被害者請求は本当に被害者にとって有利なのか

2022-06-07

 自賠責保険の後遺障害の認定を受けるための方法は、「事前認定」と「被害者請求」という2つがあります。

 このことは、インターネット上にも多数の記事が掲載されているのですが、誤解を招きかねないものも多々あるように思いますので、これらの違いについてここで解説します。

事前認定

 「事前認定」とは、相手の任意保険の保険会社が、後遺症部分についても賠償を支払っても良いか、事前に認定機関に調査を依頼することをいいます。

 任意保険は、自賠責保険の上乗せ保険ですので、自賠責保険で認められないものは支払いませんが、上記の調査の結果、後遺障害を認定できるという結果になれば、自賠責保険で支払いが出ることが分かりますので、任意保険会社としても、上乗せ部分を含めて支払いができるようになります。

 その結果、被害者に対しても、後遺障害分も含めた形で賠償金の提示が行われることになります。

被害者請求

 これに対して、「被害者請求」とは、自賠法16条1項により被害者に認められている請求で、被害者が自賠責保険の保険会社に対して直接賠償金の請求を行うものです。

 賠償責任保険の性質からすると、一旦加害者が被害者に賠償金を支払った後で、加害者に対してその分の保険金が支払われることになるはずですが、被害者の便宜のため、このような請求が認められています。

 「被害者請求」は上記のように自賠法16条により認められたものですので、「16条請求」とも呼ばれます。

 「被害者請求」は、自賠責保険会社に対して直接賠償金の支払いを求めるものですので、後遺障害の認定がされれば、直ちに自賠責保険金が支払われることになります。

認定機関

 上記のとおり、手続の違いはありますが、「損害保険料率算出機構」というところが認定のための調査を行うことに変わりはありません。

 「損害保険料率算出機構」は、法律に基づいて設立された団体で、中立な立場から損害調査等を行っています。

 「事前認定」の場合は、相手の任意保険会社から、「被害者請求」の場合は、相手の自賠責保険会社から、それぞれ調査の依頼が行われることになります。

 重要なことは、審査をするのはどちらも同じ組織であるということです。

被害者請求が有利?

 インターネットで交通事故を取り扱う弁護士や行政書士のホームページを見ると、事前認定と被害者請求を比較すると被害者請求の方が有利(あるいは事前認定が不利)となるため、何が何でも被害者請求をしなければならないような印象を与えるものが目立つように思いますが、これは本当でしょうか?

 ここでいう有利とか不利とは、後遺障害等級が認定されるかどうかを意味しますので、被害者請求と事前認定で等級が認定される可能性に変化があるのかというのがポイントで、このページでは、この点について検証してみたいと思います。

3つのパターン

 後遺障害が認定されるかどうかは、①誰がやっても認定されるもの、②誰がやっても認定されないもの、③やり方によっては認定されるものに分類することができます。

 このうち、①と②については、誰がやっても結果は変わらないのですから、事前認定であろうと被害者請求であろうと有利不利の違いはありません。

 被害者請求をすることで有利になり得るのは③だけということになります。

 そのため、「あなた」が被害者請求をすべきかどうかは、自分のケースが③に当たるかどうかが問題となります。

結果に違いが出るケース

 では、③に該当するケースはどれほどあるのでしょうか?

 実は、これが問題で、答えは「分からない」と言わざるを得ません。

 なぜなら、最初から被害者請求を行って見込んだ等級の認定が出た場合、既に認定はされてしまっているので、それが「仮に事前認定をしていたら認定されなかったものが、被害者請求を行ったおかげで認定された」かどうかを確認する術がないからです。

異議申立てで覆るケース

 先に事前認定を行って認定されなかったものに対して、後に被害者側からの異議申立て(被害者請求)で認定が覆ったような場合は、上記の③に当てはまると考えられますが、ケースとしては多くありません。

 仮に、被害者請求を行うことで先行する事前認定の場合と比べて等級の認定が有利になる事例ばかりであれば、もっと異議申立ての成功事案が多くてしかるべきであり、そのようなことが可能な事務所が存在するのであれば、異議申立て手続を専門に行っていてもよいはずです。また、そのような事務所にとっては、自分たちが対応することで等級が覆る事案が世の中に山ほどあるはずですから(大多数が事前認定であるため)、事前認定で望んだ等級が認定されなかった事案こそ積極的に受けに行くべきです。しかし、私が知る限り、そのようなことをアピールしている法律事務所・行政書士事務所はありません。

医療関係書類に不備があるケース

 他に③のケースに該当するよう思われるのは、作成された後遺障害診断書を確認したところ、後遺症の記載が漏れていたり、後遺症の内容からすると当然行わなければならない検査が漏れていたような場合に、追加の対応を依頼するような場合です。

 医師は、交通事故の賠償制度については精通していないため、こういった事態が起こり得ます。

 この問題に関しては、「診断書の記載内容の問題」と「検査の漏れ」を区別して考える必要があります。

 検査の問題については、医師がそれを治療のために必要と考えるかどうかはともかく、患者側からの求めがあれば、検査を実施をしてもらえる可能性は比較的高いと思います(場合によっては別の医療機関で実施してもらうために紹介状を書いてもらうことも検討)。検査が実施されれば、その結果を後遺障害診断書に添付することが可能です。

