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労働能力喪失期間の問題
労働能力喪失期間とは
労働能力喪失期間とは、交通事故の被害者が後遺障害を残してしまった場合に、「事故がなければ被害者が仕事をして獲得できていただろうと考えられる収入」を賠償する際に、その金額を計算するために用いるものです(死亡事故の場合も同様ですが、死亡事故では労働能力喪失期間はそれほど問題になりません)。
例えば、事故で足腰が悪くなり、それまでは1日8時間働けていたのが1日に6時間しか働けなくなったというような単純な例で考えると、2時間働く時間が短くなったことで収入もそれに応じて減額となると考えられます。時給1000円であれば、事故前が1日に8000円稼いでいたところが事故後は1日6000円に減額となってしまいます。
この、事故がなければ被害者が獲得できていたと考えられる収入のことを「逸失利益」と呼んでいます。
逸失利益は、ベースとなる年収の額に、後遺障害による収入へのマイナスの程度、後遺障害によって収入が下がってしまう期間をそれぞれかけて計算することになります。
この後遺障害によって労働能力の一部が損なわれ、収入が下がってしまう期間のことを「労働能力喪失期間」と呼んでいます。
つまり、労働能力喪失期間とは、後遺障害による収入への影響が何年続くかを表す数字ということになります。
労働能力喪失期間の基本的な考え方
労働能力喪失期間は、このように後遺障害が収入(仕事)に与える影響がどの程度続くのかというものですので、仕事への影響が1年で済めば1年になりますし、定年まで続くのであれば定年までということになります。
ここで、後遺障害がどのようなものだったのかを考えると、後遺障害とは、分かりやすくいうと、「これ以上良くならない症状が残っていて、将来的にも改善の見込みがないもの」のことを指します。
つまり、後遺障害として認定された症状は一生続くということが前提となっています。
症状が変わらない以上、仕事への影響も同じように一生続くと考えるのが自然な考え方です。
したがって、労働能力喪失期間は、仕事ができなくなるまでの期間とするのが基本的な考え方で、一般的な就労可能な期間として67歳までとされることが多いです。
実際には、これから先、高齢者の雇用に関する考え方がどうなるか分かりませんし、早めにリタイアする人もいるとは思いますが、それは誰にも分からないことなので、基本的にこの67歳という数字が基準とされています。
労働能力喪失期間が短くなるケース
このように、労働能力喪失期間は67歳までとされるのが原則ですが、例外的に、そこまで労働能力の喪失(収入の減少)が続かないのではないかとされる後遺障害が存在します。
典型例が、元々の怪我が打撲や捻挫であった場合の痛みやしびれについて認定される自賠法施行令別表第二第14級9号の「局部に神経症状を残すもの」という後遺障害の場合です。
特に、交通事故でよく見られるむち打ち症で問題となりますが、むち打ち症について後遺障害14級9号が認定された場合、裁判では、労働能力喪失期間は5年とされる傾向にあります。
これは、腰椎捻挫等でも同様です。
このように、労働能力喪失期間が短くされる理由としては、元々14級9号というものが、症状の原因について医学的な証明ができていないものであることに加え、将来的な症状の回復の可能性があり、痛みへの馴れ等によって仕事への影響が軽減されるためなどとされています。
他にも、非器質性の精神障害について後遺障害14級9号が認定された場合も、67歳までではなく、10年などとされることがあります。
将来的な回復の可能性があるのであれば、もはや後遺障害とは呼べないのではないかという気もしますが、かといって、延々と治療費の支払い等を加害者に求めるのも現実的ではないので、このような扱いになっています。
同様に、骨折など、症状の原因がレントゲン画像等で確認できる場合に後遺障害12級13号が認定された場合にも、労働能力喪失期間が若干短くなることがあります。ただし、この場合は14級9号の場合と比較すると、長めの認定がされる傾向にあります。
12級13号の場合には、症状の原因が存在し、今後もそれが変わることはないことも明らかなので、労働能力喪失期間を制限するという考えには疑問が残るところで、裁判上も制限されないケースも見られます。この点は、ご自身の実際の仕事の内容や後遺障害による仕事への支障の程度、収入の減少の有無などを見て、労働能力の低下について改善が見込めないような場合には、就労可能年限まで労働能力喪失期間を認めるように交渉を行う必要があるでしょう。
原則と例外
このように、労働能力喪失期間は、基本が67歳までであり、例外的に短くなるという関係にありますが、実際の実務の現場では、後遺障害の過半数が14級の事案であるため、例外的なはずの労働能力喪失期間が限定される事案がむしろ多数派になっているという現実があります。
その結果、保険会社の担当者も、「労働能力喪失期間は5年とか10年になるのが当たり前で、67歳までとするのは例外的な場合に限る」と考えている節があります。
つまり、原則と例外が逆転してしまったような状況になっています。
しかも、労働能力喪失期間が5年ないし10年となるのか、67歳までとなるのかは、被害者の年齢にもよりますが、賠償金の額に非常に大きな影響を与えます。
そのため、保険会社の担当者も、この点に強くこだわってきますし、交渉をしても容易に折れてきません。
対応方法
保険会社との交渉で労働能力喪失期間が問題となった場合、労働能力喪失期間の基本的な考え方について改めて説明し、裁判実務ではどうなっているのか(仮に裁判になったらどうなるのか)、実際に現在どのような支障が生じているのかを丁寧に説明していく必要があります。
ただ、金額が大きい部分ですので、交渉を尽くしても保険会社が支払いに応じないことも考えられます。その場合は、裁判をすることも検討していくことになります。
いずれにしても、中途半端な知識では説得することは困難ですので、専門家に交渉を依頼することをおすすめします。
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「後遺障害の逸失利益とは」
被害者請求は本当に被害者にとって有利なのか
自賠責保険の後遺障害の認定を受けるための方法は、「事前認定」と「被害者請求」という2つがあります。
このことは、インターネット上にも多数の記事が掲載されているのですが、誤解を招きかねないものも多々あるように思いますので、これらの違いについてここで解説します。
事前認定
「事前認定」とは、相手の任意保険の保険会社が、後遺症部分についても賠償を支払っても良いか、事前に認定機関に調査を依頼することをいいます。
任意保険は、自賠責保険の上乗せ保険ですので、自賠責保険で認められないものは支払いませんが、上記の調査の結果、後遺障害を認定できるという結果になれば、自賠責保険で支払いが出ることが分かりますので、任意保険会社としても、上乗せ部分を含めて支払いができるようになります。
その結果、被害者に対しても、後遺障害分も含めた形で賠償金の提示が行われることになります。
被害者請求
これに対して、「被害者請求」とは、自賠法16条1項により被害者に認められている請求で、被害者が自賠責保険の保険会社に対して直接賠償金の請求を行うものです。
賠償責任保険の性質からすると、一旦加害者が被害者に賠償金を支払った後で、加害者に対してその分の保険金が支払われることになるはずですが、被害者の便宜のため、このような請求が認められています。
「被害者請求」は上記のように自賠法16条により認められたものですので、「16条請求」とも呼ばれます。
「被害者請求」は、自賠責保険会社に対して直接賠償金の支払いを求めるものですので、後遺障害の認定がされれば、直ちに自賠責保険金が支払われることになります。
認定機関
上記のとおり、手続の違いはありますが、「損害保険料率算出機構」というところが認定のための調査を行うことに変わりはありません。
「損害保険料率算出機構」は、法律に基づいて設立された団体で、中立な立場から損害調査等を行っています。
「事前認定」の場合は、相手の任意保険会社から、「被害者請求」の場合は、相手の自賠責保険会社から、それぞれ調査の依頼が行われることになります。
重要なことは、審査をするのはどちらも同じ組織であるということです。
被害者請求が有利?
