人身傷害保険で過失分をカバーする

 交通事故にあったときに頭を悩まされるのが,自分に過失があるとされたときに,その分の損害の補てんが自己負担となることです。 

 例えば、過失の割合が20:80のような場合、相手方の方が大部分悪いのは明らかなのですが、2割は損害を自分で補てんしなければなりません。

 車の修理費用や慰謝料だけではなく,治療費や休業損害にも関わってきますので,過失があるとされると,被害者にとってはまさに死活問題となります。

 比較的軽い怪我の場合、治療費が多少自己負担となっても、最終的に支払われる慰謝料で自己負担分はカバーできるということも多いでしょう。

 しかし、重症の場合で入院が長期になる場合、治療費だけで数百万円となることも珍しくありません。そうすると、過失の割合に応じてこの高額な治療費を負担しなければならなくなるため、被害者の負担は非常に重くなります。

 しかし,この過失分の補てんがご自身の保険で行えることはご存知でしたか?

 その保険は,人身傷害保険と呼ばれるもので,最近では付帯率が平成28年時点で約9割とも言われ,ほとんどの方が加入されているほか,一般的に使っても保険料は上がりません。

 そのため,過失があるようなケースでも,この保険を積極的に活用していくことを検討すべきです。

 以下では,これまでの実績を元にした弊所の見解と,実際にどのように使っていくのかについて解説します。

※各社によって約款の内容は多少異なりますので,詳しくはご加入の保険会社の約款をご確認ください。

人身傷害保険の仕組み

人身傷害保険の目的は自分に生じた損害の補填

 人身傷害保険は,被害者が実際に被った被害について補償する保険です(一定の通院によって支払われる定額の支給金を除く。)。

 この点は、加害者側の保険会社から支払われる対人賠償責任保険(任意保険)と変わりはありません。

 では、何故このような保険が必要になるのかというと、加害者が保険に入っていないとか、自分の過失が大きいとかいった理由で、加害者から治療費などを全額支払ってもらうことが難しい場合や、自損事故のように自分で治療費などを全て負担しなければならないような場合に、多額の出費が発生してしまうことを防ぐためです。

 加害者からの賠償も人身傷害保険も、損害の穴埋めをするという目的は共通していますので、被害額のうち,加害者側から支払われたものがあれば,その部分については差し引くことになりますし,逆に,人身傷害保険で支払われた部分については,加害者に対して請求することができなくなります。

 例えば、加害者側から治療費の実費全額が支払われていれば、人身傷害保険会社に対して治療費を請求する余地はありません。

 同様に、慰謝料についても、通常は加害者側の保険会社が算定する額の方が人身傷害保険で計算される慰謝料の額よりも大きいため、加害者側の保険会社から慰謝料を受け取った後は、人身傷害保険から追加で慰謝料を受け取ることはできません。

 つまり、被害者からすれば、どこの財布から支払いが出るかの違いで、トータルで受け取ることのできる額に違いはありません。

 ただし、後述するように、過失がある場合、特別な調整を受けることがあります。

保険金が支払われた後の処理

 人身傷害保険から支払があった場合,その限度で,被害者の加害者に対する請求権が人身傷害保険会社に移転し,その分を人身傷害保険会社が加害者に対して請求することになります。

 つまり,最終的な負担を加害者が負うことに違いはありません。また,その反面,被害者の加害者に対する請求権の額は減ることになります(交通事故でよく問題となる「損益相殺」とは厳密には異なります。判例では,「損益相殺的調整」と呼んでいます。)。

 このことを専門的には「請求権代位(保険代位)」といい,人身傷害保険会社から加害者に対する請求のことを「求償」といったりします。

求償の範囲

 既に説明したとおり,被害者の加害者に対する請求権は,人身傷害保険会社が求償を行う限度で減少することになりますので,被害者が加害者に対していくら請求できるのかは,人身傷害保険会社が加害者に対していくら求償できるのかと密接な関係にあります。

 人身傷害保険会社は,支払った人身傷害保険金の額が損害を填補するのに不足している場合は,人身傷害保険金の額と被保険者の加害者に対する損害賠償請求権の額(過失相殺後の額)を加算したものから,損害額を差し引いた範囲でのみ求償できます(保険法 25条1項2号)。

 各社の約款も,この法律の規定を元に作成されています。

 この点は分かりにくいのですが,端的に言うと,人身傷害保険会社は,損害額のうち,被保険者の過失分相当額については,相手に求償することはできず,自己負担としなければならないということになります。

