後遺障害の逸失利益
目次
後遺障害の逸失利益の請求
後遺障害の逸失利益とは,後遺症によって将来仕事の一部または全部ができなくなった場合に,本来であれば受け取れたはずの金額と下がってしまう収入との差額を補てんするものです。
例えば,「それまで歩合で年間100万円の収入を得ていた人が,交通事故の後遺症で仕事を半分しかできなくなり,収入が50万円になってしまった」というようなケースで,この差額の50万円を,定年などで仕事ができなくなるまでの間分を請求するというのが基本的なイメージです。
しかし,少し想像すれば分かりますが,実際に将来どの程度収入が下がるのかを正確に予測することはおよそ不可能で,上の例でも翌年も同じように収入が50万円になるとは限りません。
また,後遺症とは言いつつも,症状が改善したり(後遺症とは、本来、生涯治ることのないものです),仕事の性質上,後遺症によって収入が変わらないというようなこともあります。
逆に、後遺障害の等級からするとそこまで障害の程度は重くないはずなのに、全く仕事ができなくなってしまったということもあります。
さらに、実務上、後遺障害逸失利益の計算は、自賠責保険における後遺障害等級に応じて「労働能力喪失率」をかけるという方法をとりますが、「労働能力喪失率」どおりの減収が生じることなど皆無と言っていいでしょう。
例えば、後遺障害等級が9級と認定された場合、労働能力喪失率表では労働能力喪失率は35%とされていますが、実際の年収の減額幅は、20%であったり40%であったりして、しかも、年によって変動することもありますし、景気や物価の変動等の後遺症とは無関係の事情によっても左右されます。
そのため,後遺障害の賠償金額の計算は,そもそも実態と完全に一致しているものではなく,ある種のフィクションであるということを認識しておかなければなりません。
また,このように曖昧な点が多いため,「赤い本」と言われる本に書かれている基本的な計算方法によって得られた数値がそのまま受け取れる金額になるわけではないということも知っておかなければなりません。
ここでは、実際にどのようなことが問題になるかを見ていきます。
基本となる考え方
後遺傷害逸失利益の計算方法
実務では,後遺障害の内容ごとに等級と喪失率を示した「労働能力喪失率表」を用いて実際に減収が生じる期間を対象として,以下のように賠償金の計算を行うことが定着しています。
基礎年収×労働能力喪失率×労働能力喪失期間-中間利息=逸失利益
基礎年収とは
後遺傷害逸失利益は、交通事故の被害者が、後遺症によってどの程度収入を減らすことになるのかということに対する補償ですので、ベースになる収入が定められなければなりません。
一般的には、被害者の事故前年の年収が使用されます。事故前年の年収が用いられるのは、被害者が事故当時どの程度稼ぐ力があったのかを知る必要があるためです。
年によって収入の変動が大きい場合には、事故前の数年分の年収を参考にすることもあります。
労働能力喪失率とは
労働能力喪失率とは,労働能力がどの程度低下しているかということを示す数値で,賠償金額を算出するために用いられています。
寝たきりなど,全く仕事ができない状態になると,労働能力喪失率は100%となりますが,そこまでに至らない場合,67%,20%などと後遺症の程度によって数値が決まっていきます。
労働能力喪失率は,「後遺障害等級表」に記載されている後遺障害に該当することを前提に,後遺障害等級に応じて「労働能力喪失率表」所定の数値を用いることが一般的です。
「後遺障害等級表」とは,自賠法施行令に掲げられている別表一,二のことを指していて,1級~14級までの各後遺障害の内容が記載されています。別表一は、要介護の後遺障害で、別表二はそれ以外の後遺障害が定められています。
また,「労働能力喪失率表」は,後遺障害の等級に応じて労災の基準により作成されています。
この後遺障害等級表と労働能力喪失率表は,実態を必ずしも反映しているとはいえないのですが,かといって他に有効な手段があるわけでもないため,広く活用されるに至っています。
ただし,実態とかけ離れていることが明らかなのに,それを無視することはあり得ませんので,この後遺障害等級を参考にしつつ,実際の状況に合わせて,「被害者の職業,年齢,性別,後遺症の部位,程度,減収の有無・程度,生活上の障害の程度等を総合的に判断して,労働能力喪失率を定める」というのが建前となっています。
その結果,賠償金の計算の際に,労働能力喪失率表とは異なる数値が用いられることもあります。
労働能力喪失期間とは
減収が生じる期間は,症状固定時から就労可能な最終の年までの年数を用いることが通例です。この期間を労働能力喪失期間といいます。
一般的には、67歳までを就労可能期間として計算することが多いですが、この67歳という数値も、元々は昭和40年代の平均余命を元にしたもので、その正当性はかなり怪しいものです。