インターネットで交通事故を取り扱う弁護士や行政書士のホームページを見ると、事前認定と被害者請求を比較すると被害者請求の方が有利(あるいは事前認定が不利)となるため、何が何でも被害者請求をしなければならないような印象を与えるものが目立つように思いますが、これは本当でしょうか?
ここでいう有利とか不利とは、後遺障害等級が認定されるかどうかを意味しますので、被害者請求と事前認定で等級が認定される可能性に変化があるのかというのがポイントで、このページでは、この点について検証してみたいと思います。
3つのパターン
後遺障害が認定されるかどうかは、①誰がやっても認定されるもの、②誰がやっても認定されないもの、③やり方によっては認定されるものに分類することができます。
このうち、①と②については、誰がやっても結果は変わらないのですから、事前認定であろうと被害者請求であろうと有利不利の違いはありません。
被害者請求をすることで有利になり得るのは③だけということになります。
そのため、「あなた」が被害者請求をすべきかどうかは、自分のケースが③に当たるかどうかが問題となります。
結果に違いが出るケース
では、③に該当するケースはどれほどあるのでしょうか?
実は、これが問題で、答えは「分からない」と言わざるを得ません。
なぜなら、最初から被害者請求を行って見込んだ等級の認定が出た場合、既に認定はされてしまっているので、それが「仮に事前認定をしていたら認定されなかったものが、被害者請求を行ったおかげで認定された」かどうかを確認する術がないからです。
異議申立てで覆るケース
先に事前認定を行って認定されなかったものに対して、後に被害者側からの異議申立て(被害者請求)で認定が覆ったような場合は、上記の③に当てはまると考えられますが、ケースとしては多くありません。
仮に、被害者請求を行うことで先行する事前認定の場合と比べて等級の認定が有利になる事例ばかりであれば、もっと異議申立ての成功事案が多くてしかるべきであり、そのようなことが可能な事務所が存在するのであれば、異議申立て手続を専門に行っていてもよいはずです。また、そのような事務所にとっては、自分たちが対応することで等級が覆る事案が世の中に山ほどあるはずですから(大多数が事前認定であるため)、事前認定で望んだ等級が認定されなかった事案こそ積極的に受けに行くべきです。しかし、私が知る限り、そのようなことをアピールしている法律事務所・行政書士事務所はありません。
医療関係書類に不備があるケース
他に③のケースに該当するよう思われるのは、作成された後遺障害診断書を確認したところ、後遺症の記載が漏れていたり、後遺症の内容からすると当然行わなければならない検査が漏れていたような場合に、追加の対応を依頼するような場合です。
医師は、交通事故の賠償制度については精通していないため、こういった事態が起こり得ます。
この問題に関しては、「診断書の記載内容の問題」と「検査の漏れ」を区別して考える必要があります。
検査の問題については、医師がそれを治療のために必要と考えるかどうかはともかく、患者側からの求めがあれば、検査を実施をしてもらえる可能性は比較的高いと思います(場合によっては別の医療機関で実施してもらうために紹介状を書いてもらうことも検討)。検査が実施されれば、その結果を後遺障害診断書に添付することが可能です。
これに対して、診断書の記載の仕方が患者にとって望ましくないという場合、診察や診断書の作成は医師の専権事項ですので、患者が「このように書いてほしい」と言ったとしても、それに応じない医師は多いはずです。
なぜなら、診断書は、医師に、医学的な見地から記載を行ってもらうことが予定されているものですので、患者の求めに応じて記載内容を変更する方が不適切であるとも考えられるからです。医師に対して診断書作成時に要望を出せるのは、あくまでも、賠償制度のために必要となる記載事項について、医師が書き洩らしたり誤ったりしないように注意喚起しておくくらいです。
したがって、医師が書く後遺障害診断書の内容を患者がコントロールできるとは考えない方がよいです。
いずれにせよ、後遺障害診断書の提出前に、後遺障害診断書の訂正や追加の検査が実施されていれば、あとは事前認定であっても、既にこの問題は解消されていますので、やはり結果に違いが生じるとは考えにくいです。このケースは、「被害者請求」か「事前認定」かという問題というより、厳密には、後遺障害診断書の提出前に内容のチェックを行ったかどうかという問題といえます。
任意保険会社の問題
そのほか、インターネット上には、「事前認定の場合、保険会社から不利な意見書が出されることがある」といった指摘をするものがありますが、これは、被害者請求の場合でも、任意保険会社はそうした意見書を提出することがありますので、違いとして挙げることはできません。
他にも、事前認定では任意保険会社が必要な資料(画像資料等)を添付していないことがあるので不利になるということを指摘するものもありますが、それはどちらかというと、審査を担当する自賠責調査事務所の問題といった方がよいでしょう。
例えば、被害者請求でも、通院中に撮影された画像資料は審査のための必須書類となりますが、最初の申請の段階では添付しなくても構いません。審査が進んでいく中で、通常は自賠責調査事務所の担当者が診療報酬明細書の中に画像検査の記載があるかチェックし、画像検査があったことが確認できれば、書類を提出した者に追加で画像の提出を指示してくるからです。
この指示には通常は漏れはありませんが、たまに一部が抜け落ちていることがあります。その結果として画像資料の一部が抜け落ちているにもかかわらず審査が終わってしまうことも考えられますが、それは事前認定だから生じる問題なのかというと疑問です。
まとめ
このように考えたときに、③の被害者請求の方が事前認定の場合よりも後遺障害等級の認定にあたって有利になるケースがどれだけあるかというと、決して多くないのではないかというのが、私のこれまでの経験からの実感です。
少なくとも、「絶対に被害者請求にしなければ損をする」と断言できるようなことはありませんし、もしそうしたことを断言できる者がいるのであれば、その根拠を明確に示す必要があるでしょう。
後述するように、弊所でも被害者請求を行うことに反対するものではありませんし、お受けした案件については、基本的に全件被害者請求を行っていますが、気になるのは、あたかも被害者請求をしなければならず、そのために弁護士や行政書士に依頼しなければならないかのように書かれているものが多く見受けられるということです。
たしかに、被害者請求が好ましい事案があることは事実ですが、それが全ての事案に当てはまるかのように述べるのは、交通事故の被害者にとってミスリーディングになるのではないかと思うのです。
また、重要な事実として、これまでにご相談を受けてきた案件で、事前認定で適切に等級が認定がされていたケースが少なからずあったということも指摘しておきます。こういったケースは、被害者請求をしたかどうかによる違いがなかったことが明白な例といえるでしょう。
どうしたらよいか
以上のように、被害者請求の方が事前認定よりも後遺障害の認定がされやすいという証拠はありません。
しかし、私自身、異議申立事案など、明らかに③に該当するケースも見てきましたので、場合によっては、敢えて被害者請求を選択しなければならないこともあるでしょう(事前認定後に異議申立てを行ってもよいとは思いますが)。
また、被害者請求自体は、特別な費用が発生するようなものでもありませんので(多少の郵便代などの実費はかかります)、手間が少しかかる以外に特にデメリットはありません。
さらに、被害者請求の確実に有利な点として、自賠責基準の賠償金を先に受け取ることができるというものがあります。
後遺症の影響で仕事ができなくなったといった事情で、交渉や裁判に時間や費用をかけられないという被害者にとって、これは大きなメリットになります(確実にいえるものとしては、唯一有利な点だと考えています)。
なぜなら、特に裁判を行う場合、最終的に獲得できる額が大きくなることが期待できる反面、示談交渉で解決する場合よりも多くの時間を要する傾向にあります。この間、加害者からの賠償金の支払いが受けられなくなりますので、後遺症によって収入が減ってしまっている被害者にとっては生活費の点から大きな問題となります。
他方で、時間をかけられず、示談を急ごうとすれば、その分しっかりとこちらの言い分を説明するや資料を集めることができず、最終的に受け取ることのできる賠償金の額も小さくなる可能性があります。
このような事態を回避し、納得できるまで示談交渉や裁判を行うために、被害者請求で自賠責保険金を先に受け取っておくことにはメリットがあります。そこで、基本的には全件被害者請求を行うということで良いと思います。
