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裁判所の事実認定の問題

2021-06-11

 裁判は,相手方との交渉が行き詰まったときに,紛争解決の最終手段となるものですが,結論の出され方について,皆さんが持たれているイメージと異なるところがあったり,私自身,疑問に思うこともあるので,今回はこのことについてお話します。

裁判官の行う作業とは

 裁判官は,①法令の解釈と②事実認定を行います。

 法令の解釈とは,「○○法の〇条に書かれていることは,××ということを意味している」という風に,一見して抽象的な法令の文言が,具体的にどのような場面を想定しているのかを明らかにする作業です。

 次に,事実認定とは,一方の当事者が,「××という事実がある」(例えば,「AさんがBさんにお金を貸した」,「交通事故はこういう風にして起こった」)と主張したのに対し,相手方が「そんな事実はない」と言われたときに,言い分どおりの事実があったのかどうかを,裁判官が判断するということです。

 裁判で争うというと,一般的には,後者のイメージが強いと思いますので,この点を掘り下げて考えてみたいと思います。

証明責任とは

 裁判をする際に知っておかなければならないこととして,「証明責任」という言葉があります。

 例えば,「AさんがBさんにお金を貸した(消費貸借)ので,Bさんにお金を返してほしいが,Bさんは,お金はもらったもの(贈与)だと言っている」というような場合に,「Aさんには,消費貸借契約(お金を貸したこと)の存在について証明責任がある」というような表現をします。

 その結果,読んで字のごとく,Aさんは,消費貸借契約について証明する責任があり,この証明に失敗すれば,Aさんはお金を取り戻すことができないということになります。

 そのため,裁判になれば,Aさんは,消費貸借契約があったということを様々な証拠を元に証明していくことになります。

証明の程度

 次に,この証明といっても,「この証拠があれば,○○であることは100%間違いない!」といえるようなものがあれば,そもそも裁判で争うことはないと思われますので,通常は,そこまでは至らない微妙な点があるはずです(「契約書がない」「契約書はあるが,体裁がおかしい」etc)。

 その中で,裁判官は事実を認定しなければならないわけですが,この証明の程度は,最高裁判例によれば,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持たせる程度(高度の蓋然性)の証明が必要と言われています(最高裁平成50年10月24日判決。「ルンバール事件」)。

 これだけ言われてもよく分かりませんが,要は,極めて高いレベルで裁判官に確信を抱かせる必要があるということです。

 実際には,やや緩和されて判断されているようですが,基本的には高いレベルで裁判官に確信を抱かせる必要があることに変わりはありません。

 ただ,この点についての裁判官のさじ加減がかなりまちまちで,裁判を利用する側としては,運に強く左右されてしまうというところが問題です。

実際の認定の問題

 先の例でいえば,お金を受け取ったことに争いはなく,それがもらったものなのか貸したものなのかの二者択一となりますが,どちらがより真実に近いかという点で,51対49で貸したものだといえれば,請求を認めてよいのか(依頼者の方と話をしていると,このイメージを持っている方が多いようです),それとも,80対20(あるいはそれ以上)くらいにならないといけないのかというところが,裁判官の考え方によって大きく変わり得るところです。

 「証明責任」の考え方や,前掲の最高裁判例を重く見れば,証明の程度をかなり強く要求することになり,結論として,「これを認めるに足りる証拠がない」(実際の判決でよく見られる表現)などといって請求が認められないことになるのでしょう。

 しかし,既に述べたように,そもそも,誰が見ても勝ち負けが明らかなようなケースでは,通常はそもそも裁判になどなっていないと考えられますので,このような結論を安易に出すべきではないと思います。

 実際,仮に,「7:3でお金は貸したものだ」と裁判官が思ったとしても,それでは証明の程度としては足りないとする裁判官であれば,原告の請求は認められないことになってしまいますが,これは,結果的に,訴えられた側からしてみると,事実上お金はもらったものと認められ,返さなくても良いことになってしまいます。

 実際には,「お金はもらったものだ」という認定までされたわけではありませんが,「貸したものではない」とされることは,「もらったもの」とほぼ同じ効果があります。

 しかし,裁判官としても,基本的にはもらったものではない(おそらく貸したもの)と考えていたはずですので,二人の当事者に対して出される結論としてはおかしいはずです(「消極的誤判」の問題)。

 これが紛争解決を求めて起こした裁判の帰結として妥当なものといえるでしょうか?

 他方で,同じ状況でも6:4くらいでも足りると考えている裁判官であれば,原告の請求は認められるということになるでしょう。

 このように,微妙な案件では,裁判官による判断が分かれることがあり得ますが,それを当事者がどう受け止めれば良いのかは難しい問題です。

最後に

 裁判官が,自らの出す判決の重みや当事者主義の原則から,自身の心証が曖昧なままで安易に一方当事者の請求を認めないとすることも理解できないわけではありませんが,実際の当事者は,自分にとって重要な財産であったり,ときには誇りをかけて裁判に挑んでいます。

 また,当事者は,「証拠が,あるいは若干足りないところがあるかもしれないが,それでもいろいろな事情をくみ取ってもらえれば,真実を認めてもらえるのではないか」と期待して裁判を起こしています。

 そのような中で,裁判官は,安易に「証明責任」を理由に証明が足りないなどとするのではなく,可能な限り真実が何かを探求し,どうしてもそれが分からなかったという場合にのみ,「証明責任」を理由に,判決を出すべきだと思います。

 しかし,当事者に裁判官を選ぶ権利はありませんので,証明の程度についてどのような考え方をしている裁判官にあたるかは,最終的に運次第となります。

 一応,わが国では,事実認定について2審まで争うことが可能ですが,個人的には,心理学的な観点からも,1審の認定を覆すことは容易ではないと考えています。

 このような現状からすると,紛争の解決手段として,裁判というものが必ずしも最善なものではないということが分かってきます。

 交通事故でいうと,「保険会社は支払いが渋く,言っていることがおかしい」,「裁判所ならきちんと判断してもらえる」というイメージがあるかもしれませんが(私も以前はそのように考えていました),裁判所が,証明責任を理由にそれ以上に支払いを認めないということも十分あり得るのです。

