「物損は受けられない」の意味

2022-07-07

 「交通事故に強い」、「交通事故専門」をうたう弁護士のホームページは、最近は数多くありますが、その中に、「物損のみのご相談は受け付けていません」といった注意書きが書かれていることがあります。

 弊所でも、お問い合わせいただいた場合、一律でお断りすることまではしていませんが、お話を伺った上で、お受けできない旨をご案内することがあります(基本的にお断りすることが多いです)。

 その理由を結論から申し上げますと、物損で揉めている場合、①人身事故よりも解決までに時間がかかるケースの割合が多く、時間に見合った費用を頂くと経済的メリットがない、②法律的な考え方(裁判所の考え方)に従えば、被害者の要求が認められないことが少なくない(=泣き寝入りになる)ためです。

 なぜ、弁護士は物損のみの依頼を受けることができないところが多いのか、この点についてご説明します。

よくある誤解

 この点について、「弁護士が儲からないから受けられないのではないか」と思われることがあるようです。

 これは、実際にお話を伺っていても、「こんな小さな案件だと受けてもらえないですか?」と聞かれることも多いですし、他の法律事務所の口コミを見ても、「儲からないから雑に扱われた」といったことが書き込まれていることがあるようですので、そういう印象を持たれている方は実際に多いのでしょう。

 しかし、これには一部誤解があります。

 弁護士の報酬は事件の内容に応じて弁護士が自由に設定することができますので、どんな案件でも弁護士に利益が出るような料金を設定することができます。したがって、弁護士が儲からないから受けられないということはあり得ないともいえます。

 例えば、1万円を請求する事案でも、時間や手間がかかると思えば、50万円の費用を設定してもよいわけです(実際に過失割合で争いが生じている場合、裁判をして解決するまでの執務時間が数十時間に及ぶというケースも少なくありません)。

 もちろん、1万円を請求するために50万円を払うという人はほとんどいないと思いますので、実際には契約が成立することはないでしょう。儲からないから受けられないということがあったとしても、その意味は、「依頼者が儲からないから受けられない」ということになります。

実際の料金設定

 実際の弁護士費用の設定は、上記のように費用を50万円といった定額で定めるというよりも、タイムチャージといって、弁護士の執務時間に応じて報酬を受け取るという方式をとることが多いです。

 弁護士特約でもこの方式は認められていて、その場合の費用は1時間当たり2万円(税別)となっています。

 また、時間の上限は30時間となっていますが、裁判をしてもその程度で収まることが多いことに加え、事情があれば延長も可能です。

 弁護士の側から見れば、タイムチャージ制であれば、事件をお受けしても赤字になるということは通常ありませんので、「少額だから受けられない」ということはないのです。(※事務所によっては、多額の経費により、タイムチャージ制では利益が出ないということもあり得るかもしれません…)

 したがって、少なくとも弁護士特約に加入されているケースであれば、費用面の問題からお受けできないということはあまりありません(逆に言うと、弁護士特約に未加入の場合、タイムチャージ制をとると被害者の方にとって経済的にマイナスとなることが多いと思われますので、費用面からお受けすることができません)。

 それにもかかわらず、弁護士特約に加入されている場合でも、「物損のみの場合にお受けできない」というのは、費用面以外の理由があるのです。

物損は被害者の納得感が得られにくい

 物損で保険会社との間でもめることがあるとすると、代表的なものは以下のものになります。

 ①過失割合

 ②車両の時価額

 ③代車代

 ④評価損

過失割合

 物損で争いが生じている場合、大部分が過失割合に関するものといってよいでしょう。

 まず、過失割合については、実務上、相場というものがある程度固まってきているところですので、事故状況自体にあらそいがなく、被害者がこの相場そのものに納得できないという場合、結果を覆すことは困難です。

 これに対し、過失割合の前提となる事故状況について、事故の加害者が事実とは違うとんでもないことを言っていることもあるでしょう。しかし、事故状況に争いがある場合、ドライブレコーダーのようなものがなければ、自分の訴えたい事故状況を証明するのは非常に難しいと言わざるを得ません。

 どんなに相手が間違ったことを言っていても、こちらの言い分が正しいことを証明できるものがなければ、保険会社や裁判所を説得することはできないのです。

 「被害者が泣き寝入りするのはおかしい!」と思われるかもしれません(その感覚は理解できます)。しかし、第三者から見ると、どちらが被害者なのかを知る手がかりがないのです。

 厳密には、ドライブレコーダーのようなものがなくても、車の破損状況からおおよその事故状況を証明できることもありますが、そのように都合のよい形で傷が残されていることは多くありません。

 交渉で過失割合を修正できる典型例は、基本の過失割合を修正できるような特殊な事情があって、保険会社がそのことを見落としているような場合です。

 この点について、被害者の方がよく述べられるのは、ご自身が認識している事実を前提に、「ここにこういう傷がついているということは、事故状況は自分が言っていることが正しいということの証拠だ」というものです。

 しかし、ほとんどのケースで、そのような訴えの前提に、ご自身の考え・認識といった証拠では明らかになっていないものが使われており、机上の空論となっています。仮に、決定的な証拠があるのであれば、そこまで争いになっていないはずです。