 その結果,加害者からの賠償と,人身傷害保険会社からの保険金の支払いを合わせることによって,過失がなかったのと同様の補償を受けることも可能となります。

 

具体例

実際の損害額  100万円(治療費・交通費・休業損害・慰謝料等の合計)※裁判基準

過失割合    2:8

人身傷害保険金 60万円(保険の約款により計算されて支払われた保険金額)

これを元に計算すると,以下のようになります。

過失による減額分 100万円×20%=20万円

→加害者への請求可能額 80万円…①

この場合,この20万円については,保険会社は求償できませんので,保険会社から加害者への求償可能額は40万円(②)となります。保険会社が求償する部分については、被害者は加害者に対して請求することはできませんので、加害者から支払いを受ける額を計算する際にはこの40万円を差し引くことになります。

結果

ⅰ 被害者の加害者に対して請求できる額は,80万円(①)-40万円(②)=40万円(③)となりますが,既に受け取った人身傷害保険金60万円と合わせて損害額満額を回収できたことになります(過失が大きい場合は,満額回収とならないこともあります。)。

ⅱ 加害者が負担する額は,被害者から請求される40万円(③)と保険会社からの求償分の40万円(②)で,いずれにせよ80万円であることに変わりはありません。

ⅲ 人身傷害保険会社は,被害者の過失分に応じて負担額が生じることになります。

裁判を利用する必要

 人身傷害保険会社が,相手方に対していくら求償をするのかは,『損害額』がいくらかによって決まってきます。

 ここでいう『損害額』は,被害者が法律に基づいて加害者に対して取得する債権の額なので,人身傷害保険の約款上の『損害額』と必ずしも一致している必要はないと考えられますが,人身傷害保険会社は,人身傷害保険基準=実際の損害額として処理をしようとします。

 そうなると,人身傷害保険会社は,支払った保険金額の全額を加害者(又は自賠責保険)に対して求償することになりますが,加害者としては,2重払いは避ける必要があるため,「過失割合によって減額された金額から,既払いの人身傷害保険金の全額を差し引いた範囲でしか賠償に応じられない」ということになってしまいます(上の例でいうと,80万円から60万円を差し引いた20万円しか払わない)。

 このような状況を避けるために,被害者は,人身傷害保険会社に対して求償できる金額を明確に示す必要があります。

 その際,求償できる金額を計算する元となる,被害者の加害者に対する請求権の額(『損害額』)がいくらなのかが問題となります。

 この点について,保険会社は約款を設けていて,「(加害者との間で)判決または裁判上の和解によって損害額が認められ,その額が社会通念上妥当であると認められる場合は,その金額を『損害額』とみなす」などとしています。

 つまり,被害者が加害者に対して賠償を求める裁判を起こし,その中で,全体の損害額について和解したり,判決が出されれば,人身傷害保険会社はそれに従うということです(ただし,内容が社会通念に照らして妥当であることは必要)。

 理論上は,裁判を経なくても『損害額』を認めてくれればいいと思いますが,上記約款の反対解釈の問題もあり,ほとんどのケースで,保険会社は交渉による「損害額」の変更に応じません。つまり、加害者側の示談交渉で認定された損害総額をベースに、被害者の過失分を人身傷害保険金として払ってほしいと言っても支払ってくれません。

 その結果,自分の過失分を人身傷害保険会社に負担させるためには,加害者に対する裁判手続きを行うことが必要となってきます(これまでの経験を踏まえた弊所の見解)。

 特に,人身傷害保険金を先行回収した場合の裁判の仕方はかなりテクニカルなものになるので,人身傷害保険を使って過失分の埋め合わせをするという方法は,弁護士を使った裏技のようなものといえます。

 また、このような形で人身傷害保険を活用できることについては、保険会社の担当者でさえ知らないことが少なくないため、人身傷害保険を使った過失分の補てんについて気になる場合、弁護士に相談いただくことをおすすめします。

 

※保険会社によっては,人身傷害保険基準ではありますが,裁判をしなくても過失分のみを相手からの賠償とは別に支払いをしてくれるところもあります。

その場合,裁判を起こすことの時間的なマイナスなどを考慮して,訴訟外で解決するということもあり得ます。

※各社によって約款の内容は多少異なりますので,詳しくはご加入の保険会社の約款をご確認ください。

→実際の解決事例はこちら

 

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