しかし、それは、必ずしも被害者請求の方が事前認定よりも認定の確率が上がるという趣旨ではないのです。
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むち打ち症が14級9号に認定される目安
むち打ち症を中心とした打撲・捻挫で後遺障害等級が認定されるかどうかは、交通事故の被害者の多くが関心があるところだと思います。
まず、大前提として、典型例であるむち打ち症は、1か月以内で治療が終了することが約80%、6か月以上要するものは約3%に過ぎず、多くは3か月以内に治癒するというデータがあることを知らなければなりません。
その上で後遺障害14級9号が認定されるのは、症状が残存することが「医学的に説明可能」であるものです。
したがって、それなりに理由がつかなければ、後遺障害等級の認定がされることはありません。
また、どういうケースであれば後遺障害14級9号が認定されるのかという詳細な基準は公表されておらず、社外秘のブラックボックスとなっていますので、認定の基準はデータを元に推測するほかありません。
認定のための条件として一般的に言われているのは以下のようなことですので、これらについて見ていきます。
①訴えている症状(自覚症状)の内容
②症状の一貫性
③通院の頻度
④MRI等の画像検査結果
⑤その他の神経学的検査
⑥事故の衝撃の強さ
自覚症状
「自覚症状」は、被害者自身が訴えていることなので、被害者が訴えてさえいれば、その真偽は問わずに後遺障害診断書に記載されることになるでしょう。
そのため、自覚症状の記載があったからといって、それがそのまま後遺障害の認定につながるわけではありませんが、ここに書かれているものが認定の出発点となることに間違いはありません。
自覚症状の内容としては、痛い、しびれがある、重だるい、違和感がある、といったものがあります。
自覚症状として記載されていないものは、審査の対象とならないのです。
その上で、後遺障害として認定されるためには、「労働能力の喪失を伴うもの」である必要があり、仕事に何らかの支障が生じるレベルのものであることが要求されています。
したがって、違和感がある程度では、認定の対象とはなりません。
また、痛みの認定基準として、「ほとんど常時存在すること」、つまり、「いつも痛い」ということが要求されていますが、後遺障害診断書に「いつも痛い」と敢えて書かなくても認定されないということはありません。
ただし、逆に、「起きたときに痛い」、「雨が降ると痛い」とか書かれていて、その他のときには痛くないような場合は、この条件を満たさないため、非該当となると考えられます。
症状の一貫性
事故による受傷では、基本的に事故直後が一番症状が強く、徐々に症状が軽くなっていくという経過をとりますので、気候の変化や生活上の動作で多少の症状の上下があったとしても、ある日突然症状が現れるといったことは考えにくいです。
そのため、事故から1か月以上経過して症状を訴えるような場合、そもそも症状自体が事故と無関係とみなされて認定されない可能性が高いでしょう。
実際に問題になる部分
上記の点は、後遺障害の認定を受けるために最低限満たしておかなければならない条件で、後遺障害の認定が受けられるかどうかが微妙な事案というのは、これらを満たした上で、何かが足りないケースです。
そこで、後遺障害14級9号が認定されるためにどのような条件が必要とされているのか、これまでに実際に後遺障害14級9号が認定されたケースを元に、検討してみます。
通院の頻度
通院の頻度について、例えば2日に1回は通わなければダメだとかいうことはありませんが、通院の頻度が例えば月に1、2回という程度だと、認定されないケースが多いです。
この点は、実際にどこまで認定で重視されているのかは不明ですが、弊所で確認できたもの中では、少なくとも通院日数が20日未満で認定されたものはありませんでしたので、やはり、ある程度の通院(週に2回程度)はしておくと安心だと思います。
逆に、必要もないのに毎日通うと過剰診療にもなりかねませんので、医師や理学療法士の指示を仰ぎつつ、常識的な範囲内で通ってください。
また、通院が多いほど認定されやすいというわけではありませんので、誤解のないようにしてください(100日以上通院しても非該当ということもめずらしくありません)。
なお、ここでいう通院頻度とは、医療機関のことを指し、整骨院等は含まないことに注意してください。
MRI等の画像検査結果
画像検査結果については、打撲・捻挫を前提とする以上、外傷性の異常所見は認められないということになります(これが認められれば、骨折や脊髄損傷ということになります)。
打撲・捻挫の場合、特に頚椎捻挫・腰椎捻挫の場合に重視される画像所見とは、骨棘や椎間孔の狭小、ヘルニア等による神経根の圧迫が見られるような場合が典型例です。
神経根が椎間孔を出るまでの間に圧迫されると、その部位によって、頚部・腕・肩等の痛みや、腕や指先のしびれが生じることがあります。
神経根の圧迫自体は、ほとんどの場合に事故の前からあったものと考えられますが、それまで症状がなかったものが、事故の衝撃により刺激されることで生じ、そのために症状が長引くということがあり得ます。
したがって、このような所見があることは、症状が長引く(後遺症が残る)ことを医学的に説明するための材料となります。
ただし、後遺障害の認定がされているケースの全てでMRI検査がされているというわけではありませんでしたので、これが必須の条件とまでは言えないようです。
その他の神経学的検査等
その他に、以下のようなテストすることで、症状の裏付けとすることができます。
ただし、患者の意思によって結果が左右され得るもので絶対視することはできず、弊所で取り扱ったものでも、これらが陽性となっていても非該当となったものはあります。
逆に、これらのテストで異常なしとされていても認定されたものもあります。
ジャクソンテスト
頭部を背屈させ、軽く下に押して椎間孔を狭めることで、神経根症状が出るかどうかを見るテスト。
スパーリングテスト
痛みのある側に頭と首を傾けさせた上で頭部を押して椎間孔を狭めることで、神経根症状が出るかどうかを見るテスト。
ラセーグテスト
患者を仰向けにして、股関節と膝関節を90度に曲げた状態から、膝を徐々に伸ばしていくことで、下腿後面に痛みが出るかどうかを見るテスト。
SLRテスト
患者を仰向けにして、膝を伸ばした状態で脚を挙げていくことで、どの段階で痛みが出るかを見るテスト。正常な場合70度くらいまで上がる。
事故の衝撃の強さ
車両の損傷状況を示す資料を提出することは必須ではないのですが、事故の衝撃の強さも認定にあたって考慮されていると言われています(任意保険会社側に照会されているのかもしれません)。
衝撃の強さが大きかったかどうかは、車体の骨格部分の損傷があるかどうかが判断の目安となるでしょう。
車体に擦過傷のようなものがついた程度の事故で、後遺障害の認定が出たものは確認できませんでした。
まとめ
以上のようなポイントからすれば、①事故で車が大破し、②MRI上で神経根の圧迫が確認でき、③神経根の圧迫に対応した神経症状が一貫して生じていて、④神経学的検査でもそれが確認でき、⑤通院の頻度もそれなり多く適切に治療を受けている、といったケースであれば、かなり高い確率で後遺障害14級9号が認定されるといって良いでしょう。
しかし、そうでない場合、「これがあれば認定される」とか「これがなければ認定されない」という決定的なものは見受けられません。
ほとんど同じような条件でも、Aさんは認定されていてBさんは認定されていないとか、Cさんの方が条件的に厳しそうなのに、なぜかCさんは認定されているといったことがあります。
最近弊所で対応させていただいた案件に関していうと、被害者がバイク・自転車で自動車に衝突されて転倒した事例や、比較的高齢で症状が長引くのも無理はないと考えられるような事例、異議申立てで追加資料を提出してようやく認められたというケースが多く、単純な追突事故では認められないケースが多くなっています。
被害者側でコントロールできる事情はそれほど多くはありませんが、自覚症状を一貫して伝える、神経症状が強い場合はMRI検査をお願いする、通院の間隔が開き過ぎないにするといったことがありますので、この点を意識するようにしてみてください。
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重度後遺障害と家屋等の改造費
交通事故の被害者が、四肢麻痺や高次脳機能障害などの重度の後遺障害を残した場合、後遺障害があることを前提に生活をしていくために、自宅の改築や自家用車の改造が必要となることがあります。