 したがって,基本的には,示談交渉で保険会社が出せるギリギリのところまで回答を引出し,その上で,明らかにおかしければ裁判をするという風に考えた方が良いのではないかと思います。

 

参考文献

(判例タイムズNo.1419_5頁 須藤典明「高裁から見た民事訴訟の現状と課題」)

サラリーマンと自営業者の休業損害の違い

2021-05-13

サラリーマン(給与所得者)と自営業者(事業所得者)では,休業損害の認定上,様々な違いがあります。

ここでは,当事務所で実際に取り扱ってきた案件や,文献等を元に,大まかな違いについてまとめてみました。

 

給与所得者

事業所得者

労務管理

・第三者である使用者によりタイムカード等で管理

→残業代等につながる重要なものなので,休業時間についても正確に把握される

・自分で管理

→時間を正確に管理されていないことが多く,記録があったとしても自分で作成したものなので信用性が問題となる

復帰時期・休業の必要性

・復帰時期について,会社・産業医と相談することになる

・復帰ができない場合,解雇もあり得るし,そうでなくても体裁上,復帰できる場合には多少無理をしても速やかに復帰することがある

・休業によって事業の継続に著しい支障が出るような場合,無理をしてでも復帰する傾向にある

・反面,加害者からの補償があれば,それ以上に大きなマイナスが出ないような場合,休業が長期化することも見られる(復帰するかは自己判断になる)

提出書類

・源泉徴収票

・休業損害証明書

 

・確定申告書

・休業したことが分かる資料(決まりがない)

・休業の理由が事故によるものであることが分かる資料(決まりはないが,医師からの安静指示が出ている場合,その診断書等)

計算方法

・休業が連続している場合

給与収入の事故前3か月の合計給与額(付加給を含む)を90日で割り,休業開始から休業終了までの期間をかける

・休業が連続していない場合

給与収入の事故前3か月の合計給与額を同期間の稼働日数で割って,実際の休業日数をかける

・怪我の程度や仕事の内容に照らし,最後に一定の割合をかけることもある(例えば,「実際の休業日数100日のうちの30%」等)

・事故前年の所得金額(青色申告特別控除前の所得金額。売上ではない)を365日で割って,休業日数をかけるのが一般的(稼働日数を用いることもあり得る)

・家族が手伝っている場合,その分を基礎収入額から差し引くことがある

・怪我の程度や仕事の内容に照らし,最後に一定の割合をかけることもある(例えば,「実際の休業日数100日のうちの30%」等)

・その他,外注に出した場合の外注費を損害額とすることもあり得る

※休業することによって無駄になる固定経費分を加算することも可能(地代家賃等)

上記のような違いから,交渉や裁判では以下のような傾向があります。

・自営業者は,実際に休業したかどうかを第三者(保険会社・裁判所)が把握することが難しいことに加え,入院や医師による安静指示がないような場合,加害者が負担すべき休業損害の日数を証明するのが非常に難しい。

・給与所得者の場合,自らの意思で復帰時期を決めるのが事実上困難であり,休業損害証明書という定型の書類があるので,休業の必要性も比較的認められやすい。

そのため,結論として,自営業者の休業損害の支払いを受けるのは,給与所得者よりも難しい傾向にあります。

自営業者の場合,実際に休業したのはいつで,休業の理由は何だったのか,正確に記録しておくことは必須です。

また,本当に休業が必要なのかを自己責任で判断しなければならないということを認識しておく必要があります。

その上で,固定経費分の損害の請求等,漏れがないように支払いを求めることが重要です。

後遺障害14級9号【肩関節脱臼後の疼痛】で140万円→280万円

2021-02-17

事案の概要

 自転車で道路を横断中,右折してきた四輪車にはねられたというもので,被害者は,肩関節や足関節の靭帯損傷といった傷害を負いました。

 その後,通院加療を続けていましたが,肩関節の痛みが後遺症として残ることとなりました。

当事務所の活動

依頼前の状況

 本件では,依頼の前に,事前認定により後遺障害等級14級9号が認定され,賠償金額として約140万円が提示されていました。

 しかし,保険会社の算定の仕方が妥当なのか疑問に思われたため,ご相談となりました。

後遺障害等級の検討

 本件は,そもそも後遺障害等級が14級9号でよいのかということをまず検討する必要がありました。

 骨折・脱臼を原因とする痛みなどの神経症状に関する後遺障害は,後遺障害等級14級9号のほかに,後遺障害等級12級13号が認定される可能性があります。

 14級9号と12級13号の違いは,訴えている症状について,関節面の不整や骨癒合の不全等といった他覚的に確認することのできる原因が存在するかという点にあります。

 本件の場合,主治医から,レントゲン上は特に問題がないという説明を受けていたことと,異議申立てをするためには時間と若干の費用が発生することになるため,後遺障害等級は14級を前提として示談交渉を行うことになりました。

示談交渉

 本件で,相手方の示した金額で問題があったのは,通院慰謝料(傷害慰謝料)と後遺障害慰謝料でした。

 後遺障害逸失利益については,計算方法については疑問があったものの,計算結果は低いとは言い難いものでした。

 具体的には,本来であれば,被害者が症状固定時に16歳であり,労働能力喪失期間を考える際,稼働開始までの期間分を控除するという処理が必要となるため,例えば,労働能力喪失期間が10年であれば,対象となる期間は,10年間から18歳(一般的に稼働開始可能と考えられる年齢)までの2年間を引かなければなりません。

 この処理は,単純に10から2を引くのではなく,中間利息を控除したライプニッツ係数を用います。

 ところが,相手方は,労働能力喪失期間を5年としながら,この5年のライプニッツ係数をそのまま用いていました。

 これは,実質的には労働能力喪失期間として7年を認定したのと同様になります(最終的な計算結果は,中間利息控除の関係で,7年で計算したよりも高くなります)。

 一般的に後遺障害等級14級9号の場合,労働能力喪失期間を就労可能年限までではなく,一定期間の制限されることが多く(むち打ち以外の場合は例外あり),若年者の場合,回復が期待できるため,その可能性も高まります。

