治療打ち切り・症状固定について
目次
症状固定とは
治療打ち切りの連絡
交通事故でケガをした場合,治療費のことを気にせずに治療を続けたいところです。
過失がない場合の事故であれば,保険会社は一括対応といって,自賠責部分も含めて一括して治療費を支払ってくれることが多く,窓口で支払わなくて済むことが多いです。
そうして安心して通院していたところ,突然,保険会社から「今月一杯で治療費の支払いは終了します。」などといって連絡が来ることがあります。
このような一方的な連絡は,まだ症状が残っていて通院を希望されている方にとっては,大きな不満が生じるところです。
法律的な考え方は
痛みがある以上は,保険会社に治療費を支払ってもらいたいところですが,損害賠償上はどのように考えられているのでしょうか?
当然のことですが,治療の打ち切りのタイミングは,保険会社が勝手に決めていいものではありません。しかし,逆に,被害者が痛みを訴えていれば延々と治療費が支払われなければならないかというと,そうではないことに注意しなければなりません。
損害賠償上は,治療費として支払いが認められるのは,基本的に「症状固定」の時期までとされています。
そして,症状固定とは,端的に言うと、「治療を続けてもそれ以上症状の改善の望めない状態」をいいます(別冊判例タイムズNo.38 11ページ)。症状がどれくらい強いかは関係ありません。
したがって,損害賠償上は,治療を続けても症状の改善が望めない時期になっていれば,治療費としては支払いが受けられないということになり,痛みなどがあるかどうかとは無関係に決まります。
つまり,大きな痛みなどが残っていても,治療によって症状が改善に向かっていなければ,支払いが止まることはありうるわけです。
ここで注意しなければならないのは,治療や薬の処方によって一時的に症状が改善しても時間が経つと戻ってしまうような場合(症状が「一進一退」の状態)でも,一種の対症療法で怪我を「治す」ことにはなっていないため,ここでいう症状固定とみなされる可能性が高いということです。
医学的な概念ではない
治療費支払いの打ち切りのタイミングは、「症状固定」の時点ですが、この「症状固定」とは、医学的な概念ではなく、損害賠償の責任をどう考えるのかという法律的な概念となっています。
そのため、医師が「治療は必要だから、まだ通った方がいい。」と言ったとしても、法律的に見れば「症状固定」に至っているということも少なくありません。
また、医師もこの症状固定の問題に巻き込まれることを嫌い、保険会社(あるいは被害者本人)に任せるといって積極的に意見を述べないということもあります。あるいは、保険会社が打ち切りと言った時期=症状固定時期と考えて、診断書や後遺障害診断書に打ち切り日を症状固定日と記載する医師も少なからずいます。
結果として、この点で、医師、被害者、法律上の考え方(保険会社の考え方)との間で、「医師が通院が必要だと言っているのに保険会社が打ち切ってくるのはおかしい!」、「症状が固定していないのに症状固定と判断された」などといった形でズレが生じることになります。
被害者は、痛みがある以上は、痛みを緩和するための措置を受けることは当然だと考えていて、医師も、治療の緩和が可能であれば行い、他方で法律上の争いには巻き込まれたくないと考える傾向にあります。
ところが、治療費が加害者から支払われるかどうかは法律的な判断であり、「症状固定」の概念は上記のような内容となっていますので、痛みがあったとしても支払義務はないということがあり得るのです。
この辺りの複雑さが、被害者の納得が得られなくなるポイントにもなっています。
しかし、法律的に見て「症状固定」に至っているにもかかわらず、納得いかないからといって治療の延長にこだわるのは好ましくないでしょう。話し合いが平行線になったまま訴訟になったとしても、言い分が通らない可能性が高いためです。
後遺症として賠償される
しかし,交通事故で負った怪我による痛みなどが残っている状態は,それによって様々な不利益をもたらす可能性がありますので,この点について法律上賠償がされないわけではありません。
実務上は,このような症状の改善が望めない状態による損害の賠償は,「後遺症に関する賠償」として行われています。そのため、「症状固定」と「後遺症に関する賠償」は、裏表の関係にありセットで考える必要があります。
この後遺症に関する賠償ですが,その前提として,自賠責保険の後遺障害等級の認定を受けることが必要となります。
そして,この認定を受けるためには,最低限,症状が長引いていることについて医学的に説明が可能であること,労働能力の低下が認められること,その責任を相手方に負わせることができることが必要となります。