車両の時価額

 車両の時価額で争いになった場合も難しい問題があります。中古車の時価額を知るための参考資料として「レッドブック」というものがありますが、ここに掲載されている金額が正しいものとは限りません。

 そこで、レッドブックの価格に納得できない場合、時価額を算出するための資料を被害者側で用意しなければなりません。

 多くの場合、インターネット上の売出価格を元に算出し、それによって示談することもありますが、これはあくまでも売出価格であって成約価格ではないという問題や、実際に売られている車は、オプションの有無などに違いがあり、事故車と同種のものとは言い難いものが含まれているという問題があります。

 さらに、年式が古い車の場合、レッドブックに掲載すらされておらず、インターネットで検索しても数台しかヒットしないようなこともあり、そのようなケースではデータの数として十分とは言えず、車両の状態にも大きな差があるため、適正額を定めるのは一層難しくなります。

 このように車両の適正な時価額を厳密に証明するというのは簡単なことではありません。

 特に、年式が10年以上前の車種の場合、実際に買い替えようとすると、交渉を行ったとしても、そこで得られる賠償金では不足するというケースが少なからずあります。

 ここで問題となる車両の時価額とは、本人にとって物理的に移動手段として価値があるかどうかではなく、あくまでも第三者から見て経済的な価値があるかどうかです。移動手段としては十分利用できる場合でも、第三者から見ればほとんど価値がないということがあり得ますが、そうした場合、被害者の納得感の得られる賠償を受けることは難しいのです。

代車代

 代車代も悩ましい問題があります。被害者からすると、「必要があって借りたのだから賠償されるのは当然」と考えるでしょう。しかし、それほど簡単な話ではありません。

 通常の修理可能な案件で、過失割合に争いがないようなケースでは、保険会社のアジャスターが損害確認を行い、修理工場と協定を結んで、速やかに修理が行われ、その間に代車が必要になれば、代車代も支払われます。

 保険会社によっては、過失が0:100でなければ払えないというところもありますが、この点は交渉で支払いを受けられるようにすることもそこまで難しくありません。

 問題は、上で述べた過失割合や車両の時価額で争いがある場合です。

 被害者からすると、「保険会社がおかしいことを言って交渉が長引いているのだから、その間に代車が必要になれば、それを保険会社が支払うのは当然」と思われるでしょう。

 しかし、結果的にどちらがおかしいかは裁判をしてみなければ分からないことです。

 また、賠償の基本は、被害者に生じた損害の実費清算なので、交渉に時間がかかりそうな場合、修理や買い替えを先行させて、立て替えた費用を後日相手方に清算してもらうことも可能です。

 そのため、裁判上(法律上)、過失割合などの交渉に長期間の時間を要したとしても、その間の代車代を相手方に負担させることは困難です(相手方が調査をした後も全損か分損かの報告を怠っていたとか、事務的な遅れがあるような場合は別)。

 そうすると、被害者としては、しっかり交渉を行いたい場合(弁護士に依頼するということはそういうケースだと思います)、先に自費で修理代や車の買い替え費用を捻出しなければならないのですが、金額が大きくなることもあり、何より被害者が負担しなければならないことへの抵抗感から、これに納得できないということは多いです。

 「交渉が必要=時間がかかる」ということを前提に、その間の代車代は加害者からは支払われないということを認識しておく必要があります。

 他にも、高額な車が事故に遭ったとき、同様のグレードで代車を借りたいという気持ちは理解できるのですが、それをした場合、裁判をしても全額が認められないという可能性があります。

評価損

 これは、あまり争いになることは多くないのですが、修理をしても、事故車扱いとなって売却価格が下がってしまうことを損害として相手に請求するものです。

 最近では、残価設定ローンにより、車の買取りが予定されていることも多く、価格の下落が現実的にマイナスとなるため、問題となることが増えています。

 この点については、裁判上(法律上)の取り扱いは厳しく、外国車や国産の高級車であり、初度登録から間もない事故で、損傷の程度も一定以上のものであるといった条件をクリアしていなければ認められない傾向にあります。

 実際、評価損は、事故車を買い替えるときにはじめて経済的なマイナスが生じるのであり、それがいつになるか分からず、したがって、このマイナスの額がいくらになるかも分かりません。廃車になるまで乗り続けるという人もいると思いますが、そうした場合、評価損が表面化することはありません。

 したがって、評価損は当然に認められるものではないのですが、この点でも納得が得られないことが多いでしょう。

まとめ

 以上のように、物損の場合、被害者にとって納得が得られないケースが多く、「物損のみは受けられない」という場合、これがその理由となっていることが多いのです。

 既に述べたように、料金面では、弁護士特約を利用するなどすれば、問題なく依頼をお受けすることは可能です。

 しかし、せっかくご依頼いただいても、納得の得られない結果に終わる可能性が高いのだとすると、何のために弁護士に依頼するのか分かりません。

 しかも、その理由が、法律的な考え方や、時価額の問題等そもそも完璧な資料が存在していないという、弁護士の努力では如何ともしがたい部分による場合が多いので、費用面で問題がなかったとしても、どうしても初めからお断りするケースが多くなってしまうのです。

 

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