 そうすると,労働能力喪失期間が実質7年とされるのであれば,決して不当とはいえません。

 また,相手方は,逸失利益の計算にあたって,全年齢の女性労働者の平均賃金を用いていました。

 労働能力喪失期間に制限のない後遺障害であれば,この数値を用いることが想定されるのですが,労働能力喪失期間が制限される場合で,被害者が若年者の場合だと,後遺障害の影響を受ける時点の収入は,働き始めたばかりの頃で,全年齢の平均賃金よりも低くなることが想定されます。

 したがって,逸失利益算定のための基礎となる基礎収入の額も,厳密に考えると,全年齢の女性労働者の平均賃金よりも低くなる可能性がありました。

 以上の点を考慮すると,相手方から示された逸失利益の額は低いものとはいえないのではないかと考えられました。

 そこで,示談交渉の対象を慰謝料の部分に絞ることとしました。

 その結果,最終の支払額が約280万円となって示談が成立することとなりました。

ポイント

 保険会社から示される金額は一般的には低いことが多いのですが,若年の学生が被害者となった場合のように,単純な計算とはならないような場合,むしろ裁判をするよりもいい条件なのではないかと思われることがあります。

 一方で,慰謝料のような算定が単純なものについては,ほぼ例外なく低い金額が示されます。

 示談交渉では,やみくもに相手の見解を否定するのではなく,論点を絞って交渉を進めることが有効な場合があります(そうすることで,解決までの時間も早まるというメリットもあります。)。

その他の事例はこちら→「解決事例一覧」

もらい事故への対応について

2020-06-08

もらい事故だと保険会社が交渉できない?

 相談をお受けしていると,「自分の保険会社から『過失割合が0対100なので,交渉をすることができない』と言われた」という話をよく聞きます。

 たしかに,被害者に落ち度のない,いわゆるもらい事故の場合,自分の保険会社は交渉を行うことはできません。

 なぜなら,示談交渉などを弁護士以外の者が行うことが弁護士法72条という法律で基本的に禁止されていて,違反すると犯罪になるためです。

示談代行サービスとは

 それでは,自動車保険のテレビCMなどで示談代行サービスをうたっていて,実際に示談代行サービスが行われているのは何故でしょうか?

 これは,被害者に少しでも落ち度があれば,保険会社は,その程度に応じて対人又は対物保険の支払いをする必要が出てきますので,自分たちが支払う保険金に関することとして,示談代行を行うことができるためです。

 これに対し,もらい事故の場合,そこで行われる交渉は,全て被害者から加害者に対する支払に関するものであって,自分の保険会社は対人・対物保険の保険金を支払う必要がありませんので,交渉を行うことはできないのです。

示談代行サービスが使えない場合の対応方法

 示談代行サービスが使えない場合でも,慰謝料など怪我に関する補償の問題や,車の時価額の問題など,交渉をしなければ適切に賠償が受けられない場面は多々あります。

 このような場合,弁護士に依頼することで,適切に交渉を行っていくことが可能になります。

 弁護士に依頼する場合,弁護士費用が発生することになりますが,交通事故の場合,弁護士費用を差し引いても示談交渉を依頼した方が良いという場合も多いです。

 しかし,それでも支払いが生じる以上,やはり費用は気になるとことだと思います。

 こうした場面で弁護士に依頼してしっかりと示談交渉を行いつつ,弁護士に支払う費用に備える保険が,弁護士費用特約です(CMでもこの保険のことをアピールするものもあります。)。

 弁護士費用特約そのものにかかる保険料は通常は低額で,使用しても等級は下がりませんので,交通事故の被害に遭ったときに備える保険として非常に有効です。

 弁護士費用特約のご加入がある方は,ご相談だけでも利用できますので是非積極的にご活用ください。

 また,ご加入がない方でも,示談交渉を依頼するメリットがあることが多いので,お気軽にお問い合わせください。

人身事故への切り替えについて

2020-05-12

 事故発生から間もない段階でのご相談をお受けした場合,人身事故への切り替えをした方が良いのか?という点について聞かれることがよくあります。

 ここでいう人身事故への切り替えとは,保険会社との関係ではなく,警察に対して,交通事故が物件事故扱いとなっているものを人身事故扱いとしてもらうかどうかということを意味しています。

 事故当日に警察に状況を説明しているとは思いますが,後日診断書を警察に提出して人身事故への切り替えまでするかどうか悩まれている人もいらっしゃるかと思います。

 ここでは,人身事故への切り替えの持つ意味を解説します。

刑事処分

 交通事故に関する刑事処分は,「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(自動車運転死傷行為処罰法)によってなされていますが,文字通り人を死傷させた場合を念頭に置いていますので,物件事故の場合はこの法律の対象外となります。

 わざと車をぶつけたような場合は刑法上の器物損壊罪が成立する可能性がありますが,一般的に交通事故で想定されているケースではないでしょう。

 また,わざとではなくても,交通事故で建造物を損壊した場合には道路交通法116条によって刑事処分を受ける可能性はあります。

 いずれにせよ,物件事故で通常想定されている,不注意による自動車(バイク)同士の事故で,自動車(バイク)が破損させられたというケースでは,基本的にそれだけで刑事責任の対象とならないと考えて良いでしょう(修理費などの民事責任が問題となることは言うまでもありません。)。

 したがって,物件事故と人身事故では,この点が大きく異なりますので,人身事故の切り替えをすることは,加害者に刑事処分を受けさせるかどうかに大きく影響することとなります。

 もっとも,人身事故への切り替えをしたとしても,怪我の程度が軽く,相手に前科・前歴がなければ,不起訴処分となって刑事処分を受けないことも多いです。

行政処分

 交通違反や交通事故では,自動車等の運転者の交通違反や交通事故の内容により一定の点数を付けられていて,その過去3年間の累積点数等に応じて免許の停止や取消等の処分を行われることになります。

