごとに比較した場合に、どちらをより被害者に有利にすべきかといったことが分かります。

 とはいえ、そこから直ちに、過失割合が30:70とか20:80とかいった具体的な数字が導かれるわけではありませんので、過去の裁判でどういう判断がされてきたのかといったことを踏まえた上で、相場を掴む必要があります。

 少なくとも、相手の道路交通法違反を指摘できれば勝てるといった簡単な話ではないのです。

 

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ネットの情報には要注意

2022-03-31

 最近では、インターネットで交通事故に関する様々な情報が発進されていて、このサイトもそのうちの一つです。

 これらの情報の中には役に立つものもありますが、中には、被害者を惑わす不適切なものもありますので、注意するようにしてください。

 私が依頼を受けた案件でも、後遺障害の認定手続きに関して、行政書士から不安をあおられるような説明を受けた結果、適切な処理ができなかったという案件があります。

 文章を書くのは人間ですので、ホームページ上に書いたことの中に誤りが含まれることもあるでしょう(弊所の記事の中にも誤りがある可能性はゼロとはいえません)。

 しかし、不確かな情報で顧客を誘引しようとすることは明らかに不適切であり、また、そのような者が本業を適切に行っているとも思えないので、十分に気を付けてください。

弁護士の広告の規制(参考)

 弁護士の出すインターネットを含めた広告については、記載内容に守るべき指針が定められていて、以下のようなものは掲載してはいけないとされています。

 これは、弁護士に対する規制ですが、一般的にも当てはまる部分が多いと思われますので、参考にしてみてください。

1 困惑させ、又は過度な不安をあおる広告

 例「今すぐ請求しないとあなたの過払金は失われます。」

 「すぐに〇〇しないと大変なことになりますよ」といったものですね。

 このような広告は、見た人が不安に駆られ、正常な判断力を失わせることになるため、不適切というわけです。

2 誇大又は過度な期待を抱かせる広告

 例「当事務所ではどんな事件でも解決してみせます。」

 例「たちどころに解決します。」

 これらは、実際には結果が必ずしも保証できないにもかかわらず、それができるように見えますので、不適切です。「誰でも痩せられます」とうたうダイエット商品のようなものです。

※弁護士は、事件について、依頼者に有利な結果となることを請け負い、又は保証してはならないとされています。弁護士の業務で、「絶対に勝てる」というものは存在しないのです。

3 弁護士等の選択にとってあまり重要でない事項をあたかも重要であるかのように強調した広告又は不正確な基準を用いて実際よりも優位であるかのような印象を与えるような広告

 これは少し分かりにくく、グレーな部分も多いと思われます。例としては以下のものが挙げられています。

例「○○地検での保釈ならお任せ下さい、元○○地検検事正」

例「保釈の実績○○件、保釈なら当事務所へ」

4 訴訟事件の勝訴率の表示

 これは、実際には受け持った事件の性質に大きく左右されるものでもあり、広告を見た人に当てはまるとは限らないものですので、誤導又は誤認のおそれのある広告の典型例として禁止されています。

 ところが、インターネットを見ていると、後遺障害の認定率が〇〇といったものも中にはあるようなので、こういったものを見て誤認されないように願います。

まとめ

 いかがだったでしょうか。インターネットで色々とみていただくと、思い当たるものが見つかるではないでょうか。

 個人的な印象ですが、弁護士のホームページよりも、行政書士等のホームページに不適切だと考えられるものが多いように思います(不確かなことを断定的に語るなど)。※もちろん、行政書士一般に問題があるわけではありません。

 初めての交通事故で分からないことが多く、不安になる気持ちも分かりますが、怪しい情報に惑わされず、冷静に判断することが大事です。

1人暮らしで無職の休業損害・逸失利益

2021-11-24

 交通事故の損害賠償は、実際に生じた損害を補填する(原状回復)ことを目的としているため、実際に生じていない損害について、加害者に対する制裁的な目的として支払いを求めることはできません。

 したがって、休業損害や後遺障害逸失利益というものも、あくまでも仕事を休んだり、一部に制限が生じたために減収が生じていることを理由として請求するものであり、仕事に何の影響もないのに賠償を求めることはできません。

 ただし、厳密に減収が生じていなければ賠償の請求ができないかというと、必ずしもそうではなく、後遺障害逸失利益については、全くゼロということはむしろ少なく、ある程度の賠償が認められることが多いですし、休業損害についても、ケースによっては認められるものがあります。

 それでは、1人暮らしをしていて、特に収入もないような人が交通事故の被害者となった場合にはどうなるのでしょうか?

