慰謝料の増額交渉
慰謝料の算定
慰謝料とは、厳密には様々な考え方があるものの、一般的に、肉体的・精神的な「苦痛」に対する賠償と考えられています。
慰謝料は,交通事故の賠償の金額の中で大きなウエートを占めるものの1つで、交渉が必要になりやすいところですので、きちんと相場を知っておく必要があります。
(慰謝料が請求できるケースについてはこちら→「交通事故で慰謝料を請求できるケース」)
この慰謝料の金額を算定するにあたって考慮されうる事情としては,怪我の内容や治療期間の長さに加え,財産的に換算することが難しい私生活上の不利益,相手方の態度等,多岐にわたります。
実際に支払いを受けるには,この「苦痛」をお金に換算することになりますが,苦痛を数値化することはそれ自体難しい問題であることに加え,人それぞれ苦痛を感じるポイントや置かれた状況も異なりますので,この作業は非常に困難を伴います。これを、個別の事案の様々な事情をくみ取って事案ごとに金額を決めようとすると、判断する人(裁判官)の考え方にも大きく左右されることになり、不公平が生じる可能性が高いです。
そのため、実務上は慰謝料の額の定額化が進んでおり、被害者としては色々と言いたいことはあるでしょうが、そこまで細かい事情に踏み込まずに金額が算定されています。
※死亡慰謝料については、比較的個別の事情がくみ取られて算定される傾向にあります。これは、失われたものがあまりに大きく、被害者遺族の精神面でのダメージを特に考慮する必要があるからだと考えられます。
慰謝料算定の基準
慰謝料算定の基準として代表なものは,日弁連交通事故相談センター東京支部が作成する「赤い本」と呼ばれる本に記載されている基準です(「弁護士基準」などと呼ばれることもあります。)。
この基準は,治療期間の長さによって,慰謝料の金額を決めるというもので,目に見えない損害を単純化してその金額を算定することができるため,非常に便利です。
弁護士が交渉するときに用いるのも,主にこの基準です。
ただし,通院すればするほど慰謝料の額が大きくなるわけではありませんので,治療はあくまでも身体を治すために行うものであることを忘れないようにしましょう。
また,後遺症が残った場合の慰謝料は,後遺障害等級の重さによって決まることが一般的です。
死亡慰謝料は、被害者と遺族の関係、被害者の年齢等によって金額が決まってきます。
※入通院慰謝料と通院日数の関係についてはこちら→「慰謝料と通院日数の関係」
※後遺障害の慰謝料についてはこちら→「後遺症の等級と慰謝料について」
※死亡事故の慰謝料についてはこちら→「死亡事故の慰謝料」
実際に法律的に認められる慰謝料の額とは
先ほど説明した基準は,あくまでも弁護士が設定している基準で,各被害者の実情を正確に把握しているとは限りません。
そのため,法律的に認められる慰謝料の額を正確に知ろうとする場合,最終的には,裁判所に判断をしてもらわなければなりません。
そして,裁判所は慰謝料の金額を裁量によって自由に決めることができるとされています。
結局のところ,上記の基準はあくまでも目安であり,実際には,同じ治療期間であっても,個別の事情によって,増額したり減額したりすることが当然あり得るのです。
特に、入通院慰謝料は、入院と通院の長さによって基準が定められていますが、よくよく裁判で審理してみると、「入院が延びたのは実は被害者の家族の都合によるものだった」とか、「怪我自体は大したことがないのに、異常に長い期間通院していた」といったことがあります。
こういった場合、計算の元となった入通院の長さに修正が入る可能性がありますので、想定していた金額とギャップが生じることがあります。
したがって,弁護士基準が算定された金額が,そのまま自分の慰謝料の金額になるわけではないということに注意する必要があります。
もっとも,裁判所が自由に金額を決められるといっても,既に述べたように、担当する裁判官によって不公平が生じてはいけないので,裁判所も弁護士基準の金額を重視しているという現実もあります。
その結果、現実の実務では、「弁護士基準」は目安として重要な意味を持っています。
ポイント
以上の点を整理すると,以下の4つがポイントとして挙げられます。
- 慰謝料の算定には治療期間の長さに応じた基準を用いる
- 実際には,目には見えない様々な損害が考慮される可能性がある
- 正確な金額は,裁判所が決定するまで分からない
- しかし裁判所も基準は重視している
保険会社の対応
保険会社の対応も以上を踏まえたものになります。
つまり,金額が法律的に見て,きっちりと決まっているものであれば,保険会社もその金額の支払いを拒むことはないでしょう。
しかし,慰謝料は,金額があいまいで幅があるものですので,保険会社が弁護士基準どおりに払ってくれることはまずないと言っても過言ではありません。
これは,弁護士基準はあくまでも目安であって,実際には,その金額よりも低い金額が適正額であるという可能性も十分あるからです。
実際に、裁判になると保険会社が付けた弁護士から、高い確率で「通院が長過ぎる」といった主張が出されることがあり、裁判所もその主張を認めることもあるのです。
そういった事情も踏まえて、保険会社は,あくまでもビジネスとして損害賠償に応じているわけですから,あえて損を選ぶようなことはしないことは言うまでもありません。
したがって,少なくとも過失相殺のことなどを考えなければ,「保険会社が提案してくる金額は,弁護士基準よりも低い」と考えてよいでしょう。
弁護士による交渉
このように,保険会社が基準よりも低い金額を提示してくることはある意味当然とも言えるのですが,問題は低すぎるのではないかということです。
慰謝料にはあいまいなところがあるため,被害者にとってとことん不利な解釈をしていけば,果てしなく金額は下がっていきます。また,通常,被害者はそれがどれほど不当なのかを知るすべがありません。
そのため,自賠責保険の枠がどれほど余っているかにもよりますが,保険会社から裁判所が一般的に認める相場よりも著しく低い金額が示されることが少なくありません。
そこで,弁護士が金額の妥当性について交渉を行う必要が出てくるのです。
既に述べたように,基準はあくまでも目安に過ぎませんが,実際にはかなり重視されていますので,交渉では有効に使えます。
正確な金額は裁判所の判断を仰がなければ分からないのは,弁護士が介入した場合でも変わりませんが,相手が相場からかけ離れた金額を主張する場合に,裁判所を利用するという最終手段を用いることができるのが弁護士の強みです。
そして,保険会社としても,裁判で時間と費用をかけた上に基準に近い金額を支払うことはムダであるため,実際には,弁護士による示談交渉によって相当な金額が支払われることが多いのです。