労働能力喪失期間の問題

2023-05-08

労働能力喪失期間とは

 労働能力喪失期間とは、交通事故の被害者が後遺障害を残してしまった場合に、「事故がなければ被害者が仕事をして獲得できていただろうと考えられる収入」を賠償する際に、その金額を計算するために用いるものです(死亡事故の場合も同様ですが、死亡事故では労働能力喪失期間はそれほど問題になりません)。

 例えば、事故で足腰が悪くなり、それまでは1日8時間働けていたのが1日に6時間しか働けなくなったというような単純な例で考えると、2時間働く時間が短くなったことで収入もそれに応じて減額となると考えられます。時給1000円であれば、事故前が1日に8000円稼いでいたところが事故後は1日6000円に減額となってしまいます。

 この、事故がなければ被害者が獲得できていたと考えられる収入のことを「逸失利益」と呼んでいます。

 逸失利益は、ベースとなる年収の額に、後遺障害による収入へのマイナスの程度、後遺障害によって収入が下がってしまう期間をそれぞれかけて計算することになります。

 この後遺障害によって労働能力の一部が損なわれ、収入が下がってしまう期間のことを「労働能力喪失期間」と呼んでいます。

 つまり、労働能力喪失期間とは、後遺障害による収入への影響が何年続くかを表す数字ということになります。

労働能力喪失期間の基本的な考え方

 労働能力喪失期間は、このように後遺障害が収入(仕事)に与える影響がどの程度続くのかというものですので、仕事への影響が1年で済めば1年になりますし、定年まで続くのであれば定年までということになります。

 ここで、後遺障害がどのようなものだったのかを考えると、後遺障害とは、分かりやすくいうと、「これ以上良くならない症状が残っていて、将来的にも改善の見込みがないもの」のことを指します。

 つまり、後遺障害として認定された症状は一生続くということが前提となっています。

 症状が変わらない以上、仕事への影響も同じように一生続くと考えるのが自然な考え方です。

 したがって、労働能力喪失期間は、仕事ができなくなるまでの期間とするのが基本的な考え方で、一般的な就労可能な期間として67歳までとされることが多いです。

 実際には、これから先、高齢者の雇用に関する考え方がどうなるか分かりませんし、早めにリタイアする人もいるとは思いますが、それは誰にも分からないことなので、基本的にこの67歳という数字が基準とされています。

労働能力喪失期間が短くなるケース

 このように、労働能力喪失期間は67歳までとされるのが原則ですが、例外的に、そこまで労働能力の喪失(収入の減少)が続かないのではないかとされる後遺障害が存在します。

 典型例が、元々の怪我が打撲や捻挫であった場合の痛みやしびれについて認定される自賠法施行令別表第二第14級9号の「局部に神経症状を残すもの」という後遺障害の場合です。

 特に、交通事故でよく見られるむち打ち症で問題となりますが、むち打ち症について後遺障害14級9号が認定された場合、裁判では、労働能力喪失期間は5年とされる傾向にあります。

 これは、腰椎捻挫等でも同様です。

 このように、労働能力喪失期間が短くされる理由としては、元々14級9号というものが、症状の原因について医学的な証明ができていないものであることに加え、将来的な症状の回復の可能性があり、痛みへの馴れ等によって仕事への影響が軽減されるためなどとされています。

 他にも、非器質性の精神障害について後遺障害14級9号が認定された場合も、67歳までではなく、10年などとされることがあります。

 将来的な回復の可能性があるのであれば、もはや後遺障害とは呼べないのではないかという気もしますが、かといって、延々と治療費の支払い等を加害者に求めるのも現実的ではないので、このような扱いになっています。

 同様に、骨折など、症状の原因がレントゲン画像等で確認できる場合に後遺障害12級13号が認定された場合にも、労働能力喪失期間が若干短くなることがあります。ただし、この場合は14級9号の場合と比較すると、長めの認定がされる傾向にあります。

 12級13号の場合には、症状の原因が存在し、今後もそれが変わることはないことも明らかなので、労働能力喪失期間を制限するという考えには疑問が残るところで、裁判上も制限されないケースも見られます。この点は、ご自身の実際の仕事の内容や後遺障害による仕事への支障の程度、収入の減少の有無などを見て、労働能力の低下について改善が見込めないような場合には、就労可能年限まで労働能力喪失期間を認めるように交渉を行う必要があるでしょう。

原則と例外

 このように、労働能力喪失期間は、基本が67歳までであり、例外的に短くなるという関係にありますが、実際の実務の現場では、後遺障害の過半数が14級の事案であるため、例外的なはずの労働能力喪失期間が限定される事案がむしろ多数派になっているという現実があります。

 その結果、保険会社の担当者も、「労働能力喪失期間は5年とか10年になるのが当たり前で、67歳までとするのは例外的な場合に限る」と考えている節があります。

 つまり、原則と例外が逆転してしまったような状況になっています。

 しかも、労働能力喪失期間が5年ないし10年となるのか、67歳までとなるのかは、被害者の年齢にもよりますが、賠償金の額に非常に大きな影響を与えます。

 そのため、保険会社の担当者も、この点に強くこだわってきますし、交渉をしても容易に折れてきません。

対応方法

 保険会社との交渉で労働能力喪失期間が問題となった場合、労働能力喪失期間の基本的な考え方について改めて説明し、裁判実務ではどうなっているのか(仮に裁判になったらどうなるのか)、実際に現在どのような支障が生じているのかを丁寧に説明していく必要があります。

 ただ、金額が大きい部分ですので、交渉を尽くしても保険会社が支払いに応じないことも考えられます。その場合は、裁判をすることも検討していくことになります。

 いずれにしても、中途半端な知識では説得することは困難ですので、専門家に交渉を依頼することをおすすめします。

 

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