慰謝料の額と通院日数の関係

2019-11-15

 交通事故の慰謝料の額の計算は、「どれだけ通院が必要だったか」と密接な関係がありますが、通院すればするほど支払われる慰謝料の額が増えるというわけでもありません。

 交通事故の件で被害者の方から色々とお話を伺っていると、インターネットを見て、慰謝料が通院日数すればするほど大きくなるという風に考えている方が少なからずいらっしゃるようです。
 これは、ある意味では間違っていないのですが、「慰謝料を増やすために通院の回数を稼ごう」などというのは、通院の目的を履き違えたものですし、実際には慰謝料の額が増えるどころか減る可能性すらある行為です。

 ここでは、通院の日数が慰謝料の額にどのように影響するのかについて、自賠責基準と裁判基準を比較しながら解説します。 

自賠責保険の場合

 自賠責保険から支払われる慰謝料の額は,計算方法が決まっており,1日当たり4,200円(※)です。この4,200円にかける日数は,通常は通院にかかった期間の長さですが,通院が2日に1回よりも少ない場合,実際に通った日数の2倍となります。

(※)令和2年4月1日以降に発生した事故については1日当たり4200円→4300円となります

(具体例)

 例えば,4月1日に治療を開始して5月30日に治療を終え(この間60日),この間に40回通院した人の場合,慰謝料の額は,4,200円×60日=252,000円となります。
 同じく,4月1日から5月30日までの治療期間で,10日しか通院していない人の場合,慰謝料の額は,4,200円×10日×2=84,000円となります。

 この違いを見ると,通院をすればするほど慰謝料の額が増えるようにも見えます。
 しかし,例えば,通院期間180日の間に100日間通院したら,4,200円×180日=756,000円が当然支払われるものと考えている人がいますが,これは誤りです。

 自賠責保険の場合で注意しなければならないのは,支払われる保険金には上限額があるということです。
 自賠責保険の場合,通院の慰謝料や治療費,休業損害などについては,合計で120万円しか出ません(加害者が複数などの場合を除く)。
 そのため,通院をすればするほど治療費が大きくなり,慰謝料に割り当てることのできる保険金の枠もどんどん小さくなります。

 例えば、1ヶ月間に20日ほどの割合で、6カ月間通院した場合で、1ヶ月当たりの治療費が10万円だったとします。
 この場合、治療費として60万円が支払われることになり,残りは60万円ですから,先ほどの計算のように慰謝料の額は756,000円とはならず,支払われるのは60万円に過ぎません。
 この60万円の中には、休業損害や通院のための交通費も含まれますので、純粋な慰謝料といえる部分はもっと少なくなるでしょう。
 さらに極端なケースで、治療費が100万円かかったような場合、残りは20万円となり、通院回数の多さから交通費も多少大きくなると思われますので、慰謝料に充てられる額が10万円ほどということもあり得るわけです。
 自賠責保険の残枠が小さくなれば、任意保険会社からの任意保険基準による最終の慰謝料の支払額も小さくなることが予想されます。

 弁護士が交渉すれば、裁判基準という自賠責保険のような上限額のない計算をしますので、それほど影響はないかもしれませんが、自分で交渉をしようという場合、上記のことを頭に入れておく必要があります。

裁判基準の場合(実際に支払われるべき慰謝料の額)

 実務的には,弁護士が慰謝料の請求をする場合,日弁連交通事故相談センター東京支部が発行している「赤い本」と呼ばれる本で示されている基準によって金額の計算を行います。

 この基準は,入院が〇か月,通院が〇か月なら〇〇円ということを表(※)の形で金額を示しており,入院又は通院にどれくらいの期間を要したかによって金額が決まるようになっています(個別の事情によって変動することはあり得ます。)。
 入通院に時間がかかったということは、それだけ症状がある期間が長いということですので、その分精神的・身体的な苦痛も長く続きます。したがって、入通院期間の長さを慰謝料の額を決める際の基準に用いることには合理性があります。

 しかし,ここも注意が必要で,「通院が長引けば慰謝料の額が大きくなるとは限らない」のです。

 代表的なものとして,以下のようなものがあります。

(※)むち打ち症や打撲・捻挫などの他覚的所見がないケガの場合とそれ以外のケガの場合とで表を区別しており,他覚的所見がないようなケガの場合,金額が小さくなります。

実際に通った日数が少ない場合の計算方法

 この点は,保険会社との交渉をしているときに,頻繁に問題になる点です。

 上記のとおり,慰謝料の額は,入院又は通院にどのくらいの期間を要したかによって決まる傾向にありますが,同じ通院期間の人であっても,毎日のように通院せざるを得なかったような人もいれば,月に1回程度の通院にとどまったような人もいます。

