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高齢者の逸失利益
逸失利益の概要
交通事故で被害者に後遺症が残った場合や被害者が死亡した場合、後遺障害逸失利益や死亡逸失利益と呼ばれる賠償金が支払われることになります。
後遺障害逸失利益とは、後遺症によって仕事に支障が出たために、収入が減少したことに対する補填を意味します。
簡単にいうと、事故に遭う前の収入が1000万円であった人の収入が事故後に900万円に減少した場合に、この差額の100万円を賠償として支払うというものです。
もちろん、1年分だけ補償すれば良いというわけではありませんので、生涯にわたって減収が予測される部分については、全て補償の対象となります。
例えば、治療を終えた時点で、事故がなければあと10年は働けるはずだった人の場合、自力で歩けない等の後遺症により、10年間は仕事に影響が出て、本来得られるはずだった収入の額に影響が出ることが考えられます。
この場合、この10年分の減収を損害として加害者に金銭の請求をするのが後遺障害逸失利益です。
逆にいうと、後遺症の影響で減収する可能性がない期間については、基本的に賠償の対象とならず、例えば30歳くらいで事故に遭った人について何歳分までを補償すれば良いのかが問題となります。
裁判を含む一般的な考え方ではこの年齢は67歳と設定されることが多いです。上記の例で、30歳で治療を終えた場合、後遺症として賠償の対象とするのは、30歳から67歳までの37年とされることになります。
死亡事故の場合も、生活費控除という特殊な処理をすることになりますが、基本的な考え方は同様です。
そうすると、67歳を超えて仕事をしていたり、事故に遭った時点で60歳を超えていて、67歳を過ぎてもまだまだ仕事をする予定だった人の場合はどうなるのでしょうか?
このように、高齢者の逸失利益には特有の問題があります。
高齢者の逸失利益の特色
有職者の場合
最近では、60歳を超えても就労を続ける人も少なくありませんので、比較的高齢の人であっても、逸失利益が生じることは十分あり得ます。
ただし、この場合、上記で述べたように、一般的なケースのように67歳までの期間で逸失利益の計算を行うと、対象となる期間が短くなる結果、賠償金の額が小さくなってしまったり、67歳を超えるような人の場合、賠償金が0ということになりかねません。
そこで、こういう場合、「平均余命の2分の1」を労働能力喪失期間とみなして計算するという方法で賠償を請求します。
裁判でも、こうした計算方法が広く認められています。
その結果、67歳が間近であったり、67歳を超えて仕事をしているような高齢者であっても、逸失利益が認められることになります。
※ただし、事案によっては、必ずこの計算が認められるわけではありませんので注意しましょう。
無職者の場合
無職の場合、収入がないのですから、減収を前提とした後遺障害逸失利益の請求はできないことになります。
しかし、事故当時に一時的に仕事をしていなくても、そのうち仕事を開始する予定だったという人もいるでしょう。
そういう人の場合、就職活動を行っていた等、仕事をする意欲があったことを証明し、後遺障害逸失利益を請求することが可能です。
ただ、後遺障害逸失利益は、通常、被害者の事故に遭う前の収入額によって金額が決まるのですが、無職者の場合、事故前の収入というものが存在しません。そこで、適切に計算を行うための収入を設定する必要があります。
一般的には、年齢別の労働者の平均賃金を用いることが多いです。
家事従事者の場合
高齢者であっても、事故前に同居する家族のために家事を行っていたという人は少なくないでしょう。
このような人の場合、一般的な主婦(主夫)の場合と同様、家事に関する逸失利益を請求することが可能です。
この場合の計算方法ですが、女性労働者の平均賃金を用いることが一般的です。
ただし、この場合も、一般的には全年齢の平均賃金を用いることになるのに対し、高齢者の場合、家事労働にも多少の制限があることがありますので、年齢別の平均賃金を用いることがあります。
まとめ
いかがだったでしょうか。
高齢者の場合、形式的に計算すると、後遺障害逸失利益がゼロということにもなりかねませんが、上記のとおり、多少の制限はあるものの、請求自体は認められています。
高齢者の後遺障害逸失利益の計算は、通常の場合以上に技術的な面が多いので分かりにくい部分となっています。
そのため、通常の場合以上に示談交渉をしっかりと行うことが必要と言えるでしょう。
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学生・児童など若年者の逸失利益
逸失利益とは
死亡事故や後遺症が残るような事故が発生すると,被害者が事故に遭わなければ働いて稼ぐことができたはずの収入が得られなくなる(減額になる)という事態が生じます。
このような収入の減少について賠償が受けられなければ、被害者本人や、被害者に扶養されていた家族の生活が難しくなってしまいます。
そこで、こうした損害を賠償するために、治療費や慰謝料などのほかに,「死亡逸失利益」や「後遺障害逸失利益」というものが加害者から支払われます。