車イスで屋内を移動するためのバリアフリー化や介護仕様の浴槽やトイレの設置、エレベーターの設置といったものが考えられます。
これらは、事故がなければ発生しなかったものですし、重度の後遺症が残ったのであれば、このようなことが必要になることも十分予想されますので、加害者に対して、家屋改造費や自動車改造費を損害として請求することが可能です。
しかし、無制限に改造費の実費が請求できるわけではなく、認められる範囲には制限がありますので、この点について弁護士が解説します。
改造の必要性
言うまでもありませんが、自宅の改築や自家用車の改造が必要でなければ、賠償の請求はできません。
そのため、後遺障害の程度が重度で、かつ、在宅介護になる場合で、通常の家屋や車両では生活が困難である必要があります。
また、被害者本人が生活するために必要であったり、介護のために必要であるということが言えなければなりません。
介護とは無関係に自宅をリフォームした部分については、賠償として認められません。
金額の相当性
改造自体が必要であったとしても、標準的な設備・材料を超えて、高級な仕様にした場合など、賠償の範囲が標準的な仕様と同等の額に限られて、一部の費用が自己負担となる可能性があります。
介護等の目的以上にプラスになる部分
自宅を全面的に改築したり、新築するような場合、被害者の介護等の目的のためだけでなく、その他の部分もそれまでのものよりも新しくなり、耐用年数が伸長し家屋の価値も向上するといった、後遺症とは無関係の部分でもプラスになる部分が生じてきます。
重度後遺障害が残りつつ、被害者が自宅での生活を継続する場合、被害者本人だけでなく、その家族が同居しているケースが多いと思われますが、このプラスの部分について、同居する家族もその恩恵を受けることになります。
このような場合、加害者側がそういった部分まで負担しなければならない理由はないので、改築または新築の費用の全額ではなく、一部が減額されることになるでしょう。
被害者としては、事故がなければそのような工事を行うことはなかったのだから、加害者が全て賠償すべきだと思われるかもしれませんし、感覚的には理解できるところです。
しかし、損害賠償の場面で可能なのはあくまでも損失の補てんであり、元の状態よりもプラスになることまでは想定されていないことと、賠償の範囲は相当といえるものでなければならないという大原則があります。
そのため、被害者としても、改築・新築等を行う場合、被害者の後遺症のために必要な工事かどうかをよく検討して、後遺症と必ずしも関係がない部分が含まれる場合には、その部分が賠償の対象とならない可能性があることを考慮した上で工事を依頼するようにした方が良いでしょう。
特に、建て替えを行ったような場合、被害者の後遺症とは無関係に利便性・価値が向上する部分が多く含まれると思われますので、全額が賠償される可能性は低くなるでしょう。
また、介護のための家屋を新築するために土地を購入したような場合、土地自体に資産としての独立した価値がありますので、購入費用が全額賠償される可能性は非常に低いと考えられます。
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高齢者の逸失利益
逸失利益の概要
交通事故で被害者に後遺症が残った場合や被害者が死亡した場合、後遺障害逸失利益や死亡逸失利益と呼ばれる賠償金が支払われることになります。
後遺障害逸失利益とは、後遺症によって仕事に支障が出たために、収入が減少したことに対する補填を意味します。
簡単にいうと、事故に遭う前の収入が1000万円であった人の収入が事故後に900万円に減少した場合に、この差額の100万円を賠償として支払うというものです。
もちろん、1年分だけ補償すれば良いというわけではありませんので、生涯にわたって減収が予測される部分については、全て補償の対象となります。
例えば、治療を終えた時点で、事故がなければあと10年は働けるはずだった人の場合、自力で歩けない等の後遺症により、10年間は仕事に影響が出て、本来得られるはずだった収入の額に影響が出ることが考えられます。
この場合、この10年分の減収を損害として加害者に金銭の請求をするのが後遺障害逸失利益です。
逆にいうと、後遺症の影響で減収する可能性がない期間については、基本的に賠償の対象とならず、例えば30歳くらいで事故に遭った人について何歳分までを補償すれば良いのかが問題となります。
裁判を含む一般的な考え方ではこの年齢は67歳と設定されることが多いです。上記の例で、30歳で治療を終えた場合、後遺症として賠償の対象とするのは、30歳から67歳までの37年とされることになります。
死亡事故の場合も、生活費控除という特殊な処理をすることになりますが、基本的な考え方は同様です。
そうすると、67歳を超えて仕事をしていたり、事故に遭った時点で60歳を超えていて、67歳を過ぎてもまだまだ仕事をする予定だった人の場合はどうなるのでしょうか?
このように、高齢者の逸失利益には特有の問題があります。
高齢者の逸失利益の特色
有職者の場合
最近では、60歳を超えても就労を続ける人も少なくありませんので、比較的高齢の人であっても、逸失利益が生じることは十分あり得ます。
ただし、この場合、上記で述べたように、一般的なケースのように67歳までの期間で逸失利益の計算を行うと、対象となる期間が短くなる結果、賠償金の額が小さくなってしまったり、67歳を超えるような人の場合、賠償金が0ということになりかねません。
そこで、こういう場合、「平均余命の2分の1」を労働能力喪失期間とみなして計算するという方法で賠償を請求します。
裁判でも、こうした計算方法が広く認められています。
その結果、67歳が間近であったり、67歳を超えて仕事をしているような高齢者であっても、逸失利益が認められることになります。
※ただし、事案によっては、必ずこの計算が認められるわけではありませんので注意しましょう。
無職者の場合
無職の場合、収入がないのですから、減収を前提とした後遺障害逸失利益の請求はできないことになります。
しかし、事故当時に一時的に仕事をしていなくても、そのうち仕事を開始する予定だったという人もいるでしょう。
そういう人の場合、就職活動を行っていた等、仕事をする意欲があったことを証明し、後遺障害逸失利益を請求することが可能です。
ただ、後遺障害逸失利益は、通常、被害者の事故に遭う前の収入額によって金額が決まるのですが、無職者の場合、事故前の収入というものが存在しません。そこで、適切に計算を行うための収入を設定する必要があります。
一般的には、年齢別の労働者の平均賃金を用いることが多いです。
家事従事者の場合
高齢者であっても、事故前に同居する家族のために家事を行っていたという人は少なくないでしょう。
このような人の場合、一般的な主婦(主夫)の場合と同様、家事に関する逸失利益を請求することが可能です。
この場合の計算方法ですが、女性労働者の平均賃金を用いることが一般的です。
ただし、この場合も、一般的には全年齢の平均賃金を用いることになるのに対し、高齢者の場合、家事労働にも多少の制限があることがありますので、年齢別の平均賃金を用いることがあります。
まとめ
いかがだったでしょうか。
高齢者の場合、形式的に計算すると、後遺障害逸失利益がゼロということにもなりかねませんが、上記のとおり、多少の制限はあるものの、請求自体は認められています。
高齢者の後遺障害逸失利益の計算は、通常の場合以上に技術的な面が多いので分かりにくい部分となっています。
そのため、通常の場合以上に示談交渉をしっかりと行うことが必要と言えるでしょう。
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後遺障害14級9号【肩関節脱臼後の疼痛】で140万円→280万円
事案の概要
自転車で道路を横断中,右折してきた四輪車にはねられたというもので,被害者は,肩関節や足関節の靭帯損傷といった傷害を負いました。
その後,通院加療を続けていましたが,肩関節の痛みが後遺症として残ることとなりました。
当事務所の活動
依頼前の状況
本件では,依頼の前に,事前認定により後遺障害等級14級9号が認定され,賠償金額として約140万円が提示されていました。
しかし,保険会社の算定の仕方が妥当なのか疑問に思われたため,ご相談となりました。
後遺障害等級の検討
本件は,そもそも後遺障害等級が14級9号でよいのかということをまず検討する必要がありました。
骨折・脱臼を原因とする痛みなどの神経症状に関する後遺障害は,後遺障害等級14級9号のほかに,後遺障害等級12級13号が認定される可能性があります。
14級9号と12級13号の違いは,訴えている症状について,関節面の不整や骨癒合の不全等といった他覚的に確認することのできる原因が存在するかという点にあります。