 人身事故の場合,次のように交通事故の付加点数(違反点数)が定められています。

① 専ら当該違反行為をした者の不注意によって発生したものである場合

死亡事故 20点

治療に要する期間が3か月以上または後遺障害がある 13点

治療に要する期間が30日以上3か月未満 9点

治療に要する期間が15日以上30日未満 6点

治療に要する期間が15日未満または建造物の損壊に係る事故 3点

② ①以外の場合

死亡事故 13点

治療に要する期間が3か月以上または後遺障害がある 9点

治療に要する期間が30日以上3か月未満 6点

治療に要する期間が15日以上30日未満 4点

治療に要する期間が15日未満または建造物の損壊に係る事故 2点

※→警視庁ホームページ

 

 このように,怪我をしているかどうか,怪我がどの程度重いかによって付加点数が異なりますので,加害者にとって,人身事故の届け出がされるかどうかは重大な影響があります(仕事上,自動車の運転が必須な人などは特にそうでしょう。)。

刑事記録の違い

 人身事故の場合,実況見分によって事故に至るまでの状況や,道路の形状といったことが細かく記録され,実況見分調書というものが作成されます。

 これを見れば,どのような事故であったのかある程度正確に知ることができます。

 これに対し,物件事故の場合,基本的に刑事処分の対象とならないため,本格的な捜査は行われないのが通例です。

 書類は一応作成されますが,物件事故報告書という簡易なもので,事故の概要しか分かりません。

賠償上の違い

 法律上,加害者側から損害賠償を受けるにあたって,人身事故への切り替えが条件になっているということはありません。

 インターネット上の情報を見ていると,人身事故への切り替えをしなければ支払われないものがあるとか,後遺障害の認定が受けられなくなるといったものを目にします。

 しかし,少なくとも私の経験上,交通事故の届出自体をしていないというのであればともかく,人身事故の切り替えをしていないという理由だけで相手の任意保険会社から支払いを拒まれたことはありません。

 また,後遺障害の認定を含めた自賠責保険の請求の場合でも,物件事故の交通事故証明書に,「人身事故証明書入手不能理由書」という紙を1枚添付すれば,適切に処理がされています。

 人身事故の切り替えをしていた方が後遺障害の認定がされやすいかどうかについては,検証のしようがないため(全く同じ事件というものはないので),断定的に述べることはできません。

 ただ,上記の「人身事故証明書入手不能理由書」を添付する方法で認定を受けられたものも多数ありますし,反面,当初から人身事故扱いとなっていても認定が受けられなかったものもありますので,明白な違いというものは認められません。

 以上のような次第ですので,弊所では,基本的に,人身事故への切り替えが,賠償の範囲や額に直結するものとは考えていません。

人身事故へ切り替えをしておいた方が良いケース

相手への処分を求める場合

 人身事故への切り替えは,加害者の刑事処分や行政処分の内容に大きな影響を与えますので,加害者への処分を求めたい場合には,切り替えをした方が良いでしょう。

事故状況が問題になるケース

 既に述べたように,人身事故への切り替え自体で損害賠償の額が直接変わるというものではありません。

 しかし,既に述べたように,人身事故への切り替えをした場合の違いとして,実況見分等の捜査が行われ,その記録が作成されるということがあります。

 これらの本来の目的は,適切に刑事処分を行うことにありますが,被害者としても,これらの書類を取り寄せることで,民事の損害賠償請求の中で証拠として活用することができます。

 過失の割合が0対100で争いもないような場合であれば,それほど問題はありませんが,それ以外の場合,事故の状況を正確に把握する必要があり,その際に,中立な第三者である捜査機関によって作成された書類は,最も有効な資料となります。

 特に,加害者が,事故当初は事故状況について率直に認めていたのが,後になって内容を覆してくるというような場合,加害者の事故直後の説明を元に作成された実況見分調書を示すことで,そうした主張を封じることができます。

 このとき,物件事故の場合だと,必ずしも双方の主張を聞いて書類が作成されるわけではなかったりするので,十分な対応ができないことがあります。

まとめ

 人身事故への切り替えは,刑事処分・行政処分に関するものですので,これらの加害者への処分をどうしたいかによって行うべきかどうかを考えることになります。

 他方で,民事の損害賠償との関係でも,事故状況に関する証拠を押さえるという点で意味があります。

 人身事故への切り替えを積極的に行うべきかはケースによりますが,事故状況などで争いになりそうな場合には,速やかに切り替えを行うと良いでしょう。

慰謝料と通院日数の関係

2019-11-15

 自賠責保険の基準を見て,慰謝料が通院日数すればするほど大きくなるというように誤解されている方が多いので,このことについて説明します。

 これを考えるにあたっては,まず,自賠責保険から支払われる慰謝料と,実際に払われるべき慰謝料(裁判所などで認定される金額・裁判基準)を明確に区別する必要があります。

自賠責保険の場合

 自賠責保険から支払われる慰謝料の額は,計算方法が決まっており,1日当たり4,200円です。この4,200円にかける日数は,通院にかかった期間の長さですが,通院が2日に1回よりも少ない場合,実際に通った日数の2倍となります。

※令和2年4月1日以降に発生した事故については1日当たり4200円→4300円

(具体例)

 例えば,4月1日に治療を開始して5月30日に治療を終え(この間60日),この間に40回通院した人の場合,慰謝料の額は,4,200円×60日=252,000円となります。

 同じく,4月1日から5月30日までの治療期間で,10日しか通院していない人の場合,慰謝料の額は,4,200円×10日×2=84,000円となります。

 このことから,通院をすればするほど慰謝料の額が増えると考える人がいるようです。

 しかし,例えば,通院期間180日の間に100日間通院したら,4,200円×180日=756,000円が当然支払われるものと考えている人がいますが,これは誤りです。

 自賠責保険の場合で注意しなければならないのは,支払われる保険金には上限額があるということです。

 自賠責保険の場合,通院の慰謝料や治療費,休業損害などについては,合計で120万円しか出ません(加害者が複数などの場合を除く)。

 そのため,通院をすればするほど治療費が大きくなり,支払われる保険金の枠もどんどん小さくなります。

 治療費だけで70万円かけたような場合だと,残りは50万円ですから,計算上慰謝料の額が100万円になったとしても,支払われるのは50万円に過ぎません(休業損害等が支払われているような場合,慰謝料として支払われる額はさらに小さくなります。)。

