3つの慰謝料基準と慰謝料相場
3つの慰謝料基準?
このホームページをご覧になっている方の中には,交通事故の損害賠償請求についてインターネットを使って色々と情報を集められている方もいらっしゃると思います。
そうする中で,慰謝料の計算について3つの基準があるというものを目にされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
これは,慰謝料の計算について,裁判基準(又は弁護士基準),任意保険基準,自賠責基準と3つの基準があるというもので,一般的には,裁判基準>任意保険基準>自賠責基準と低くなっていると言われています。
そのため,弁護士が裁判基準で交渉をすることにより,慰謝料の額が増額する…といった具合です。
しかし,これだけでは分かりにくいですし,必ず上記の順番で低くなっていくとも限りませんので、もう少し詳しくご説明いたします。
慰謝料の基準が必要な理由
慰謝料とは,基本的に精神的苦痛に対する賠償のことを指しています。
しかし,自分に生じた精神的苦痛が金銭的に見たときにいくらになるのかを判断するのは非常に難しいです。それに,これが何となく決められるということになれば,人によって高くなったり低くなったりして不公平が生じてしまいます。
そのため,相場にもとづいた基準が必要になります。
自賠責基準
①傷害慰謝料
自賠責保険は,強制加入の保険で,保険金の支払いは明確に基準で定められています。
具体的には,1日当たりの慰謝料を4300円とした上で,実際に通院した日数を2倍したものと通院をした期間を比較した小さい方の数字をかけるということが基本になってきます。
また,計算方法の基準のほかに,保険金の上限額が決められているため,自賠責保険金の額を考えるときは,この点も重要となります。
傷害による損害(治療中の損害)に対して支払われる保険金額の上限は,120万円とされています。
そのため,仮に1日当たり4300円で慰謝料を計算したとしても,治療費や休業損害等と合算して120万円を超える部分があれば,その分は支払われないのです。
詳しくはこちら→「慰謝料と通院日数の関係」
※令和2年4月1日以降に発生した事故については1日当たり4200円→4300円になっています。
②後遺障害慰謝料
後遺障害慰謝料については,該当する等級に応じて,例えば14級であれば32万円といった具合に金額が定められています。
こちらにも上限額が定められていて,14級の場合は75万円です(後遺障害による賠償の中には,慰謝料のほかに逸失利益というものが含まれていますので,合わせて上限が75万円となります。)。
※いずれも,複数台が絡む事故の場合には,上限額が増えることがあります。
任意保険基準
任意保険基準とは,相手方が加入している保険会社が独自に定めている基準のことです。
この基準は,明確にはされていませんが,任意保険がそもそも自賠責保険では足りない部分を補てんするための保険であることから,自賠責保険の基準よりも若干高くなることが多いといえますが,自賠責保険の基準と同額の提示をされることも少なくありません(下回ることは通常ありません)。
しかし,対人賠償保険は,あくまでも被害者への賠償に対する保険であり,被害者が任意保険の基準に従わなければならない理由はありません。
不当な金額が提示された場合,毅然とした態度で交渉を行うことが必要となります。
裁判基準(弁護士基準)
裁判基準(弁護士基準)とは,過去の裁判のデータを元に作成された基準のことで,特に有名なものとして,日弁連交通事故相談センター東京支部が作成した「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(「赤い本」)というものがあります。
※「赤い本」について詳しくはこちら→『「赤い本」について』
もっとも,この基準で計算をすれば相手方がすんなりと支払ってくれるかというとそうではありません。
なぜなら,これもあくまで目安に過ぎず,実際に裁判をしたとしても完全に金額が一致するわけではないため,相手方が納得できないとして支払いを拒めばそれまでだからです。