本件の場合,主治医から,レントゲン上は特に問題がないという説明を受けていたことと,異議申立てをするためには時間と若干の費用が発生することになるため,後遺障害等級は14級を前提として示談交渉を行うことになりました。
示談交渉
本件で,相手方の示した金額で問題があったのは,通院慰謝料(傷害慰謝料)と後遺障害慰謝料でした。
後遺障害逸失利益については,計算方法については疑問があったものの,計算結果は低いとは言い難いものでした。
具体的には,本来であれば,被害者が症状固定時に16歳であり,労働能力喪失期間を考える際,稼働開始までの期間分を控除するという処理が必要となるため,例えば,労働能力喪失期間が10年であれば,対象となる期間は,10年間から18歳(一般的に稼働開始可能と考えられる年齢)までの2年間を引かなければなりません。
この処理は,単純に10から2を引くのではなく,中間利息を控除したライプニッツ係数を用います。
ところが,相手方は,労働能力喪失期間を5年としながら,この5年のライプニッツ係数をそのまま用いていました。
これは,実質的には労働能力喪失期間として7年を認定したのと同様になります(最終的な計算結果は,中間利息控除の関係で,7年で計算したよりも高くなります)。
一般的に後遺障害等級14級9号の場合,労働能力喪失期間を就労可能年限までではなく,一定期間の制限されることが多く(むち打ち以外の場合は例外あり),若年者の場合,回復が期待できるため,その可能性も高まります。
そうすると,労働能力喪失期間が実質7年とされるのであれば,決して不当とはいえません。
また,相手方は,逸失利益の計算にあたって,全年齢の女性労働者の平均賃金を用いていました。
労働能力喪失期間に制限のない後遺障害であれば,この数値を用いることが想定されるのですが,労働能力喪失期間が制限される場合で,被害者が若年者の場合だと,後遺障害の影響を受ける時点の収入は,働き始めたばかりの頃で,全年齢の平均賃金よりも低くなることが想定されます。
したがって,逸失利益算定のための基礎となる基礎収入の額も,厳密に考えると,全年齢の女性労働者の平均賃金よりも低くなる可能性がありました。
以上の点を考慮すると,相手方から示された逸失利益の額は低いものとはいえないのではないかと考えられました。
そこで,示談交渉の対象を慰謝料の部分に絞ることとしました。
その結果,最終の支払額が約280万円となって示談が成立することとなりました。
ポイント
保険会社から示される金額は一般的には低いことが多いのですが,若年の学生が被害者となった場合のように,単純な計算とはならないような場合,むしろ裁判をするよりもいい条件なのではないかと思われることがあります。
一方で,慰謝料のような算定が単純なものについては,ほぼ例外なく低い金額が示されます。
示談交渉では,やみくもに相手の見解を否定するのではなく,論点を絞って交渉を進めることが有効な場合があります(そうすることで,解決までの時間も早まるというメリットもあります。)。
後遺症を残した被害者が亡くなった場合の賠償額
交通事故の損害賠償と一言で言っても,実際には1つとして同じ事件はありません。
中には,特殊な状況により,どのような損害賠償の請求ができるのか迷うような場面もあります。
今回は,その中でも,交通事故で後遺障害を残した被害者が,その後加害者から賠償金の支払いを受ける前に亡くなってしまったという場合について,請求がどうなるのか見ていきたいと思います。
何が問題?
そもそも,このようなケースで何が問題になるのでしょうか?
まず前提として,後遺障害の損害賠償請求が可能なものを確認します。
後遺障害について損害賠償の請求ができるものとしては,次の3つが考えられます。
①慰謝料
②逸失利益
③将来介護費用
それぞれ,①は精神的苦痛に対する賠償,②は後遺障害による収入の減少に対する賠償,③は重度の後遺障害を負ったことによる介護費用に対する賠償を意味します。
この内,①の慰謝料については,後遺障害の等級に応じて請求をすることができます(厳密にいうとこれも問題になりえますが。)。
これに対し,②と③は,将来的に実際に生じる損害を予測して支払いを求めるものです。
例えば,40歳で重度の後遺障害を残すことが確定した被害者の場合,逸失利益については,その後67歳(一般的な就労可能年限)までの27年間分の減収を予測して請求することになります。
同じく将来介護費用については,平均余命までの年数分にかかる介護費用を計算して請求することになります。
このように②と③については,あくまでも将来現実に発生する損害を予測して請求するという性質のものです。
したがって,その予測した未来が到来する前に被害者が死亡したのであれば,その時点で将来の減収を考慮する余地はなく,介護の必要性も消滅するのではないのかという疑問が生じるのです。
2つの考え方
この問題については,2つの考え方があり,1つを切断説,もう1つを継続説といいます。
切断説…逸失利益は死亡時までに限られるという見解
継続説…死亡の事実を考慮せず,死亡後であっても後遺症の存続が想定できた期間についてはこれを対象期間として逸失利益を算定すべきであるとする見解
実務で採用されている考え方
逸失利益について
〇最高裁判例①(平成8年4月25日判決)
逸失利益については,「貝採り事件判決」という有名な判例があります。
事案は,交通事故によって脳挫傷,頭蓋骨骨折,肋骨及び左下腿の骨折といった重傷を負った被害者が,知覚障害,腓骨神経麻痺,複視といった後遺障害を残していたところ,自宅近くの海で貝採りをしているときに,心臓麻痺を起こして死亡したというものです。
(1) 一審
一審は,逸失利益の継続期間を死亡時までに限らないとしつつ,被害者が死亡したことにより,その後の生活費の支出を免れているとして生活費の控除(30%)を行うとしました。
(2) 控訴審
これに対し,控訴審では,逸失利益の算定にあたって,一般的に平均的な稼働可能期間を前提としているのは,事の性質上将来における被害者の稼働期間を確定することが不可の王であるため,擬制を行っているものであるとし,被害者の生存期間が確定してその後の逸失利益が生じる余地のないことが判明した場合には,死亡した事実を逸失利益の算定にあたって斟酌せざるを得ないとして,死亡時以後の逸失利益を認めませんでした。
(3) 最高裁
最高裁は,「労働能力の一部喪失による損害は,交通事故の時に一定の内容のものとして発生している」として,逸失利益の継続期間について,死亡した事実は考慮しないとしました。
ただ,例外的に,交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていた場合には,死亡後の期間の逸失利益は認められないとしています。
この例外的な場合とは,交通事故当時既に末期がんで,交通事故後にがんで亡くなったような場合が想定されています。
★生活費の控除
〇最高裁判例②(平成8年5月31日判決)
①の一審が行った生活費の控除については,①の最高裁判決では判断を示していません。この点については,同じ年に出された次の最高裁の判決があります。
事案は,交通事故によって後遺症が残った被害者が,別の交通事故で死亡したというものです。
上記の点について最高裁は,「交通事故と被害者の死亡との間に相当因果関係があって死亡による損害の賠償をも請求できる場合に限り,死亡後の生活費を控除することができる。」としました。
その理由として,交通事故と死亡との間に相当因果関係が認められない場合には,被害者が死亡により生活費の支出を必要としなくなったことは,損害の原因と同一原因により生じたものということができず,損益相殺の法理またはその類推適用ができないことを挙げています。
このように,逸失利益の算定に当たっては,後遺症が残った後に被害者が死亡したとしても,原則としてそのことを理由に金額を減額することはしないということになります。
将来の介護費用
重度の後遺障害が残った場合、事故の前とは異なり自立して生活ができなくなることがあり、その場合、介護が必要となってきます。
介護が必要になると、施設の利用料や介護サービスの利用料が発生したり、家族が自宅で介護を行う場合でも、家族にかかる負担は非常に重いものになります。
これらについても、加害者が賠償の責任を負うものとなりますが、その都度請求するというよりも、将来の介護費用を計算して一括して加害者に請求することが多いです。
これが、「将来の介護費用」です。
〇最高裁判例③(平成11年12月20日)
被害者が交通事故の後に別の理由でなくなった場合、将来の介護費用について死亡後の期間分も負担することになるのかが問題となります。被害者が亡くなったことで、それ以降の介護費用が実際には発生しないことが明らかになっているからです。