 このような違いがあるときに,慰謝料の額が同じでよいのかという問題です。

 この点について,弁護士が用いている「赤い本」の基準では,「通院が長期にわたる場合は,実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある」としています。

 この計算方法によれば,例えば,通院が1年間であれば,通常なら慰謝料の額は154万円となりますが,この間の実際の通院日数が12日程度なら,慰謝料の額が12日×3.5=42日分の通院に相当する額になり,このケースだと,80万円ほどになってしまうということになります。

 また,むち打ち症や打撲・捻挫などの他覚的所見がない怪我の場合でも,同様に,「通院が長期にわたる場合は,実通院日数の3倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある」とされています。

 ただし,この基準は,あくまでも実通院日数の3.5倍(又は3倍)程度を通院期間の目安とすること「も」あるとしているのであって,必ずそのような計算をするとはしておらず,むしろ,あくまでも通院期間で計算するのが原則で,このような計算をするのは例外的なものであるとしています(2016年版「赤い本」下巻)。

 したがって,保険会社と交渉をする際にも,通院日数の少なさは考慮せずに計算をすべきです。

 ただし,実際に通院した日数が極端に少ない場合の基準については、上記のとおり曖昧な部分があり、やはり通院日数が多い場合と少ない場合とで通院による負担も変わってくるところなので、金額に差が出たとしてもおかしくありません(通院間隔が開くことになるので、結果的に治療終了までの期間が長くなってしまうケースもあると思います)。

 結論としては、「通院が多少少なかったとしても慰謝料の額に影響が出るとは考えにくいが、通院日数が極端に少ないと慰謝料の額に影響が出る可能性がある」ということになります。

 なお、骨折をした場合で、「骨癒合のための時間を要し、かつ、その間は骨折箇所を固定するくらいで治療としてできることはない」というようなことがしばしば見られますが、このような場合、通院の頻度が少なくなるのは当然ですので、そのことを理由に慰謝料を減額すべきではないと考えます。

過剰診療の場合

 事故の状況から見て,治療に時間がかかるとは到底思えないような場合に,慰謝料目当てに通院をしても,それに応じて高額の慰謝料が払われるほど甘くはありません。

 場合によっては,過剰な診療分が慰謝料の額から差し引かれることさえあります。

 そのため,一言でいうと「同じような怪我が治るまでに一般的に必要とされる期間」が慰謝料の額に反映されると考えた方が良いです。

 もちろん,どれだけ治療を要するのかは,人によって多少の違いがありますので,はっきりとした基準があるわけではありませんし,少しでも通院が長くなったら、その分は慰謝料の計算にあたって考慮しないというわけでもありません。

 しかし,常識的に考えて過剰というような通院の仕方は,慰謝料の増額につながらないばかりか,最終的にその治療費を自分で負担しなければならないリスクもあるということを認識しておく必要があります。

適切な治療を受けていなかった場合

 逆に,本来であれば受けるべき治療を受けずに,それが原因で治療が長引いてしまうというケースも考えられます。

 この場合も,治療費は過剰というよりもむしろ少ないので,特段問題となりませんが,「同じような怪我が治るまでに一般的に必要とされる期間」との比較をすると,期間が長すぎるということが考えられます。

 そのため,この場合も,慰謝料の額が治療期間に応じて大きくなるとは言い難い部分があります。

まとめ

 結局のところ,医師の指示のもと,自分が怪我を治すために必要と思える範囲で治療を受ける分には問題ありませんし,それに伴って慰謝料の額が大きくなる傾向にあるのは事実であるといえます。

 したがって,多くの場合,通院の長さに応じて慰謝料の額が多くなると考えて差支えないでしょう。

 しかし,これはあくまでも,交通事故によって負った怪我の内容からみて妥当な範囲であれば当てはまることなので,通常必要とされる治療期間よりも明らかに治療に時間がかかっているような場合は,その原因にもよりますが,必ずしも治療期間の長さに応じた慰謝料の額になるとは限らないのです。

 特に,自賠責保険では,計算された慰謝料の額がそのまま支払われるわけではないので,そのことを認識しておく必要があるでしょう。