 高齢者で、妻や夫に先立たれていたようなケースは珍しくありませんが、このような場合には、仕事といえるものを全くしていない一方で、家事労働に支障が出ることがあります。こうした場合休業損害や逸失利益はゼロなるのでしょうか?

 この点について解説します。

家事労働の休業損害・逸失利益の判例

 最高裁判例では、「家事労働に属する多くの労働は、労働社会において金銭的に評価されうるものであり、これを他人に依頼すれば当然相当の対価を支払わなければならないのであるから、妻は、自ら家事労働に従事することにより、財産上の利益を挙げている」、「一般に、妻がその家事労働につき現実に対価の支払を受けないのは、妻の家事労働が夫婦の相互扶助義務の履行の一環としてなされ、また、家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行われないという特殊な事情による」として、家事労働についても、休業損害や逸失利益の対象となることを認めています。

自分のための家事労働に関する実務

 保険会社との交渉や裁判実務でも、家事労働について休業損害や逸失利益が認められることについて争いはありません。

 問題は、家事労働が自分のためだけに行われているような場合です。

 このような場合には、休業損害や逸失利益を否定するのが裁判も含めた実務の傾向です。保険会社が支払いに応じることはまずないと言ってよいでしょう。

 これは、家事労働に休業損害や逸失利益を認める際に最高裁の判例が指摘する、家事労働が「現実に対価の支払を受けないのは、妻の家事労働が夫婦の相互扶助義務の履行の一環としてなされ、また、家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行われないという特殊な事情による」ということに着目したものであると考えられます。

 また、「労働」というものが、あくまでも他人のために行うものであるという考え方もあるでしょう。

例外的に賠償が認められる場合

 家事ができなくなったために、身の回りのことをやってもらう必要が生じ、家政婦を雇ったような場合、必要といえる範囲で、その費用の賠償が認められるとされています。

 別居していても、家族のために介護や育児への協力といった形で家事労働の分担を行っていることがあり、このような場合には、休業損害や逸失利益が認められる可能性があります。

 また、事故当時たまたま仕事に就いていなかっただけで、仕事に就く確実な予定があったような場合には、その分の休業損害・逸失利益が認められることになります。

私見

 現在の実務の考え方は以上のとおりで、1人暮らしをしている場合、どんなに家事に支障が生じようと、それが自分のためである限り、休業損害は認められないということになります。

 しかし、例えば、利き腕を骨折してギプス固定したために、料理ができず外食や総菜等の購入で済ませる、家事に時間がかかるといった事態が生じた場合、実生活に支障が生じているのは明らかで、それが直接財産的な損害として現れないのは、家事を自分でしている場合に、自分に対して対価を支払うということがあり得ないためです。

 現実に家政婦を利用するなどしないで済んだとしても、それは自分自身の努力や苦痛の代償でしかありません。

 このことを慰謝料として考慮するという考え方もあるかもしれませんが、慰謝料として考慮できるような損害があるのであれば、端的に休業損害として認めれば足ります。

 もちろん、1人暮らしの場合と2人以上で暮らしている場合とで家事の量に違いがあるのは分かりますが、実務上、家族の数によって休業損害の額に違いを設けてもいませんし、1人の場合に全くゼロになる理由は分かりません。家政婦に頼めば対価を支払わなければならないことにも違いはありません。

 個人的には、現在の実務はナンセンスだと思いますし、考え方を改めるべきではないかと思います。

 ただ、裁判例の中にも、1人暮らしの場合の家事労働の休業損害を認めているものもありますが(東京高裁平成15年10月30日判決)、ごく少数ですので、基本的には、1人暮らしの家事労働の休業損害は認められないと考えておいた方がよいでしょう。