しかし,裁判を行えば,裁判基準に近い額が認められる可能性が高いのは事実であり,相手方としても,時間と労力をかけて裁判で争った結果,裁判基準の金額を支払うのは避けたいところです。
そこで,最終的に裁判まで行うことができる弁護士が交渉を行うことで,裁判基準に近い金額での示談が可能となるのです。
その結果,弁護士へ依頼した場合としなかった場合とで,受け取れる金額に差が出ることが非常に多いのです。
裁判基準の方が低くなるケース
基本的な考え方は上記のとおりであり、どの弁護士のホームページを見ても、裁判基準の方が自賠責基準よりも高いので依頼をした方がいいようなことが書いてあると思います。
しかし、常に裁判基準の方が高くなるとは限りません。
裁判基準の方が低くなるケースを考えるにあたっては、①慰謝料の計算方法の違いと②過失相殺の処理の違いを考える必要があります。
慰謝料の計算方法の関係
まず、慰謝料の計算方法ですが、自賠責基準では、通院1日当たりの単価が決められいて、通院が長くなるほど(あるいは通院実日数が多くなるほど)慰謝料の額が高くなっていきます。
通院の頻度が2日に1回以上であれば、通院期間が90日で38万7000円、180日で77万4000円、300日で129万円となります。
これに対して、裁判基準も通院の長さによって金額が変わるという点は基本的に変わりませんが、最も用いられている「赤い本」という書籍で示されている打撲・捻挫等の慰謝料の基準は、3か月で53万円、6か月で89万円、10か月で113万円となっています。
これらを比較していただくと分かるとおり、半年時点では裁判基準の方が高くなっていますが、10か月の時点では逆転して自賠責基準の方が高くなっています。
このような違いが出る理由は、自賠責基準では通院がどれだけ長くなっても単価が一律なのに対し、裁判基準では、期間が長くなるにつれて単価が下がっていくためです。これは、事故当初と比べると症状も緩和していくことが関係していると思われます。
では、上記のように300日通院すれば自賠責保険で慰謝料が129万円が受け取れるかというとそうではありません。
自賠責保険には限度額があり、後遺症分を除けばその額は120万円です。しかも、この120万円の中に、治療費の他に休業損害や通院交通費なども含まれることになります。したがって、そもそも満額でも120万円であることに加え、それまでにかかった治療費等を除くことになるので、実際に受け取ることのできる額は大きく目減りします(治療費だけで120万円を超えていれば、慰謝料に振り分けられる額はありません)。
しかし、この限度額には例外があり、加害者が2名いるような場合に、自賠責保険が2つ使えるということがあります。この場合、上限額が2倍の240万円になりますので、治療費などの額にもよりますが、上記の例で慰謝料として129万円を受け取れる可能性があります。そうすると、裁判基準よりも自賠責基準の方が慰謝料の額が大きいということになります。
過失相殺の関係
次に、過失相殺の関係があります。
被害者にも事故の発生に何らかの落ち度がある場合、裁判基準では過失相殺といって、損害額の一部が被害者の負担となります。
この被害者の負担部分は、慰謝料だけではなく、治療費など全てにかかってきます。
例えば、治療費50万円、慰謝料の裁判基準100万円、過失相殺50%で治療費は全額支払済みというケースでは、50万円+100万円の計150万円の50%である75万円が相手の負担となり、このうち50万円は支払われていますので、最終的に受け取れる慰謝料の額は25万円ということになります。
これに対して、自賠責基準では、傷害部分(死亡事故や後遺症部分ではない通院中の部分)では過失が7割未満なら過失相殺されないということになっていますので、過失相殺50%であれば、特に減額はありません。
そこで、この間に一定程度通院をしていれば、限度額120万円から治療費50万円を引いた70万円が慰謝料として受け取ることが可能となります。
この場合、自賠責基準の金額が裁判基準の3倍弱となります。
他にも、主婦の休業損害が絡む場合など、場合によっては自賠責保険金の方が裁判基準で計算するよりも高くなるということはあり得ます。このようなケースで敢えて低い裁判基準の額で示談をすべきではありません。