しかし、既に述べたように、後遺障害逸失利益の計算は元々フィクションの部分が大きく、最近は67歳くらいまで就労している人も珍しくあなく、あながち不合理な数字ともいえないため、広くこの67歳という数字が用いられています。
ただ、実際には後遺症によって減収が生じたとしても,それが就労可能年限まで続くとは限りません。
そのため,労働能力喪失期間についても,労働能力喪失率と同様に修正が入ることがあります。
計算方法に修正がある場合
上で述べたように,後遺障害の逸失利益の計算がフィクションである以上,実態に即して修正を受けることがあるのは当然のことです。
具体的にいうと,「労働能力喪失率表によれば労働能力喪失率は〇〇%だが,実際には△△%だ」というように争われることになります。
この争われ方は,プラスの方向でもマイナスの方向でもあり得ますが,典型的なものとしては以下のようなものがあります。
後遺障害の内容による修正
後遺障害の内容に着目して労働能力喪失率がマイナスに修正されることが多いものとして,脊柱・鎖骨等の変形障害,醜状障害,嗅覚・味覚障害,歯牙障害などがあります。
これらは,後遺障害等級表に記載はされていますが,その等級に見合っただけの労働能力の低下が認められるかが一般論として疑問のあるところですので,問題となることが少なくありません。
例えば、事故で顔面を打つなどして大部分を削った歯が一定本数あれば、その治療の痕跡(歯科補綴)を理由に後遺障害の認定を受けることができますが、そのような治療痕があったからといって、仕事のパフォーマンスが落ちるということはあまりないでしょう。
実際に、これらの後遺障害が残ったとしても、労働能力喪失率どおりの収入の減少にまでつながっていない方も多いと思います。
ただし、日常生活上は大きな影響があることは想定できますので、その苦痛を慰謝料として請求するということが考えられます。
その他、痛みなどの神経症状を内容とする後遺障害や、精神障害といった後遺障害は、労働能力喪失期間を67歳までではなく、5年や10年といった形で短縮されることが少なくありません。
実際の被害者の事情による修正
後遺障害が残り,一般論としてそのことが労働に影響を与えると思われることに異論がなくても,被害者の職業や仕事の内容,年齢などによる修正が行われることがあります。
① 収入が労働能力喪失率表よりも下がっていないケース
典型例は,後遺障害にもかかわらず収入が下がっていないというケースです。
しかし,本来であれば昇給していたはずなのに休業が据え置かれたというような場合や,就業時間を延ばしてマイナスをカバーした場合など,実際に減収がなくても,本来得られていたはずの収入が得られていないということは十分にあり得ます。
本来の賠償の考え方では,減収がなければ一切賠償は受けられないはずですが,現在の実務では,収入が下がっていないからといって直ちに賠償を否定するということはしていません。
しかし,実際に減収が生じているケースと比較すると,損害の大きさという点では違いがあることは否定できないため,逸失利益をゼロとまではされなくても、労働能力喪失率をマイナスに修正をされることも少なくありません。
特に,公務員のように手厚い身分保障がされているような場合には,収入が減らないことが注意が必要です。
② 収入が労働能力喪失率表よりも下がってるケース
逆に、認定された後遺障害に相当する労働能力喪失率よりも大きい減収が生じていることもあります。
この場合、実際の減収の程度に応じて請求金額を増額することも考えられますが、ハードルはかなり高いといえます。
なぜなら、後遺障害逸失利益は、将来の損害を予測して請求するものですが、今の時点で大きく収入が下がっていたとしても、今後、転職等で大きく状況が改善することもあり得ますし、そもそも、67歳まで同じように損害が生じるという前提をとる時点で、かなりのフィクションが入り込んでいて、他の事案との公平性の観点からも、短期的に収入が大きく下がっていることが直ちに逸失利益の増額につながるとは考え難いためです。
この辺りは、保険会社との交渉では困難で、裁判所の判断を仰ぐことになると思いますが、相当説得力のある資料を提出しなければ、裁判所も認めないと思います。
裁判をする場合でも、裁判所はそれだけの減収が今後も続くという蓋然性があるかどうかを見ていますので、容易ではありません。
まとめ
後遺障害の逸失利益の額は,後遺障害の等級が認定されれば機械的に決まるというものではありません。
ここで述べたこと以外でも,考慮しなければならないことは多くありますので,示談交渉や裁判で闘う場合には,自分の仕事の状況・後遺障害の内容に照らして,どの程度の支払いを受けられるのかをよく吟味する必要があります。
ケースによっては,裁判所の認める金額よりも保険会社との示談交渉で認められた額の方が大きいということもありますので,「赤い本の計算とは違うからおかしい」と単純に考えるのではなく,見通しについて的確に判断した上で,裁判をすべきか示談をすべきかの方針を決めましょう。
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