交通事故でも労災は有効な手段となりうる
私は,日々千葉で交通事故に遭われた被害者の方からご相談をお受けしておりますが,やはりお一人お一人事情が違いますし,弁護士としてのアプローチの仕方も異なります。
事故の態様や,ケガの状況はもちろんなのですが,どういった事情で車を運転されていたのかということも人それぞれです。
その中でも,通勤中に交通事故に遭われた方の場合は,労災が適用になる可能性があるのですが,損害賠償上,労災を使用することで様々なメリットを受けられることがあります。
そこで,今回は通勤災害のような交通事故の場合で労災を使用した場合に,使用しなかった場合と比較してどのような違いが生じるのかについて見ていきたいと思います。
1 過失の問題
交通事故で損害賠償請求をする場合,事故の発生に関する当事者双方の過失割合を元に,過失相殺による請求額からの減額をされることがありますが,労災から支払われる治療費等について過失相殺はありません。
これにより,過失がある場合でも安心して治療を受けられるということで,大きなメリットになります。
2 労災から保険給付を受け取った場合の加害者への請求はどうなる?
労災から治療費等を受け取った場合,その分,相手方への請求ができる額は小さくなります。
それでは,過失があった場合,相手方への請求額はどの程度小さくなるのでしょうか?
「1」で見たように,労災では過失相殺がないため,本来相手方に請求できる金額よりも多くの金銭の支払いを受けることがありますが,この点が,労災から支払いが出ていない分を相手方に請求するときにどのような影響を与えるのかが問題となります。
(1) 最高裁判所平成元年4月11日判決
まず前提として,過失相殺と控除の先後関係について見ておきます。
なかなかピンとこない話だと思いますので,以下の例で比較してみます。
損害額が100万円
過失割合が自分が30,相手が70
労災から50万円の給付
①過失相殺を先にした場合
100万×70%=70万円
70万円-50万円=20万円(認められる額)
②労災保険給付の控除を先にした場合
100万円-50万円=50万円
50万円×70%=35万円(認められる額)
このように,過失相殺を先に行うことで,認められる金額は小さくなりますので,どちらの計算方法をとるのかが問題となります。
この点については最高裁平成元年4月11日判決があり,これによると,損害額から,まず過失割合による減額をした後で,労災による保険給付の価額を控除すべきとされています(①の方法)。
(2) 最高裁判所昭和62年7月10日判決
次に,このように控除がされるとしても,どの費目から控除がされるのかは別途考える必要があります。
この点については,最高裁昭和62年7月10日判決による判断があり,労災による「保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害が同性質であり,保険給付と損害賠償のそれとが一致する」ものでなければ,上記のような控除をすることはできないとされています。
結論としては,労災で休業補償給付や傷病補償年金を受け取っていても,入院雑費や付添看護費,慰謝料の請求との関係で控除することは許されないとされました。
同様に,療養補償給付が支払われたことによる控除が許されるのは治療費であって,その他の費目からの控除は許されないと考えられます。
3 特別支給金
「2」で見たように,労災から金銭が給付された場合,加害者に対する損害賠償の請求の場合に,その分を控除するという調整が入ることになりますが,全てが控除されるかというとそうではありません。
労災保険からは,労災保険給付のほかに,特別支給金というものが支払われることになりますが,最高裁平成8年2月23日判決によると,この特別支給金は控除されないことになります。
例えば,休業特別支給金として,休業補償給付(給付基礎日額の60%)のほかに,休業特別支給金(給付基礎日額の20%)が支払われ,後遺障害が残った場合は,後遺障害の等級に応じて障害特別支給金が支払われることになりますが,この分は,加害者に対して損害賠償請求する際に控除の対象にならないことになります。
したがって,労災を利用することによって,過失の有無にかかわらず,この分多くの給付を受けられることになります。
4 治療の打ち切り問題
保険会社は,できるだけ自社の支払額を小さくしようとするため,治療がある程度の期間に達してくると,治療費の支払いを止める旨の通告をしてくるということがしばしば起こります。
これに対し,労災を利用した通院の場合,一般的に,保険会社のように厳しく治療の打ち切りを迫られることは少ないため,治療に専念できるというメリットがあります。
5 後遺障害の認定
自賠責の後遺障害の認定基準は,基本的に労災の後遺障害の認定基準に準じることになっていますので,基本的に認定される等級は同じということになります。
しかし,労災の場合は,労基署の医師との面接の有無等,認定の手続の違いがあることもあって,自賠責では認められなかったものが,労災では認められるということがあります。
6 慰謝料
以上のように,交通事故で加害者がいる場合でも,労災を利用することによる様々なメリットがあるのですが,慰謝料については,労災からは補償されませんので,この点は加害者に請求する必要があります。
7 まとめ
交通事故で被害に遭われた方は,加害者が損害の賠償をすべきだから労災は使う必要がないとお考えのことが多いですが,上記のように,労災を利用することで,より満足のいく補償を受けられることがあります。
他方で,労災が利用できた場合の加害者への請求については,計算上,複雑な問題を含むことが多いので,適切に賠償を請求していくために,一度弁護士の無料相談を利用されることをおすすめします。