例えば,年収1000万円の人が死亡すると,単純計算で1年で1000万円の損失が生じることになります。
また,後遺症で年収が1000万円から500万円に低下した場合,同様に,1年で500万円の損失が生じることになります。
実務上,実際に受け取ることのできる額は,「中間利息控除」という処理をしますし、死亡事故では「生活費控除」という処理をしますので,若干計算は複雑になりますが,逸失利益のイメージはこのようなものです。
逸失利益は事故前の収入に左右される
上記の例でも明らかなように,「事故によってどの程度収入が減ったか」が重要なポイントになりますので,事故に遭った人の年収によって逸失利益の額は変わります。
年収が2倍違うと,逸失利益の額も2倍違ってきます。
そして,基準となる年収は,一般的には,事故の前年の年収を用います。
つまり,事故の影響がなかった場合,直近でどの程度稼ぐことができていたかが基準になるわけです。
学生や児童等の逸失利益の計算方法は?
逸失利益の計算において事故の前年の年収に着目すると,事故当時に仕事に付いていない学生や児童の逸失利益はどうなるのでしょうか?
逸失利益は,将来得られるはずであった収入のことですので,学生や児童であっても,将来的には仕事に就くことが予想され、当然逸失利益は存在しますし,対象となる期間も長いため金額も大きくなります。
とはいっても,直近の就労実績がないため、通常のケースのように,「事故前年の収入」の額を元に計算することはできません。
実務上は,このような場合,一般的な労働者の全年齢の平均賃金(賃金センサス)を用いて計算します。
全年齢の平均賃金は,一般的な労働者が,生涯を通して得る収入を平均したものですので,生涯にわたって影響が続く死亡・後遺症の逸失利益を計算する際に用いるのは合理的です。
男性の場合,男性のみの平均値を用いてよいですが,女性の場合,女性のみの平均値を用いると逸失利益の額が小さくなってしまいますので,男女を含んだ平均値を用いるようにします。
また,学歴によっても計算結果が変わりますので,被害者の家庭の事情等の属性を見て,有利な方法で計算を行います。
若年労働者の逸失利益の計算方法は?
学生や児童など,収入のない被害者については,上記のように考えることができますが,就職して間もないような若年の労働者の逸失利益はどうでしょうか?
この場合,現実に就労の実績は存在し、基準にすることのできる「事故前年の収入」というものがありますので,単純に考えると,この数字を用いて計算することになります。
しかし,一般的に,仕事に就いて,経験を積んで役職がついたり,転職するなどしてステップアップしていくことで,得られる収入の額は大きくなっていきます。
そのため,就職して間もない時期は,収入が小さいということにあります。
逸失利益は,「本来得られるはずだった収入」を補填するものですので,このように就労して間もない時点の金額的に小さな収入額を元に計算されてしまうと,十分な補償がされたことにはなりません。
そこで,このような若年労働者の場合,将来の昇給を考慮して逸失利益の額を計算することになります。
具体的には,学生などと同様に,平均賃金を用いるという方法があります。
この平均賃金を用いる計算をするかどうかの分かれ目ですが,30歳未満という数字が目安として示されていますので参考になります。
減収がなくても後遺障害逸失利益の請求はできる
逸失利益とは,交通事故で負った後遺症によって以前のように仕事ができなくなったために,本来得られるはずだった収入が得られなくなったという損害のことをいいます。
ところが,実際に後遺症が残った人の中には,後遺障害等級の認定を受けたものの,仕事に復帰して交通事故が起きる前と同じかそれよりも多い収入を得られるようになる人も少なからずいらっしゃいます。
そうすると,逸失利益の性質が,上記のように「将来得られるはずだった収入が得られなくなったという損害」,つまり減収となったことを損害としてみるものであるとすると,このような場合,減収がない以上一切請求ができないのではないかという疑問が生じます。
そこで今回は,このような,後遺障害等級が認定されたものの減収がない場合の逸失利益の額がどのようになるのかについて見てみたいと思います。
被害者が請求できるのは実損害分のみ
交通事故の被害者が請求することができるのは損害の賠償です。
不法行為責任について定めた民法709条も,「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」としています。
したがって,加害者に請求することのできるのは、実際に生じた損害分だけということになり、請求する金額には明確な根拠が必要となります。
つまり,賠償の請求と損害の発生は表裏の関係にあるのです。
注意したいのは、慰謝料は、目に見えない身体的・肉体的苦痛を金銭的に評価したものですので、実際に生じた経済的な損害とリンクしていないように見えるということです。しかし、少なくとも我が国では、慰謝料についても実際に生じた損害をベースにするものと考えられていて、実際に被害者が受けた怪我の内容等によって決まるものですので、懲罰的な意味合いでの増額は認められません。
減収がないと請求できない?