 このように,通院をすればするほど自賠責保険の慰謝料の額が大きくなるというのは誤りであることがお分かりいただけたかと思います。

 自賠責準の慰謝料の計算式は,上限額との関係で「絵に描いた餅」となることがしばしばありますので,参考程度に考えておいた方が良いでしょう基本的に,被害者が意識すべきことではないようにも思えます。)。

 この数字が意味を持つとすれば,相手方が過失割合や治療の打ち切りといった理由から治賠償を行わず,慰謝料についても十分な補償が期待できず,自賠責保険を頼らなければならないような場合が考えられます。

裁判基準の場合(実際に支払われるべき慰謝料の額)

 実務的には,弁護士が慰謝料の請求をする場合,日弁連交通事故相談センター東京支部が発行している「赤い本」と呼ばれる本で示されている基準によって金額の計算を行います。

 この基準は,入院が〇か月,通院が〇か月なら〇〇円ということを表(※)の形で金額を示しており,入院又は通院にどれくらいの期間を要したかによって金額が決まるようになっています(個別の事情によって変動することはあり得ます。)。

 しかし,ここも注意が必要で,「通院が長引けば慰謝料の額が大きくなるとは限らない」のです。

 代表的なものとして,以下のようなものがあります。

(※)むち打ち症や打撲・捻挫などの他覚的所見がないケガの場合とそれ以外のケガの場合とで表を区別しており,他覚的所見がないようなケガの場合,金額が小さくなります。

実際に通った日数が少ない場合の計算方法

 この点は,保険会社との交渉をしているときに,頻繁に問題になる点です。

 上記のとおり,慰謝料の額は,入院又は通院にどのくらいの期間を要したかによって決まる傾向にありますが,同じ通院期間の人であっても,毎日のように通院せざるを得なかったような人もいれば,月に1回程度の通院にとどまったような人もいます。

 このような違いがあるときに,慰謝料の額が同じでよいのかという問題です。

 この点について,弁護士が用いている「赤い本」の基準では,「通院が長期にわたる場合は,実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある」としています。

 この計算方法によれば,例えば,通院が1年間であれば,通常なら慰謝料の額は154万円となりますが,この間の実際の通院日数が12日程度なら,慰謝料の額が12日×3.5=42日分の通院に相当する額になり,このケースだと,80万円ほどになってしまうということになります。

 また,むち打ち症や打撲・捻挫などの他覚的所見がない怪我の場合でも,同様に,「通院が長期にわたる場合は,実通院日数の3倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある」とされています。

 ただし,この基準は,あくまでも実通院日数の3.5倍(又は3倍)程度を通院期間の目安とすること「も」あるとしているのであって,必ずそのような計算をするとはしておらず,むしろ,あくまでも通院期間で計算するのが原則で,このような計算をするのは例外的なものであるとしています(2016年版「赤い本」下巻)。

 したがって,保険会社と交渉をする際にも,基本的な計算にしたがって計算をすべきです。

 ただし,実際に通院した日数が極端に少ない場合の基準については,上記のとおり曖昧な部分があるので,他の項目との兼ね合いを見て,慰謝料について若干の譲歩をしつつ,示談の落としどころを探るというケースもあり得るところです。

過剰診療の場合

 事故の状況から見て,治療に時間がかかるとは到底思えないような場合に,慰謝料目当てに通院をしても,それに応じて高額の慰謝料が払われるほど甘くはありません。

 場合によっては,過剰な診療分が慰謝料の額から差し引かれることさえあります。

 そのため,一言でいうと「同じような怪我が治るまでに一般的に必要とされる期間」が慰謝料の額に反映されると考えた方が良いです。

 もちろん,どれだけ治療を要するのかは,人によって多少の違いがありますので,はっきりとした基準があるわけではありませんし,少しでも通院が長くなったら,それに応じた慰謝料が払われないというわけでもありません。

 しかし,常識的に考えて過剰というような通院の仕方は,慰謝料の増額につながらないばかりか,最終的にその治療費を自分で負担しなければならないリスクもあるということを認識しておく必要があります。

適切な治療を受けていなかった場合

 逆に,本来であれば受けるべき治療を受けずに,それが原因で治療が長引いてしまうというケースも考えられます。

 この場合も,治療費は過剰というよりもむしろ少ないので,特段問題となりませんが,「同じような怪我が治るまでに一般的に必要とされる期間」との比較をすると,期間が長すぎるということが考えられます。

 そのため,この場合も,慰謝料の額が治療期間に応じて大きくなるとは言い難い部分があります。

まとめ

 結局のところ,医師の指示のもと,自分が怪我を治すために必要と思える範囲で治療を受ける分には問題ありませんし,それに伴って慰謝料の額が大きくなる傾向にあるのは事実であるといえます。

 したがって,多くの場合,通院の長さに応じて慰謝料の額が多くなると考えて差支えないでしょう。

 しかし,これはあくまでも,交通事故によって負った怪我の内容からみて妥当な範囲であれば当てはまることなので,通常必要とされる治療期間よりも明らかに治療に時間がかかっているような場合は,その原因にもよりますが,必ずしも治療期間の長さに応じた慰謝料の額になるとは限らないのです。

 特に,自賠責保険では,計算された慰謝料の額がそのまま支払われるわけではないので,そのことを認識しておく必要があるでしょう。

裁判で相手のセンターラインオーバーが認められた事案

2018-11-19

事案の概要

 事故の状況は,加害者が運転する車がセンターラインを越えて走行してきたため,被害者の車に衝突したというもので,双方とも怪我はありませんでした。

 しかし,加害者がセンターラインオーバーの事実を認めなかったため,適切に賠償が行われず,ご依頼となりました。

 

当事務所の活動

示談交渉

 本件は,センターラインオーバーの事故であったため,事実関係の証明さえできれば,通常,相手方が全額責任を負うことは明らかな事案でした。

 しかし,相手方は,弁護士介入後も一向にこの事実を認めず,双方の損害はそれぞれ自分で直すという,いわゆる「自損自弁」の見解を変えることがなかったため,やむを得ず訴訟提起を行うこととなりました。