むち打ち症が14級9号に認定される目安

2021-11-17

 むち打ち症を中心とした打撲・捻挫で後遺障害等級が認定されるかどうかは、交通事故の被害者の多くが関心があるところだと思います。

 まず、大前提として、典型例であるむち打ち症は、1か月以内で治療が終了することが約80%、6か月以上要するものは約3%に過ぎず、多くは3か月以内に治癒するというデータがあることを知らなければなりません。

 その上で後遺障害14級9号が認定されるのは、症状が残存することが「医学的に説明可能」であるものです。

 したがって、それなりに理由がつかなければ、後遺障害等級の認定がされることはありません。

 また、どういうケースであれば後遺障害14級9号が認定されるのかという詳細な基準は公表されておらず、社外秘のブラックボックスとなっていますので、認定の基準はデータを元に推測するほかありません。

 認定のための条件として一般的に言われているのは以下のようなことですので、これらについて見ていきます。

 ①訴えている症状(自覚症状)の内容

 ②症状の一貫性

 ③通院の頻度

 ④MRI等の画像検査結果

 ⑤その他の神経学的検査

 ⑥事故の衝撃の強さ

 

自覚症状

 「自覚症状」は、被害者自身が訴えていることなので、被害者が訴えてさえいれば、その真偽は問わずに後遺障害診断書に記載されることになるでしょう。

 そのため、自覚症状の記載があったからといって、それがそのまま後遺障害の認定につながるわけではありませんが、ここに書かれているものが認定の出発点となることに間違いはありません。

 自覚症状の内容としては、痛い、しびれがある、重だるい、違和感がある、といったものがあります。

 自覚症状として記載されていないものは、審査の対象とならないのです。

 その上で、後遺障害として認定されるためには、「労働能力の喪失を伴うもの」である必要があり、仕事に何らかの支障が生じるレベルのものであることが要求されています。

 したがって、違和感がある程度では、認定の対象とはなりません。

 また、痛みの認定基準として、「ほとんど常時存在すること」、つまり、「いつも痛い」ということが要求されていますが、後遺障害診断書に「いつも痛い」と敢えて書かなくても認定されないということはありません。

 ただし、逆に、「起きたときに痛い」、「雨が降ると痛い」とか書かれていて、その他のときには痛くないような場合は、この条件を満たさないため、非該当となると考えられます。

症状の一貫性

 事故による受傷では、基本的に事故直後が一番症状が強く、徐々に症状が軽くなっていくという経過をとりますので、気候の変化や生活上の動作で多少の症状の上下があったとしても、ある日突然症状が現れるといったことは考えにくいです。

 そのため、事故から1か月以上経過して症状を訴えるような場合、そもそも症状自体が事故と無関係とみなされて認定されない可能性が高いでしょう。

実際に問題になる部分

上記の点は、後遺障害の認定を受けるために最低限満たしておかなければならない条件で、後遺障害の認定が受けられるかどうかが微妙な事案というのは、これらを満たした上で、何かが足りないケースです。

そこで、後遺障害14級9号が認定されるためにどのような条件が必要とされているのか、これまでに実際に後遺障害14級9号が認定されたケースを元に、検討してみます。

通院の頻度

 通院の頻度について、例えば2日に1回は通わなければダメだとかいうことはありませんが、通院の頻度が例えば月に1、2回という程度だと、認定されないケースが多いです。

 この点は、実際にどこまで認定で重視されているのかは不明ですが、弊所で確認できたもの中では、少なくとも通院日数が20日未満で認定されたものはありませんでしたので、やはり、ある程度の通院(週に2回程度)はしておくと安心だと思います。