以上のような一般論を元に,「減収がない=損害がない」と考えると、後遺障害が認定されているにもかかわらず、収入が減少していないような場合には、賠償の請求ができなくなるように思えます。
このような考え方は,交通事故の前と後の利益状態を比較して金銭的なマイナスがあった場合に「損害」があったとみなすもので,専門的には,差額説などと言われている考え方に基づくものです。
裁判所は,一般的には差額説に立って損害を把握しているといわれています。
しかし,裁判をした場合に,事故後に減収がない人については逸失利益が認められないという判断がされているのかというと必ずしもそうではありません。
減収がないといっても,それは職場の人がフォローしてくれていたり,仕事の内容が変わったのに減給とならないように配慮してくれていたり,被害者自身が努力をして,何とか仕事ができるような状態にしている結果であるようなことが多く,この点を無視することはできません。
むしろ,現在の実務上は,現実の減収がないということのみで逸失利益を問答無用で認めないという考え方は採られていないといってよいでしょう。
実務上の考え方
上記のように,被害者からの請求に当たっては損害が発生したことが条件となっていますので,減収がなくても請求を認めてもらうためには,「減収がなくても損害が発生している」といえなければなりません。
そのため,何をもって「損害」といえるのかがポイントになってきます。
この点について,上記の差額説の他に,後遺症によって労働能力が喪失したこと自体を損害とみるという考え方や,後遺症が残ったという事実を損害として捉える考え方があります。
まず前提として、後遺障害の逸失利益の計算は、フィクションの部分が大きいということを知っておかなければなりません。
逸失利益の計算は、「基礎年収×労働能力喪失率×労働能力喪失期間-中間利息」によって計算されますが、現実には、労働能力喪失率とピタリと一致する減収が生じるわけではありませんし、今は減収がなくても、将来転職しようとするときに不利に働いたり、働き方が変わることによってマイナスの影響が出てくることもあるでしょう。逆に、今は大きく収入が減っていても、数年後には後遺症の影響が出にくい仕事をして事故前よりもはるかに高額の収入を得ているかもしれません。
この計算式は、そういった個々の事情を踏まえた上で、「この後遺症の内容なら、おおよそこのくらいの損害額になるだろう」という概算に過ぎないのです。
したがって、現時点で減収がないことは、逸失利益の額を計算する事情の一つにはなりますが、それだけで逸失利益が否定されるようなものではありません。
実務上は,差額説を機械的に用いるのではなく,現実に減収がなくても,労働能力の低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているとか,昇給,転職等に際して不利益な取り扱いを受けるおそれがあるような場合には,逸失利益が認められるとされています(最高裁昭和56年12月22日判決)。
ただし,逸失利益の存在自体が認められたとして,減収がなかったことが全く考慮されないかというと,そうではありません。
やはり,実際に収入が下がった人と変化がない(又は収入が上がった)人では,逸失利益の額を算出するときに差が出ることはあり得ます。
裁判上は,労働能力喪失率を調整するなどして,控えめに金額を計算されるということがありますので,示談交渉でも,同様に減額調整が必要となることもあり得ます。
この辺りは,後遺障害の内容や実際の就労状況などを見ながら,妥協の必要があるのか検討していくことになります。
どういった事情が考慮されているのか?