これについては次の最高裁の判例があります。
事案は,交通事故によって後遺障害等級1級3号の重度の後遺障害を残した被害者が,その後胃がんにより死亡したというものです。
この事例で,加害者が被害者の死亡後の期間についても将来の介護費用を負担しなければならないのかが争われました。
結論としては,最高裁は死亡後の介護費用の支払いについては認めませんでした。
その理由として,「被害者が死亡すれば,その時点以降の介護は不要となるのであるから,もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく,その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり,かえって衡平の理念に反することになる。」と述べています。
整理が難しい問題
事故と関係なく亡くなったのであれば,それ以降の逸失利益を加害者が負担する理由はないのではないかという気もします。
しかし,損害賠償の基本的な考え方や,仮に死亡後の逸失利益を払わなくても良いとした場合の実際上の不都合の問題から,逸失利益については,死亡後の分も含めて賠償の義務があるとされています。
他方で,将来の介護費用については,現実に支出する費用の補填であるため,その必要がなくなった場合にまで加害者に負担を負わせるべきではないと考えられているのです。
このように,後遺症が残った後で被害者が亡くなった場合,整理が難しい問題がありますが,相手方に賠償を請求する場合,基本的に1円単位で賠償金額を計算する必要があり,実際にこのような状況になった場合,上記のような考えにしたがって正しく計算を行う必要があります。
損害賠償を請求する中で,どう考えたら良いのか迷うようなことが生じた場合には,一度弁護士にご相談されることをおすすめします。
(参考文献 上記判例の最高裁判所判例解説)
鎖骨骨折による後遺症と損害賠償のポイント
交通事故によって後遺症(後遺障害)が生じる典型的なケースとして,これまでにいくつか見てきましたが,同じく交通事故でよく生じる怪我の1つである鎖骨骨折というものがあります。
弁護士として様々なお話を伺っているときに,診断書の傷病名というところに着目するのですが,「鎖骨骨折」は,交通事故の衝撃で被害者が転倒して手やひじや肩などを地面についたようなときに,その衝撃で発生することが多いため,歩行者や自転車・バイクの被害者によく見られる診断名です。
また,ケースによっては,シートベルトの圧迫によっても発生することがあるようです。
このように,このホームページをご覧いただいている方の中にもお困りの方が多いと思われる鎖骨骨折の後遺症や損害賠償について今回は見ていきます。
想定される後遺障害の等級は?
12級5号(変形障害)
裸体となったときに明らかに分かる程度に鎖骨が変形癒合した場合,12級5号が認定されます。
レントゲン写真によってはじめて分かる程度であれば,ここには該当しません。
12級6号(可動域制限)
鎖骨は肩甲骨とつながっており,鎖骨骨折により,肩関節の可動域制限・運動障害が発生する可能性があります。
障害が残った側の肩関節の可動域が,健側(怪我をしていない方)の4分の3以下となっている場合は,後遺障害等級12級6号の認定が見込まれます。
さらに、可動域が健側の2分の1以下となっていると、後遺障害等級10級10号となります。
12級13号(神経障害)
骨折によって痛みなどの神経症状が残った場合で,骨癒合の不全や関節面の不整などがあって,その症状の存在を医学的に証明することができる場合には,12級13号が認定されることになります。
等級の併合について
12級5号が認定されて,さらに痛みがある場合,12級13号と併合で11級とはならず,痛みは12級5号の中に含まれているという形で判断されます。
これに対し,12級5号が認定され,さらに肩関節に健側と比較して4分の3以下の機能障害が発生した場合,機能障害について12級6号が認定され,併合11級となります。
(「労災補償 障害認定必携」より)
弁護士による示談交渉・増額のポイント
後遺障害逸失利益の計算について
事故で残った後遺症について後遺障害等級が認定されると、後遺症に対して加害者側から賠償金が支払われることになります。
この後遺症に対する賠償金として支払われる項目は主に2つで、1つは後遺障害逸失利益、もう1つは後遺障害慰謝料です。
このうち、後遺障害逸失利益は、後遺症の内容によって金額が変わってきます。
後遺障害逸失利益は、後遺症による将来にわたる収入の減少を補償しようというもので、通常は「事故前年の年収×労働能力喪失率×労働能力喪失期間-中間利息」という計算式によって計算します。
労働能力喪失率とは、後遺症が原因となって減る収入の割合のことです。簡単にいうと、事故前の年収が1000万円だった人が、事故の後遺症で年収800万円となっていれば、労働能力喪失率は20%と評価することができます。※実際には、この計算式で用いる割合と減収の割合は一致しません。
労働能力喪失期間とは、後遺症による労働能力の制限が何年続くのかを指しています。
12級6号(可動域制限)の場合
12級6号の可動域制限の後遺障害等級がが認定される場合,通常はレントゲン写真やCTなどで骨癒合の不全や関節面の不整を確認することができるということになります。
これらの他覚的所見が時間の経過によって正常な形になることは期待できないため、それに伴う可動域制限が改善するということも考えにくいです。
したがって,逸失利益の労働能力喪失期間については、原則にしたがって就労可能年齢一杯分(実務的には67歳までとされることが多いです。)とされるべきであると考えられます。
労働能力喪失率は、12級であれば、一般的な例と同様に14%とされることが多いでしょう。
12級13号の場合
12級13号の場合,神経症状による後遺障害であるため,労働能力が回復する可能性も否定できません。
過去の裁判例を見ても、労働能力喪失期間を10年などと制限している例が見られます。
しかし,むち打ち症とは異なり、関節面の不整・骨癒合の不全といった状態に変化はないと考えられますので,基本的には労働能力喪失期間の限定は行うべきではないと考えるべきでしょう。
労働能力喪失率は、一般的な例と同様に14%とされることが多いと思いますが、実際の労働への支障の程度が小さい場合は、割合を下げられることもあり得ます。
12級5号(変形障害)の場合
後遺障害の内容が鎖骨の変形障害にとどまる場合、後遺障害逸失利益が発生するかどうかについて争いがあります。
なぜなら、鎖骨は、先天的に欠損している場合や後天的に全摘出したような場合であっても、肩関節の可動や日常生活に大きな影響はないとされているからです。
実際に、過去の裁判を見ても、変形障害があっても労働能力の喪失に関係しないなどとして後遺障害逸失利益を否定するものが見られます。
したがって、保険会社もこの点を指摘して後遺障害逸失利益を否定したり、金額を著しく低く認定してくることがあります。
しかし,上記のような他の後遺障害が認定されるレベルに至っていないものであっても,モデルのように外見が労働能力に影響するような職業はもちろんのこと,通常の労務に支障が生じることは考えられますので,逸失利益を全く否定することは妥当ではありません。
この際の逸失利益の計算については,被害者の職業や,変形障害以外の障害の内容等を元に判断していくことになりますが、労働能力喪失率は実態に合わせて通常とは異なる数値が用いられることが考えられます。
また、骨癒合の不全による痛みを伴っている場合、前記のとおり12級13号とは認定されず、12級5号のみが認定されることになりますが、表面上の等級が12級5号だからといって、痛みに対する12級13号のみの場合よりも賠償金の額が小さくなることはあり得ません。
しかし、保険会社は、12級5号の特殊性を理由に逸失利益を不当に制限してくることがありますので、この点はしっかりと交渉をしていく必要があります。
後遺障害慰謝料
後遺症の慰謝料については定額化が進んでいますので、後遺症の内容によって大きく変わることはありません。ただし、変形障害が残った場合で、後遺障害逸失利益は認められなかったような場合には、外見の変化による苦痛を慰謝料を加算するという形で修正することがあります。
まとめ
鎖骨骨折に関する後遺症として想定されるものとしては,以上のように複数のものが考えられます。
そのため,どのような後遺障害の認定がされる可能性があるのかを後遺障害の申請の前に見極め,そのために必要な3DCT検査を受けておくなどして準備を整えた上で申請を行うことが重要となります。