 逆に、必要もないのに毎日通うと過剰診療にもなりかねませんので、医師や理学療法士の指示を仰ぎつつ、常識的な範囲内で通ってください。

 また、通院が多いほど認定されやすいというわけではありませんので、誤解のないようにしてください(100日以上通院しても非該当ということもめずらしくありません)。

 なお、ここでいう通院頻度とは、医療機関のことを指し、整骨院等は含まないことに注意してください。

MRI等の画像検査結果

 画像検査結果については、打撲・捻挫を前提とする以上、外傷性の異常所見は認められないということになります(これが認められれば、骨折や脊髄損傷ということになります)。

 打撲・捻挫の場合、特に頚椎捻挫・腰椎捻挫の場合に重視される画像所見とは、骨棘や椎間孔の狭小、ヘルニア等による神経根の圧迫が見られるような場合が典型例です。

 神経根が椎間孔を出るまでの間に圧迫されると、その部位によって、頚部・腕・肩等の痛みや、腕や指先のしびれが生じることがあります。

 神経根の圧迫自体は、ほとんどの場合に事故の前からあったものと考えられますが、それまで症状がなかったものが、事故の衝撃により刺激されることで生じ、そのために症状が長引くということがあり得ます。

 したがって、このような所見があることは、症状が長引く(後遺症が残る)ことを医学的に説明するための材料となります。

 ただし、後遺障害の認定がされているケースの全てでMRI検査がされているというわけではありませんでしたので、これが必須の条件とまでは言えないようです。

その他の神経学的検査等

 その他に、以下のようなテストすることで、症状の裏付けとすることができます。

 ただし、患者の意思によって結果が左右され得るもので絶対視することはできず、弊所で取り扱ったものでも、これらが陽性となっていても非該当となったものはあります。

 逆に、これらのテストで異常なしとされていても認定されたものもあります。

ジャクソンテスト

 頭部を背屈させ、軽く下に押して椎間孔を狭めることで、神経根症状が出るかどうかを見るテスト。

スパーリングテスト

 痛みのある側に頭と首を傾けさせた上で頭部を押して椎間孔を狭めることで、神経根症状が出るかどうかを見るテスト。

ラセーグテスト

 患者を仰向けにして、股関節と膝関節を90度に曲げた状態から、膝を徐々に伸ばしていくことで、下腿後面に痛みが出るかどうかを見るテスト。

SLRテスト

 患者を仰向けにして、膝を伸ばした状態で脚を挙げていくことで、どの段階で痛みが出るかを見るテスト。正常な場合70度くらいまで上がる。

事故の衝撃の強さ

 車両の損傷状況を示す資料を提出することは必須ではないのですが、事故の衝撃の強さも認定にあたって考慮されていると言われています(任意保険会社側に照会されているのかもしれません)。

 衝撃の強さが大きかったかどうかは、車体の骨格部分の損傷があるかどうかが判断の目安となるでしょう。

 車体に擦過傷のようなものがついた程度の事故で、後遺障害の認定が出たものは確認できませんでした。

まとめ

 以上のようなポイントからすれば、①事故で車が大破し、②MRI上で神経根の圧迫が確認でき、③神経根の圧迫に対応した神経症状が一貫して生じていて、④神経学的検査でもそれが確認でき、⑤通院の頻度もそれなり多く適切に治療を受けている、といったケースであれば、かなり高い確率で後遺障害14級9号が認定されるといって良いでしょう。

 しかし、そうでない場合、「これがあれば認定される」とか「これがなければ認定されない」という決定的なものは見受けられません。

 ほとんど同じような条件でも、Aさんは認定されていてBさんは認定されていないとか、Cさんの方が条件的に厳しそうなのに、なぜかCさんは認定されているといったことがあります。

 最近弊所で対応させていただいた案件に関していうと、被害者がバイク・自転車で自動車に衝突されて転倒した事例や、比較的高齢で症状が長引くのも無理はないと考えられるような事例、異議申立てで追加資料を提出してようやく認められたというケースが多く、単純な追突事故では認められないケースが多くなっています。

 被害者側でコントロールできる事情はそれほど多くはありませんが、自覚症状を一貫して伝える、神経症状が強い場合はMRI検査をお願いする、通院の間隔が開き過ぎないにするといったことがありますので、この点を意識するようにしてみてください。

 

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