 

裁判での活動

 本件の問題点は,センターラインオーバーを証明する決定的な証拠がないということでした。ここでいう決定的な証拠とは,それを見れば事故状況そのものがはっきりと分かるというような物的な証拠のことで,典型的なものはドライブレコーダーや防犯カメラの映像のようなものです。

 本件は,実は,事故現場を撮影した防犯カメラは存在しました。

 しかし,夜間の事故であったことに加え,相手のセンターラインオーバーの程度も大きくなく,双方のサイドミラーが接触したという程度であったため,カメラの映像ではセンターラインオーバーを確認することができませんでした。

 また,センターラインオーバーの場合,車の損傷状況からは,どちらがセンターラインを越えていたのかを判別することは困難であるため,他に有効な物的証拠を見出すことはできませんでした。

 その結果,事故後の双方当事者の対応といった間接事実によって,センターラインオーバーを証明することとなりました。

 そのため,相手の対応の何がどのようにおかしいのかを具体的に指摘した上で,当事者の経験した事実を詳細に記した「陳述書」という提出し,それをもって,裁判所に判断をしてもらうこととなりました。

 その結果,裁判所が相手方のセンターラインオーバーを認め,それを前提にこちらの請求のほぼこちらの主張どおりの和解をすることができました(和解では,早期の解決のため10%の限度で譲歩することとなりました。)。

 

コメント

 本件のように,当事者の供述のみで証明する方法は,通常かなりの困難を伴います。

 なぜなら,裁判では,どちらがより正しいかということを競うのではなく,こちらが主張したい事実について,裁判官に確信を抱かせる必要があり,しかも,裁判所は,あくまでも中立な立場で厳格に判断しなければならないため,曖昧な理由で事実を認めるわけにはいかないからです。

 そのため,一般的には,供述を元に事実を認める場合であっても,何らかの裏付けが必要となります。

 本件の場合,相手の主張で不合理な点があることが動かしがたい事実であったため,物的証拠がなかったにもかかわらず,こちらの主張が認められました。

 本件のポイントは,被害者の話をよく聞いた上で,裁判の中で相手の供述の不合理な点を明らかにするという点にありました。

 しかし,一般的には,このようなケースで勝つことは相当に難しいので,ドライブレコーダーを搭載するなどして,万が一のときのために備えておくことをおすすめします。 

ご依頼の場合の料金はこちら→「弁護士費用」

 

弁護士による示談交渉の役割

2018-07-27

 このサイトをご覧になっている方は,交通事故に遭って,何らかの点でお困りで,情報を探されている方だと思います。

 しかし,弁護士が間に入って交渉する必要がそもそもあるのか疑問に思われる方も多いのではないでしょうか?

 そこで,弁護士による示談交渉がどういった場面で必要になるのか,簡単な事例にして説明します。

 

慰謝料の交渉の場合

 治療が終わると,慰謝料の支払いを受けて示談という場面になりますが,この慰謝料の交渉について考えてみます。

 このとき,相手から例えば「あなたの慰謝料は50万円です。」と言われたときに,あなたはそれが適切かどうか判断できるでしょうか?

 慰謝料とは,端的に言うと,精神的な苦痛に対する賠償で,精神的な苦痛にかかわるあらゆる事情が考慮されて決定されるものです。

 当然,この判断は難しいので,当事者間で話し合いをする場合,ある程度の幅を持った金額とならざるを得ず,裁判になれば,裁判所は最終的な金額を判定しなければならない立場なので「65万円」などと金額をきっちり決められますが,この金額は裁判をして初めて確定するものです。

 そのため,裁判をせずに早期に示談で解決しようと思えば,先の例でいうと,「正確なところは分からないものの,50万円から70万円の間と考えられるので,この範囲で妥当なところ」で示談金額を決めていかなければなりません。

 

保険会社の立場になって考える

 ここで,保険会社の立場で考えていただきたいのですが,金額が50万円~70万円と予想されるときに,70万円を支払うでしょうか?

 保険会社はビジネスで保険金の支払いをしているので,50万円の可能性もあるのに上限の70万円を支払うということは通常あり得ないということが分かるでしょう。

 むしろ,できるだけ下限の50万円で済ませようとするはずです(ケースによってどの程度下げてくるかは差がありますが,少なくとも上限の金額をすすんで払うというケースは,少なくとも私は見たことがありません。)。

 しかし,逆に下限の金額であるとすれば,裁判をすれば金額が上がる可能性が非常に高いので,言い換えると,その金額で示談すると被害者が損をする可能性が高いです。

 そのため,この金額をできる限り適正な金額に近づける必要があります。

 

実際に交渉をする

 保険会社の提示する金額が基本的に低いことが分かったところで,次に交渉です。

 ここで,あなたが,「50万円では納得できない60万円払ってほしい」と言ったとします。

 これに対して,保険会社から,「うちの計算では50万円なので,これ以上払えない。」と言って譲らなかったら,どうしますか?

 保険会社が自社の見解を持つのはもちろん自由なので,これを覆すためには,相応の根拠を示さなければなりません。

 具体的には,こちらから「過去のデータや文献ではこうなっているので,これだけは支払わないといけないはずだ。」などとして説得していく必要があります。

 

それでも効果が出なかった場合は?

 こうなってしまっては,話し合いでは解決できないので,裁判などの特別な手続きを踏む必要がありますが,この手続きは一言でいうと非常に面倒で時間と手間がかかる手続きです。

 

弁護士の役割

 こういったことを一人でやり切れるという場合は,弁護士は不要です。

 しかし,一般的に上記のようなことをご自身でやろうとするのは困難ですので,これをご本人に代わって行うのが弁護士です。

 特に,交通事故に強い弁護士であれば,データや知識を豊富に持っているので,このようなことをスムーズに行うことが期待できます。実際には,裁判までいかずに,話し合いで解決に至る場合も多いでしょう。

 紹介した事例は慰謝料の増額の件ですが,その他にも休業損害の補償,逸失利益の交渉等,さまざまな場面で同じようなことが起こり得ます。

 それらを適切な形で解決していくのが,我々弁護士による示談交渉の役割なのです。

交通事故に遭った後で,2回目の事故に遭ってしまったら?

