てんかん症状で裁判により【自賠責非該当→後遺障害9級10号】2400万円で和解

2023-10-20

はじめに

 本件は非常に特殊な事例であり、一般的な交通事故の事案とは異なるのですが、弁護士が交通事故事案を取り扱っていくために必要となる知識・経験・取り組み方などを総動員した結果、良い解決に至ることができた事例なのでご紹介します。

事案の概要

 本件は、交差点での自転車と車の出合い頭事故で、被害者は事故当時小学生でしたが、頭を打つ怪我をして軽度の脳挫傷との診断を受けました。事故後の通院は比較的短期間であったため、弁護士に依頼することなく示談が成立していました。

 ところが、事故から8年近くが経過した時点で、突然てんかん発作を発症し、病院に救急搬送されることになりました。

 その後も何度かてんかん発作を起こす中で、初回の発作から1年ほどが経過したところで、MRI検査を行ったところ、交通事故で頭を打ったところと同じ場所に陳旧性(古い傷)の脳挫傷の形跡が見られ、EEG(脳波計)による検査の結果、てんかんと診断されることになりました。

 その後、服薬によりてんかん発作を抑えていましたが、完全にてんかん発作がなくなることはなく、医師からは事故との因果関係は否定できないとの見解も示されていたため、弊所へのご相談となりました。この時点で事故から19年以上が経過していました。

当事務所の活動

証拠の収集

 加害者側の任意保険会社と交渉しようにも、自賠責保険で後遺障害認定が出ていなければ、任意保険会社が後遺傷害部分の支払いに応じることはまずありません。

 そこで、まずは自賠責保険の後遺障害認定を受けるべく、資料を集めることにしましたが、ここで問題が生じました。

 通常、交通事故の示談交渉について依頼を受けると、任意保険会社が保有している診断書・診療報酬明細書といった医療機関が作成した資料を取り寄せ、これによって被害者がどのような怪我を負ったのか、どういった治療経過を辿ったのかを確認することになります。

 ところが、本件の場合、事故から20年近くが経過していたため、既に任意保険会社には当時の記録が残っていませんでした。

 同様に、自賠責保険会社にも記録は残っていませんでした。

 そこで、事故当時かかっていた医療機関の方に記録が残っていないのか確認することにしました。

 通常、カルテ(診療録)は5年間は保管されることになりますが、医療機関によって自主的にそれ以上の期間保管していることもあります。

 本件でも医療機関に記録が保管されていることに期待したのですが、やはり診療から20年近くが経過していたため、記録は残っていないということでした。

 現在であれば、様々な記録がデータ化されるようになっていますので、古い記録でも残っている可能性があったと思いますが、20年近く前だとそうしたことも広まっていませんでしたので、やむを得ないことだったと思います。

自賠責保険の後遺障害認定

 結局、事故当時の診療の記録はなかったので、現在のかかりつけの医療機関から診療録や診断書を取り付けることにして(これは診療継続中だったため、古い記録も含めて残っていました)、それをもって自賠責保険の被害者請求(後遺障害申請)を行うことにしました。

 しかし、結果は後遺障害非該当となりました。

 理由は、端的に言うと、事故当時からてんかん発作までの経過に関する記録がなければ、現在のてんかん発作が事故によって起きたものか分からないからというものでした。

 その一方で、MRI検査で脳挫傷によるものと思われる信号変化が見られることまでは認められていました。

除斥期間による期間制限

本件は、後遺障害の申請結果が出た時点で、除斥期間20年が経過する間近でしたので、裁判によって賠償金の請求を行うことになりました。

裁判での論点

 本件の主な争点は、いうまでもなく、てんかん発作が20年前の事故によって生じたものかどうかでした。

てんかんの特性

 この点を考えるにあたっては、てんかん発作の特性を知っておく必要があります。

 てんかん発作の難しいところは、てんかんが外傷以外でも、遺伝子異常や感染症、代謝異常症、免疫性疾患によって発症することがあるほか、現代の医学では原因不明とされることも多いというところにあります。

 さらに、てんかん発作が外傷性のものであることを証明するにしても、客観的所見である脳波所見のみで外傷性によるものと判断することはできないとされているため、そもそも厳密な証明はできない病態ということがいえます。

 この点について、労災保険ではWalkerの6項目という基準が参考にされていますが、曖昧な部分があり、この要件を満たしていないからといって外傷性であることが否定されるわけでもありません(本件の場合、脳に対する衝撃の強さが不明であり、開放性外傷ではなかったので、要件を満たしているかは微妙でした)。

主治医との面談・意見書の作成

 このような中で、主治医が事故とてんかん発作の関係性を示唆する発言をしていたところから、まずは主治医に話を聞くことにしました。

 その結果、やはり上記のてんかんの特性から、今回のてんかん発作が事故によって起きたものであると断言することはできないという回答でしたが、他方で、事故によるものであることも否定はできないということでしたので、こちらで用意したフォーマットにあわせて、率直に意見を述べてもらうことにしました。

裁判所の判断と和解

 主治医の意見も必ずしも事故とてんかんとの因果関係を認めるものではなかったため、裁判所としても簡単には加害者の責任を認めてくれませんでした。

 この原因は、明らかに証拠の散逸による不足にあり、事故当時のMRI画像や当時の診療録などがあれば、問題なくこちらの請求が認められたかもしれません。

 しかし、これが失われていたことは既に述べた通りで、この点はどうすることもできませんでした。

 また、てんかんが外傷以外の原因で発症することもあるため、今回の場合も、事故から長期間が空いていたことも加味すれば、事故以外の原因で発症したことを完全に否定することはできませんでした。

 裁判所は、証拠によって証明できた事実しか認定してくれませんが、この証明の程度は、一般的に裁判官に確信を抱かせる程度のものが必要とされていて、高いハードルが設定されています。

 そこで、法律的な観点から、この証明のハードルを下げることができないかを検討しました。

 様々な文献を調査することで、本件に応用できそうなものが見つかったため、これを裁判所に示しました。

 その結果、裁判所の主導により、加害者側との間で2400万円の支払いについて和解が成立することとなりました。

ポイント

 本件は、多くのポイントがありますが、まず、てんかんに関する最低限の知識が必要となり、専門書を参照しながら主張を組み立てる必要がありました。

 また、主治医の判断は非常に重要なものですので、実際に主治医がどのように考えているのか、それを受けて本件の見通しがどうなるのかを検討する必要がありました。

 さらに、それらを踏まえて、証拠が不足しているというような場合に、どのような法律的な主張をすれば、こちら側の請求が認められる余地があるのかを検討する必要があり、この点はまさに弁護士としての能力が問われる部分だったと思います。

 総合的に見て、交通事故を取り扱う弁護士に必要とされる様々なものを最大限活用する必要がある難しい事案でしたが、よい解決に導くことができて良かったと思います。