 これに対して、診断書の記載の仕方が患者にとって望ましくないという場合、診察や診断書の作成は医師の専権事項ですので、患者が「このように書いてほしい」と言ったとしても、それに応じない医師は多いはずです。

 なぜなら、診断書は、医師に、医学的な見地から記載を行ってもらうことが予定されているものですので、患者の求めに応じて記載内容を変更する方が不適切であるとも考えられるからです。医師に対して診断書作成時に要望を出せるのは、あくまでも、賠償制度のために必要となる記載事項について、医師が書き洩らしたり誤ったりしないように注意喚起しておくくらいです。

 したがって、医師が書く後遺障害診断書の内容を患者がコントロールできるとは考えない方がよいです。

 いずれにせよ、後遺障害診断書の提出前に、後遺障害診断書の訂正や追加の検査が実施されていれば、あとは事前認定であっても、既にこの問題は解消されていますので、やはり結果に違いが生じるとは考えにくいです。このケースは、「被害者請求」か「事前認定」かという問題というより、厳密には、後遺障害診断書の提出前に内容のチェックを行ったかどうかという問題といえます。

任意保険会社の問題

 そのほか、インターネット上には、「事前認定の場合、保険会社から不利な意見書が出されることがある」といった指摘をするものがありますが、これは、被害者請求の場合でも、任意保険会社はそうした意見書を提出することがありますので、違いとして挙げることはできません。

 他にも、事前認定では任意保険会社が必要な資料(画像資料等)を添付していないことがあるので不利になるということを指摘するものもありますが、それはどちらかというと、審査を担当する自賠責調査事務所の問題といった方がよいでしょう。

 例えば、被害者請求でも、通院中に撮影された画像資料は審査のための必須書類となりますが、最初の申請の段階では添付しなくても構いません。審査が進んでいく中で、通常は自賠責調査事務所の担当者が診療報酬明細書の中に画像検査の記載があるかチェックし、画像検査があったことが確認できれば、書類を提出した者に追加で画像の提出を指示してくるからです。

 この指示には通常は漏れはありませんが、たまに一部が抜け落ちていることがあります。その結果として画像資料の一部が抜け落ちているにもかかわらず審査が終わってしまうことも考えられますが、それは事前認定だから生じる問題なのかというと疑問です。

まとめ

 このように考えたときに、③の被害者請求の方が事前認定の場合よりも後遺障害等級の認定にあたって有利になるケースがどれだけあるかというと、決して多くないのではないかというのが、私のこれまでの経験からの実感です。

 少なくとも、「絶対に被害者請求にしなければ損をする」と断言できるようなことはありませんし、もしそうしたことを断言できる者がいるのであれば、その根拠を明確に示す必要があるでしょう。

 後述するように、弊所でも被害者請求を行うことに反対するものではありませんし、お受けした案件については、基本的に全件被害者請求を行っていますが、気になるのは、あたかも被害者請求をしなければならず、そのために弁護士や行政書士に依頼しなければならないかのように書かれているものが多く見受けられるということです。

 たしかに、被害者請求が好ましい事案があることは事実ですが、それが全ての事案に当てはまるかのように述べるのは、交通事故の被害者にとってミスリーディングになるのではないかと思うのです。

 また、重要な事実として、これまでにご相談を受けてきた案件で、事前認定で適切に等級が認定がされていたケースが少なからずあったということも指摘しておきます。こういったケースは、被害者請求をしたかどうかによる違いがなかったことが明白な例といえるでしょう。

どうしたらよいか

 以上のように、被害者請求の方が事前認定よりも後遺障害の認定がされやすいという証拠はありません。

 しかし、私自身、異議申立事案など、明らかに③に該当するケースも見てきましたので、場合によっては、敢えて被害者請求を選択しなければならないこともあるでしょう(事前認定後に異議申立てを行ってもよいとは思いますが)。

 また、被害者請求自体は、特別な費用が発生するようなものでもありませんので(多少の郵便代などの実費はかかります)、手間が少しかかる以外に特にデメリットはありません。

 さらに、被害者請求の確実に有利な点として、自賠責基準の賠償金を先に受け取ることができるというものがあります。

 後遺症の影響で仕事ができなくなったといった事情で、交渉や裁判に時間や費用をかけられないという被害者にとって、これは大きなメリットになります(確実にいえるものとしては、唯一有利な点だと考えています)。

 なぜなら、特に裁判を行う場合、最終的に獲得できる額が大きくなることが期待できる反面、示談交渉で解決する場合よりも多くの時間を要する傾向にあります。この間、加害者からの賠償金の支払いが受けられなくなりますので、後遺症によって収入が減ってしまっている被害者にとっては生活費の点から大きな問題となります。

 他方で、時間をかけられず、示談を急ごうとすれば、その分しっかりとこちらの言い分を説明するや資料を集めることができず、最終的に受け取ることのできる賠償金の額も小さくなる可能性があります。

 このような事態を回避し、納得できるまで示談交渉や裁判を行うために、被害者請求で自賠責保険金を先に受け取っておくことにはメリットがあります。そこで、基本的には全件被害者請求を行うということで良いと思います。

 しかし、それは、必ずしも被害者請求の方が事前認定よりも認定の確率が上がるという趣旨ではないのです。

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