また,後遺障害の認定が受けられた場合でも,12級5号のように逸失利益の算定に強く争いが生じる可能性があるものもありますので,交渉の際には,自分にとってどの程度の損害賠償が妥当なのかを見極める必要があります。
上で見たように、後遺障害部分の示談交渉は、交通事故の賠償に関する正確な知識を必要としますので、後遺障害等級認定後はお早目に弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
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肩・ひじ・手の関節の後遺症(12級6号など)の賠償
交通事故によって後遺症(後遺障害)が残ることは少なくありませんが,後遺症が残ったからといって,全てが加害者に請求することができる損害賠償の対象となるとは限りません。
自賠責保険の後遺障害等級に該当するかどうかがポイントとなってきます。
今回は,交通事故で比較的多く見られる後遺障害の中でも,上肢の運動障害(可動域制限)について,認定された後の損害賠償の問題も含めて見ていきます。
上肢の関節の機能障害(運動障害)に関する自賠責保険の基準
上肢の関節の機能障害(運動障害)が後遺症として残った場合の,自賠責保険における後遺障害等級は以下のとおりです。
(「労災補償 障害認定必携」参照)
6級6号 |
1上肢の3大関節中の2関節の用を廃したもの |
8級6号 |
1上肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの |
10級10号 |
1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの |
12級6号 |
1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの |
※骨折部にキュンチャー(髄内釘)を装着しているか、金属釘を用いたことが機能障害の原因となっている場合は、これらの除去をしてから等級の認定を行うことになります。また、廃用性の機能障害(ギプスによって患部を固定していたために、治癒後に機能障害が残ったような場合)については、将来における障害の程度の軽減を考慮して等級の認定を行うとされています。
「関節の用を廃したもの」とは
①関節が強直したもの
※肩関節の場合は,肩甲上腕関節が癒合し,骨性硬直していることがエックス線写真により確認できるものを含む。
②関節の完全弛緩性麻痺又はこれに近い状態にあるもの
③人工関節・人工骨頭をそう入置換した関節のうち,その可動域が健側の可動域の1/2以下に制限されているもの
「関節の機能に著しい障害を残すもの」とは
①関節の可動域が健側の可動域角度の1/2以下に制限されているもの
②人工関節・人工骨頭をそう入置換した関節のうち,「関節の用を廃したもの」の③以外のもの
「関節の機能に著しい障害を残すもの」とは
関節の可動域が健側の可動域角度の3/4以下に制限されているもの
今回は,この中の主に12級6号について見ていきます。
認定のポイント
12級6号であれば,3大関節の中の,1つの可動域が,健側の可動域の3/4以下に制限されていれば認定されることになります。
そこで,この意味について確認しておきます。
3大関節
3大関節とは,①肩関節,②ひじ関節,③手関節のことをいいます。
可動域
可動域とは,関節がどの程度動くのかを示しています。
健側(けんそく)とは
健側とは,障害が残った腕など(患側)に対して,障害が残っていない方の腕などのことを指します。
関節可動域の測定
関節可動域の対象となるのは,以下のものです(主要運動といいます。)。
肩関節 |
屈曲or外転+内転 |
ひじ関節 |
屈曲+伸展 |
手関節 |
屈曲+伸展 |
測定方法
自分の力で動かす自動運動と他人の力を借りて動かす他動運動が考えられますが,基本的に可動域の測定を行う場合は他動運動の数値を用います。
ただし,末梢神経損傷を原因として関節を稼働させる筋が弛緩性の麻痺となり,他動では関節が動くものの自動では動かせないような場合等,他動運動による測定値を用いることが適当ではない場合には,自動運動を用いることがあります。
自動運動を用いて測定する場合は,その測定値を( )で囲んで表示するか,「自動」または「active」などと明記することになります。
測定は,日本整形外科学会と日本リハビリテーション医学会によって決定された「関節可動域表示ならびに測定法」にならって行われることになります。
後遺障害の対象となっていない側にも障害がある場合は?
上記のように,可動域制限の程度は,健側と患側の比較によって行いますが,事故とは関係なく,健側となるべき側に障害があるような場合,患側の比較をしても,障害がないという結果にもなりかねません。
このような場合,各可動域について設定されている「参考可動域」との比較によって評価されることになりますので,後遺障害診断書作成の際に,そのことが分かるように医師に記載してもらいましょう。
参考運動とは?
上記のような主要運動とは別に参考運動というものがあります。
これは,主要運動の可動域が1/2(10級10号)又は3/4(12級6号)をわずかに上回る場合に,このままでは12級6号又は非該当となってしまうところを,参考運動がそれぞれ1/2又は3/4以下となっていれば,10級10号又は12級6号と認定するというものです。
この「わずかに」とは,原則として5度であり,一部の機能障害については10度とされています。
このような場合に,参考運動の測定を行っていなければ,当然このことは考慮されませんので,主要運動の可動域制限が,等級の認定基準にわずかに満たない場合には,参考運動の可動域の測定も欠かさずに行うようにしましょう。
注意点
このように,可動域制限さえ出ていれば等級が認定されるかというとそうではありません。
機能障害の原因となる骨癒合の不良や関節周辺組織の変性による関節拘縮といった異常が画像上明らかであることが必要です。
そうでなければ、痛みについての14級9号にとどまるか,後遺障害非該当ということもあり得ます。
そのため,この点について,骨癒合の状態等についてCT等でしっかりと確認しておく必要があります。
以上のように,後遺症に見合った等級の認定が行われるためには,しっかりとチェックしておくべきことがありますので,弁護士にご依頼いただいた場合,後遺障害診断書が適切に作成されるためのサポートをさせていただきます。
示談交渉・損害賠償上のポイント
上記のような点をクリアして12級6号が認定された場合の損害賠償上の問題点についてご説明します。
後遺障害に関する損害賠償では,基本的に慰謝料と逸失利益が問題となるのですが,このうちの慰謝料については,12級だと290万円程度が相当とされており,それほど問題とはなりません。
また,逸失利益についても,同じ12級でも,「12級13号」の場合と異なり,就労可能年限である67歳までが労働能力喪失期間として認定されることが通例ですが(例外はあります。),保険会社はできるだけ賠償金を低く見積もってくることが多いので,この点で減額されないようにしっかりと交渉していくことが必要になります。
この点も,やみくもに交渉をすればいいというわけではありませんので,弁護士にご依頼いただいた場合,請求を基礎づける過去の事例を示すなどして,適正な賠償額が支払われるように根拠に基づいて交渉をしていきます。
まとめ
12級6号が認定されるためには,自賠責保険の後遺障害認定は原則として書類審査ですので,ご自身の障害の程度が正しく評価されるために,必要な検査を受け,それが後遺障害診断書上も表れているかが重要です。
また,損害賠償請求に当たっては,不当に減額されないように適切に示談交渉を行っていく必要があります。
弁護士にご依頼ただければ,後遺障害の申請から損害賠償の示談交渉まで行いますので,交通事故で負った後遺症についてご不安な場合は,一度弁護士にご相談ください。
後遺障害に関する一般的な説明についてはこちらをご覧ください →「後遺症が残った方へ」
圧迫骨折と11級7号の認定・示談のポイント
交通事故で怪我を負った場合,治療を行ってもどうしても元通りとはいかず,後遺症(後遺障害)が残ってしまうことがあります。
後遺症に関する損害賠償の請求方法には,ある程度決まった方式があるのですが,内容によってはどうしても定型通りに処理することが難しいものもあります。
今回は,その中でも比較的よく見られる圧迫骨折について後遺障害等級11級7号が認定された場合について,等級の認定の段階と損害賠償請求の段階における逸失利益や慰謝料といった損害賠償の弁護士による示談交渉・増額のポイントについて紹介したいと思います。
圧迫骨折とは?
