1人暮らしで無職の休業損害・逸失利益

2021-11-24

 交通事故の損害賠償は、実際に生じた損害を補填する(原状回復)ことを目的としているため、実際に生じていない損害について、加害者に対する制裁的な目的として支払いを求めることはできません。

 したがって、休業損害や後遺障害逸失利益というものも、あくまでも仕事を休んだり、一部に制限が生じたために減収が生じていることを理由として請求するものであり、仕事に何の影響もないのに賠償を求めることはできません。

 ただし、厳密に減収が生じていなければ賠償の請求ができないかというと、必ずしもそうではなく、後遺障害逸失利益については、全くゼロということはむしろ少なく、ある程度の賠償が認められることが多いですし、休業損害についても、ケースによっては認められるものがあります。

 それでは、1人暮らしをしていて、特に収入もないような人が交通事故の被害者となった場合にはどうなるのでしょうか?

 高齢者で、妻や夫に先立たれていたようなケースは珍しくありませんが、このような場合には、仕事といえるものを全くしていない一方で、家事労働に支障が出ることがあります。こうした場合休業損害や逸失利益はゼロなるのでしょうか?

 この点について解説します。

家事労働の休業損害・逸失利益の判例

 最高裁判例では、「家事労働に属する多くの労働は、労働社会において金銭的に評価されうるものであり、これを他人に依頼すれば当然相当の対価を支払わなければならないのであるから、妻は、自ら家事労働に従事することにより、財産上の利益を挙げている」、「一般に、妻がその家事労働につき現実に対価の支払を受けないのは、妻の家事労働が夫婦の相互扶助義務の履行の一環としてなされ、また、家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行われないという特殊な事情による」として、家事労働についても、休業損害や逸失利益の対象となることを認めています。

自分のための家事労働に関する実務

 保険会社との交渉や裁判実務でも、家事労働について休業損害や逸失利益が認められることについて争いはありません。

 問題は、家事労働が自分のためだけに行われているような場合です。

 このような場合には、休業損害や逸失利益を否定するのが裁判も含めた実務の傾向です。保険会社が支払いに応じることはまずないと言ってよいでしょう。

 これは、家事労働に休業損害や逸失利益を認める際に最高裁の判例が指摘する、家事労働が「現実に対価の支払を受けないのは、妻の家事労働が夫婦の相互扶助義務の履行の一環としてなされ、また、家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行われないという特殊な事情による」ということに着目したものであると考えられます。

 また、「労働」というものが、あくまでも他人のために行うものであるという考え方もあるでしょう。

例外的に賠償が認められる場合

 家事ができなくなったために、身の回りのことをやってもらう必要が生じ、家政婦を雇ったような場合、必要といえる範囲で、その費用の賠償が認められるとされています。

 別居していても、家族のために介護や育児への協力といった形で家事労働の分担を行っていることがあり、このような場合には、休業損害や逸失利益が認められる可能性があります。

 また、事故当時たまたま仕事に就いていなかっただけで、仕事に就く確実な予定があったような場合には、その分の休業損害・逸失利益が認められることになります。

私見

 現在の実務の考え方は以上のとおりで、1人暮らしをしている場合、どんなに家事に支障が生じようと、それが自分のためである限り、休業損害は認められないということになります。

 しかし、例えば、利き腕を骨折してギプス固定したために、料理ができず外食や総菜等の購入で済ませる、家事に時間がかかるといった事態が生じた場合、実生活に支障が生じているのは明らかで、それが直接財産的な損害として現れないのは、家事を自分でしている場合に、自分に対して対価を支払うということがあり得ないためです。

 現実に家政婦を利用するなどしないで済んだとしても、それは自分自身の努力や苦痛の代償でしかありません。

 このことを慰謝料として考慮するという考え方もあるかもしれませんが、慰謝料として考慮できるような損害があるのであれば、端的に休業損害として認めれば足ります。

 もちろん、1人暮らしの場合と2人以上で暮らしている場合とで家事の量に違いがあるのは分かりますが、実務上、家族の数によって休業損害の額に違いを設けてもいませんし、1人の場合に全くゼロになる理由は分かりません。家政婦に頼めば対価を支払わなければならないことにも違いはありません。

 個人的には、現在の実務はナンセンスだと思いますし、考え方を改めるべきではないかと思います。

 ただ、裁判例の中にも、1人暮らしの場合の家事労働の休業損害を認めているものもありますが(東京高裁平成15年10月30日判決)、ごく少数ですので、基本的には、1人暮らしの家事労働の休業損害は認められないと考えておいた方がよいでしょう。