2017-09-04

 ある日突然交通事故に遭うことは,その人にとって大きな問題となりますが,あまりよくあることではありません。

 しかし,不幸にして,交通事故に遭った後,さらに2回目の交通事故に遭われる方もいらっしゃいます。

 そして,多数の交通事故事件を取り扱っていると,そういった複数の交通事故が絡むケースに遭遇することが少なからずあります。

 そこで,今回は,そのように2回以上の複数回交通事故に巻き込まれた場合,損害賠償がどうなるのか見てみたいと思います。

 

3つのケース

 複数の事故に巻き込まれるパターンには,大きく分けて以下の3つが考えられます。

 ①1事故目に遭って,治療も終えた後で,再度交通事故に遭った場合

 ②1事故目に遭って,治療をしていたところ,治療が終了しない間に新たに交通事故に遭った場合

 ③交通事故に遭って自分の車がはじき出されたところ,別の車に追突されたような場合

 今回は,この中の①のケースについて見ていきます。

 

共同不法行為とは

 上記の各ケースは,それぞれ問題となることが異なりますが,共通しているのは,誰にどれだけの責任を負わせることができるのかという問題です。

 これを解決するための法律上の規定としては,共同不法行為というものがあります。

 共同不法行為が成立すると,各加害者が全損害について連帯して責任を負うことになりますので,被害者としては,どちらかの加害者に対して,自分に生じた損害の全額を請求すれば足りますので,被害者にとっては非常に便利な制度です。

 しかし,賠償金額を算定することが難しいケースであっても,全てこの制度で処理できるとは限らないというところに問題があります。

 

既に治療が終了していた①のケース

共同不法行為は使えるのか

 この場合,誰が怪我を負わせたのか分からないというようなケースではないので,基本的に共同不法行為は使えないといってよいでしょう。

治療期間中の損害

 このケースの場合,1事故目の治療が終了するまでの治療費や休業損害を1事故目の加害者に請求して,2事故目の発生から2事故目の治療終了までの治療費や休業損害は2事故目の加害者に請求すれば良いので,ここまでは問題ありません。

 問題となるのは,1つ目の事故で後遺障害が残って,2つ目の事故でも後遺障害が残ったという場合です。

後遺障害 自賠責の場合

 自賠責保険では,加重障害といって,既に後遺障害が認定されていた場合に,同じ部位にさらに重い後遺障害が認定された場合,新たに認定された後遺障害の保険金の額から既に認定されて支払われた保険金分の額を差し引いた額が支払われることになります。

 部位が異なれば,通常通り保険金の支払いが出ることになります。

後遺障害 裁判基準での請求の場合

(1) 逸失利益

 自賠責保険の場合は,決められた基準に従って形式的に支払えば良いのでこれでいいのですが,我々が加害者に損害賠償の請求をするときは,実損害の請求になりますので,実際にどのくらいの損害が発生したのかを正確に算出する必要があります。

 1つ目の事故の加害者に対しては,後遺障害の認定が出た段階で損害の計算ができ,それにしたがって請求すれば良いので特に問題はありません。

 これに対し,2つ目の事故の後遺障害については,既に1つ目の事故で労働能力の低下などが見られるため,このことをどのように考慮し,請求が可能な金額がどうなるのか少し考えてみる必要があります。

 この点については,次の3つのものが考えられています。

 ①2事故目の直前の収入を基礎収入として,2事故目自体の労働能力喪失率をかける

 ②2事故目の後遺障害の等級に基づいて逸失利益を計算し,そこから1事故目の後遺障害の等級に基づいた逸失利益を引く

 ③2事故目の後遺障害等級に基づいて逸失利益を計算し,そこから1事故目の後遺障害の存在を理由として相当な割合で減額する。

 ①の方法は,事故直前の収入が,既存障害を前提として得ていたものであるため,この時点で既存障害を考慮することができているので,実態も合っていて分かりやすい方法です。

 しかし,2事故目自体の労働能力喪失率とはどうやって認定するのでしょうか?

 現実的な計算方法として,A.2つの後遺障害の労働能力喪失率を引き算するという方法と,B.1事故目と2事故目の間の労働能力の差を1事故目の後で残った労働能力率で割るという方法,C.専門家の意見を聞いて独自に認定するという方法が考えられます。

 ②の方法は,2事故目の逸失利益の計算の際の基礎収入をどう設定すれば良いのかという問題があり,③の方法は,どのような割合で減額すればよいのか不明であるという問題があります。

(2) 慰謝料

 慰謝料についても,通常とは異なる考え方が取られます。

 別部位の場合は,それ自体,単独で後遺障害が残ったのとあまり変わらない程度の精神的苦痛が生じたといえるのではないかと思いますが,同一部位の加重障害の場合,そのように言えるのかが問題となります。

 ここでも,次のような3つの考え方があります。

 ①2事故目自体の後遺障害の等級を想定し,それによって慰謝料の額を決める。

 ②2事故目の加重障害の等級に基づく慰謝料の額から1事故目の等級に基づく慰謝料の額を差し引く。

 ③加重障害の等級に基づく慰謝料の額から相当な割合で減額する。

 

まとめ

 以上のように,加重障害が生じた場合の賠償金額の計算方法には様々なものがあり,裁判上も確定していません。

そのため,実際に受け取れる金額の見通しをつけることは非常に難しく,特に交渉でどのような金額を求めれば良いのか判断することは難しいところです。

このような複雑な事態が生じた方は,早急に弁護士にご依頼されることをおすすめします。

 

(参考文献 2006年版 赤い本 下巻 129頁~)

後遺症を残した被害者が亡くなった場合

2017-06-21

 交通事故の損害賠償と一言で言っても,実際には1つとして同じ事件はありません。

 中には,特殊な状況により,どのような損害賠償の請求ができるのか迷うような場面もあります。

 今回は,その中でも,交通事故で後遺障害を残した被害者が,その後加害者から賠償金の支払いを受ける前に亡くなってしまったという場合について,請求がどうなるのか見ていきたいと思います。

 

何が問題?