減収がない場合の逸失利益の認定についての一般論は以上のとおりですが,逆に言うと,全く経済的な不利益がないといえるような状況であれば,逸失利益が否定されるということも可能性としてはあります。
そこで,減収がないのに逸失利益が発生していると主張して,この点が争いになっている場合,何らかの不利益が生じていることを説明する必要があります。
この際に考慮される事情として,①昇進・昇給等における不利益,②業務への支障,③退職・転職の可能性,④勤務先の規模・存続可能性等,⑤本人の努力,⑥勤務先の配慮,⑦生活上の支障といったものが挙げられています。
③が挙げられているのは,再就職にあたって後遺症の存在が不利に扱われ,収入が低くなる可能性があるためで,④が挙げられているのは,勤務先の経営基盤が不安定な場合,リストラ等で転職が必要となる可能性があるためです。
ただ、最近では、終身雇用や人事考課に対する考え方も変化してきていますので、大規模な会社だから将来も減収は生じにくいと考えるのは疑問があるところです。
⑤⑥⑦は、比較的主張がしやすいものといえるでしょう。⑦は、仕事には関係ないように思えますが、日常生活に不自由していれば、それが仕事のパフォーマンス低下につながることが考えられます。
実際の交渉や裁判の場でまず見られるのは、事故前の収入と事故後の収入の変化です。
例えば、令和3年に事故に遭い、令和3年中に症状固定となったような被害者の場合、令和2年は後遺障害の影響がなかったころの収入、令和3年は事故による休業損害の影響があった収入、令和4年は治療終了後の後遺障害による業務の制限で下がってしまった収入となるのが、通常想定されているケースです。
この例だと、令和2年が年収1000万円、令和3年が年収500万円、令和4年が年収800万円となり、後遺障害11級であれば、年収の減少幅200万円/1000万円は、11級の労働能力喪失率20%と一致することになるため、その分を請求するのに障害はありません。
しかし、実際には、1000万円→500万円(入通院中に減収が生じることは多い)→1000万円などと収入が減らないことがしばしば存在し、その場合、上記の各事情を考慮して、場合によっては逸失利益の額が減額となることがあります。
ただし、14級のような比較的軽い後遺障害の場合、元々労働能力喪失率が5%となっており、ほとんど稼働能力が維持されていますので、実際には減収が生じることの方が稀だと考えられます。したがって、安易に減額することは妥当ではありませんし、実務でも、14級の場合に減収がないからといって逸失利益を減額したりすることは多くありません。
逆に、重い後遺障害で、労働能力喪失率が高く設定されているにもかかわらず、事故前と同様に仕事ができているような場合には、労働能力喪失率表どおりの計算では損害を過大評価されていると見ざるを得ないような場合もあるでしょう。そのような場合、減額となる可能性が高まります。
その他に注意すべき点は?
逸失利益の算定にあたって用いる労働能力喪失率は,認定された等級に応じて,通常は自賠責保険の労働能力喪失率表で示された数字を用いることになりますが,この点で,特に公務員で減収がない場合には,一般の減収が生じている場合と比較して不利な認定がされることがあります。
具体的には,定年までは労働能力喪失率を低く認定するなどといったことがあり得ます。
その理由は,公務員の場合,民間企業の従業員と比較して身分保障が手厚く,後遺症があっても減収が生じない可能性が高いと考えられるためです。
まとめ
以上のように,事故の後に減収がないからといって逸失利益が認められないというわけではありません。しかし,相手方からは,減収がないから逸失利益は認められないという主張が出されることも十分に予想されます。
そのようなときは,逸失利益が認められた過去の事例を示し(多数あります),上記考慮事情として挙げられたものを具体的に説明するなどして,請求に理由があることを説得的に説明していくことになります。
逸失利益の請求は,単純な実費の損害賠償とは異なり,理論的に難しい部分を含みますので,交通事故で後遺障害等級が認定されましたら,一度弁護士にご相談されることをおすすめします。
(参考文献 日弁連交通事故相談センター東京支部編「平成20年版赤い本下巻」9頁~、同「令和4年版赤い本下巻」17頁~)
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