私たちの体には,身体を支える脊椎というものが存在しますが,この脊椎を構成する椎体というものに力が加わってつぶれてしまうことがあり,このことを圧迫骨折と呼んでいます。
圧迫骨折は,若い人でも非常に強い力が加わることによって発生することがありますが,高齢になって骨粗しょう症になったりすると,それほど大きな力が加わらなくても日常生活における軽い転倒などによって発生することがあります。
圧迫骨折自体がこのような性質を持っているため,特に高齢者の場合,事故で脊椎に衝撃が加わることで骨折が生じやすく,また骨折箇所が元通りとはならずに後遺症として残りやすいという特徴があります。
圧迫骨折で認定される可能性がある後遺障害等級
実際に圧迫骨折となった場合,認定される後遺障害等級としては以下のものが考えられます。
変形障害
6級5号 |
脊柱に著しい変形を残すもの |
8級相当 |
脊柱に中程度の変形を残すもの |
11級7号 |
脊柱に変形を残すもの |
変形障害の各等級の区別は,後方椎体高と比較して前方椎体高がどの程度減少しているのか,後彎は発生しているか,コブ法による側彎度が50度以上か,回旋位,屈曲・伸展位の角度はどうなっているのかといった点に着目し,条件を満たしていれば,6級5号あるいは8級相当の後遺障害等級が認定されることになります。
運動障害
6級5号 |
脊柱に運動障害を残すもの |
8級2号 |
脊柱に運動障害を残すもの |
運動障害の各等級の区別は,頸椎と胸腰椎の双方に圧迫骨折等が生じ,それにより頸部と胸腰部が強直したか(6級5号),頸椎又は胸腰椎のいずれかに圧迫骨折等が生じ,頸部又は胸腰部の可動域が参考可動域角度の2分の1以下に制限されたか(8級2号)といった点でなされることになります。
荷重機能障害
6級相当 |
荷重機能の障害の原因が明らかに認められる場合であって,頸部及び腰部の両方の保持に困難があり,常に硬性補装具を必要とするもの |
8級相当 |
荷重機能の障害の原因が明らかに認められる場合であって,頸部又は腰部のいずれかの保持に困難があり,常に硬性補装具を必要とするもの |
荷重機能障害の区別は上記のとおりで,「荷重機能の障害の原因が明らかに認められる場合」とは,脊椎圧迫骨折・脱臼,脊柱を支える筋肉の麻痺又は項背腰部軟部組織の明らかな器質的変化があり,それらがエックス線写真等により確認できる場合をいいます。
運動障害の場合と共通することですが,これらの形式的要件を満たしていても,受傷の程度によっては,因果関係がない(硬性補装具の必要はない)として見込んだ等級の認定が受けられないということもありますので注意が必要です。
11級7号の認定とは
11級7号の要件は以下のとおりです。
11級7号 |
①脊椎圧迫骨折を残しており,そのことがエックス線写真等により確認できるもの ②脊椎固定術が行われたもの(移植した骨がいずれかの脊椎に吸収されたものを除く) ③3個以上の脊椎について,椎弓切除術等の椎弓形成術をうけたもの |
認定の要件は以上のとおりで,圧迫骨折の診断がされていれば,11級7号が認定されることが多いと言ってよいでしょう。
しかし,既に述べたとおり,圧迫骨折は日常生活でも発生する可能性があり,事故によって生じたものであるかどうか(陳旧性のものかどうか)が問題となることもあります。
この点については,事故直後にMRI検査を受けることにより,陳旧性のものかどうかを確認することができますので,圧迫骨折が疑われる場合は,早期にMRI検査を受けるようにしましょう。
なお,今回対象としているのは,この中の①ですが,事故で発症したヘルニア等の治療法として脊椎の固定術が行われた場合には,②によって11級7号が認定されることになり,そのようなケースも比較的よく見られます。
弁護士による11級7号の示談交渉・増額のポイント
逸失利益の計算方法は?
11級7号に限らず,後遺症に後遺障害等級が認定されると,慰謝料の他に逸失利益を請求することができますが,11級7号の場合,この逸失利益の賠償金額について争われることが多いのです。
この点について詳しく見ていきましょう。
ⅰ 逸失利益の一般論
逸失利益とは,後遺症によって仕事が以前のようにできなくなったことによる将来分を含めた減収に関する賠償のことをいいます。
通常,後遺障害等級は,症状がこれ以上良くならない状態(症状固定)で,残った症状について認定されるものです。
したがって,減収が見込まれる期間を仕事が可能な期間分について,症状固定時の障害の程度に応じて目一杯請求することになります(67歳までとするのが一般的)。
ⅱ 11級7号の場合
上記一般論に対し,11級7号の場合,変形障害が残ったとしても,日常生活にそれほど支障がないというケースも多く,そもそも他の11級の後遺障害(例えば,手の人差し指,中指,薬指のいずれかを失った場合等)と同程度の労働能力の喪失があるのか,労働能力の喪失が一生涯続くものなのか,といった点について様々な議論があります。
この点については,裁判上も判断が確定しているわけではないので,被害者の年齢や職業,骨折の部位・程度等を考慮して,具体的に見ていくほかありません。
最近の裁判の傾向を見ていると,骨折後に痛みが残った場合の後遺障害等級である12級13号に準じて計算するようなケースが見られます。
この場合,労働能力喪失率が20%→14%となり,労働能力喪失期間も,就労可能年限までではなく,若干減らされることがあります。
ただし,基本的には,他の11級と同様の労働能力の喪失があるというのが基本的な考え方となりますので(2004年版赤い本下巻参照),安易に妥協することはできません。
慰謝料の額は?
後遺症について11級が認定された場合のいわゆる裁判基準による慰謝料の相場は,420万円程度とされています。
慰謝料については,逸失利益の場合とは異なり,圧迫骨折後の11級7号の場合であっても,この相場にしたがって支払われる傾向にあります。
まとめ
圧迫骨折による11級7号のポイントは,事故によって生じたものであることを証明するためにまずはMRI検査を受けるということと,逸失利益の請求について何が問題となるのかを正確に把握しておくということにあります。
なお,上記のような労働能力喪失の程度・期間については,厳密にいうと,11級7号に限らず争いになりやすいところではあります。
しかし,11級7号の場合,裁判上も確定した考えがあるわけではなく,相手方から反論された場合,自身の見解を根拠を示しながら説得的に主張していくことが重要となってきます。
そのため,交通事故によって圧迫骨折が診断された場合には,弁護士にご相談の上,適切に交渉を行っていくことをおすすめします。
後遺障害に関する一般的な説明についてはこちらをご覧ください →「後遺症が残った方へ」
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