 そもそも,このようなケースで何が問題になるのでしょうか?

 まず前提として,後遺障害の損害賠償請求が可能なものを確認します。

後遺障害について損害賠償の請求ができるものとしては,次の3つが考えられます。

 ①慰謝料

 ②逸失利益

 ③将来介護費用

 それぞれ,①は精神的苦痛に対する賠償,②は後遺障害による収入の減少に対する賠償,③は重度の後遺障害を負ったことによる介護費用に対する賠償を意味します。

 この内,①の慰謝料については,後遺障害の等級に応じて請求をすることができます(厳密にいうとこれも問題になりえますが。)。

 これに対し,②と③は,将来的に実際に生じる損害を予測して支払いを求めるものです。

 例えば,40歳で重度の後遺障害を残すことが確定した被害者の場合,逸失利益については,その後67歳(一般的な就労可能年限)までの27年間分の減収を予測して請求することになります。

 同じく将来介護費用については,平均余命までの年数分にかかる介護費用を計算して請求することになります。

 このように②と③については,あくまでも将来現実に発生する損害を予測して請求するという性質のものです。

 したがって,その予測した未来が到来する前に被害者が死亡したのであれば,その時点で将来の減収を考慮する余地はなく,介護の必要性も消滅するのではないのかという疑問が生じるのです。

 

どういう考え方があるの?

 この問題については,2つの考え方があり,1つを切断説,もう1つを継続説といいます。

 切断説…逸失利益は死亡時までに限られるという見解

 継続説…死亡の事実を考慮せず,死亡後であっても後遺症の存続が想定できた期間についてはこれを対象期間として逸失利益を算定すべきであるとする見解

 

実際の現場ではどのように考えられている?

逸失利益について

〇最高裁判例①(平成8年4月25日判決)

 逸失利益については,「貝採り事件判決」という有名な判例があります。

 事案は,交通事故によって脳挫傷,頭蓋骨骨折,肋骨及び左下腿の骨折といった重傷を負った被害者が,知覚障害,腓骨神経麻痺,複視といった後遺障害を残していたところ,自宅近くの海で貝採りをしているときに,心臓麻痺を起こして死亡したというものです。

(1) 一審

 一審は,逸失利益の継続期間を死亡時までに限らないとしつつ,被害者が死亡したことにより,その後の生活費の支出を免れているとして生活費の控除(30%)を行うとしました。

(2) 控訴審

 これに対し,控訴審では,逸失利益の算定にあたって,一般的に平均的な稼働可能期間を前提としているのは,事の性質上将来における被害者の稼働期間を確定することが不可の王であるため,擬制を行っているものであるとし,被害者の生存期間が確定してその後の逸失利益が生じる余地のないことが判明した場合には,死亡した事実を逸失利益の算定にあたって斟酌せざるを得ないとして,死亡時以後の逸失利益を認めませんでした。

(3) 最高裁

 最高裁は,「労働能力の一部喪失による損害は,交通事故の時に一定の内容のものとして発生している」として,逸失利益の継続期間について,死亡した事実は考慮しないとしました。

 ただ,例外的に,交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていた場合には,死亡後の期間の逸失利益は認められないとしています。

 この例外的な場合とは,交通事故当時既に末期がんで,交通事故後にがんで亡くなったような場合が想定されています。

 

★生活費の控除

〇最高裁判例②(平成8年5月31日判決)

 ①の一審が行った生活費の控除については,①の最高裁判決では判断を示していません。この点については,同じ年に出された次の最高裁の判決があります。

 事案は,交通事故によって後遺症が残った被害者が,別の交通事故で死亡したというものです。

 上記の点について最高裁は,「交通事故と被害者の死亡との間に相当因果関係があって死亡による損害の賠償をも請求できる場合に限り,死亡後の生活費を控除することができる。」としました。

 その理由として,交通事故と死亡との間に相当因果関係が認められない場合には,被害者が死亡により生活費の支出を必要としなくなったことは,損害の原因と同一原因により生じたものということができず,損益相殺の法理またはその類推適用ができないことを挙げています。

 

 このように,逸失利益の算定に当たっては,後遺症が残った後に被害者が死亡したとしても,原則としてそのことを理由に金額を減額することはしないということになります。

 

将来の介護費用

〇最高裁判例③(平成11年12月20日)

 これに対し,将来の介護費用については,次の最高裁の判例があります。

 事案は,交通事故によって後遺障害等級1級3号の重度の後遺障害を残した被害者が,その後胃がんにより死亡したというものです。

 この事例で,加害者が被害者の死亡後の期間についても将来の介護費用を負担しなければならないのかが争われました。

 結論としては,最高裁は死亡後の介護費用の支払いについては認めませんでした。

 その理由として,「被害者が死亡すれば,その時点以降の介護は不要となるのであるから,もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく,その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり,かえって衡平の理念に反することになる。」と述べています。

 

整理が難しい問題

 事故と関係なく亡くなったのであれば,それ以降の逸失利益を加害者が負担する理由はないのではないかという気もします。

 しかし,損害賠償の基本的な考え方や,仮に死亡後の逸失利益を払わなくても良いとした場合の実際上の不都合の問題から,逸失利益については,死亡後の分も含めて賠償の義務があるとされています。

 他方で,将来の介護費用については,現実に支出する費用の補填であるため,その必要がなくなった場合にまで加害者に負担を負わせるべきではないと考えられているのです。

 このように,後遺症が残った後で被害者が亡くなった場合,整理が難しい問題がありますが,相手方に賠償を請求する場合,基本的に1円単位で賠償金額を計算する必要があり,実際にこのような状況になった場合,上記のような考えにしたがって正しく計算を行う必要があります。

 損害賠償を請求する中で,どう考えたら良いのか迷うようなことが生じた場合には,一度弁護士にご相談されることをおすすめします。

(参考文献 上記判例の最高裁判所判例解説)

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