しかし、実際の被害者の中には、痛みやしびれは残っているが、どうしてこの事故からそのような症状が長期にわたって残ることになるのか、医学的に説明がつかないというケースが少なからず見られます。
したがって,症状が残っていたとしても,事故の状況や治療経過から見て,後遺障害の認定を受けられず,結果として後遺症に関する補償が一切受けられないということも相当数見られます(多くの場合,被害者による症状の自己申告以外に明確な根拠がない)。このような傾向は,特に怪我の内容がむち打ちなどの捻挫打撲の方に多く見られます。他にも、精神的な部分が作用して様々な症状が出ているような場合、個々の症状について事故との因果関係を認定するのが難しいケースがあります。
このような場合,被害者の納得感は得られにくくはなりますが,後遺障害の認定を受けられなかったということは、後遺症について「医学的に説明することができない」ということですので,残念ですが、後遺症について賠償を受けることは困難です。
この場合、後遺症を除いた部分での慰謝料等について,可能な限り適切に支払い受けられるように交渉をしていくことになります。
治療の打ち切りへの対応
保険会社から治療費の支払いの打ち切りが通告された場合、とり得る方法は以下の3つです。
打ち切りを受け入れる
治療費の支払いが打ち切られるかどうかは,症状が固定したかどうかによって決まります。
治療費の支払いが止まるかどうかの分かれ目は、痛みがあるかどうかではないのです。
既に述べたように、治療の効果が,いわゆる対症療法としてのものにすぎなくなっている場合には,やはり症状固定と判断されることがありますので、このような状態に至っているのであれば、法的にも保険会社が治療費を支払っていく義務はないという可能性が高いので、この点にこだわることはおすすめできません。
この場合、後遺障害としての補償が受けられるかを検討することになります。
治療費の支払いを延長するよう交渉する
治療によって症状が改善してきているのに保険会社が打ち切りを通告してきた場合、通院を継続して症状のさらなる改善を目指す必要があります。
保険会社に対して治療の継続を求めるときは、単に痛みがあるから通いたいというだけでは説得力に欠けます。
これまでの治療経過から,まだ治療によって症状の改善が見込めるということを,医師の協力を得て意見書を取り付けるなどして主張していく必要があります。
このとき気を付けなければならないのは,整骨院にばかり通って医師の診察を受けていないというような場合には、医師が正確な状態を把握しているとは言えないため、説得力のある主張をすることが難しくなるということです。
弁護士にご依頼いただいた場合、医師に対して現状の問い合わせを行い、治療の継続が可能か検討していくことになります。
自費で立て替えて後日精算を求める
法的に見て治療費の支払継続が妥当であると思われ、そのことを保険会社に訴えても、保険会社が治療費の支払の延長に応じないことがあります。
この場合、健康保険を利用するなどして治療費を抑えつつ自費で通院を継続し、後日慰謝料を含めた示談交渉の際に立て替えた治療費の清算を求めるということが考えられます。
問題となりやすいケース
治療の打ち切りが常に問題となるわけではありません。例えば、骨折をした場合、骨が癒合するまでは打ち切りにならないことは言うまでもありませんし、リハビリが必要な場合、改善の状況を見ながら、医師の判断で終了時期が決められるでしょう。
問題となるのは、医師も本人もいつまで治療が必要なのか分からず、良くなるかどうかも分からないという場合です。
むち打ち(頚椎捻挫)・腰椎捻挫
むち打ち(頚椎捻挫)・腰椎捻挫は、事故によって生じる傷害で最も多く、治療の打ち切りが問題となりやすいケースです。
こうした怪我は、レントゲン写真のような客観的な検査結果(他覚的所見)によってその存在をたしかめることはできず、本人が「痛い」とか「痺れがある」とか言っている以外に、その存在を証明する方法がありません。
また、治療法についても、必ずしも有効性が確立されたものがあるわけではなく、症状の緩和のための温熱療法、電気治療、理学療法といった手法がとられることが多く、実際にどこまで治療が必要なのかの基準もありません。
さらに、痛みなどの症状は、被害者の精神面も影響することが指摘されているため、一層事態を複雑にしています。
他方で、これらの怪我でも、症状が長期間に渡って残存し、完治するまで治療費の支払いをしていた場合、延々と治療費を支払い続けることになり、場合によっては一生支払いが続くということもあり得ます。
しかし、そこまで長期間になると、加齢による症状との区別がつきませんし、長期間賠償の問題が継続するというのも望ましくありません。また、骨折後の癒合のような場合と違い、上記のように本人の訴える症状でしか現状を把握できませんが、それを鵜呑みにしても良いのかという問題もあります。
そこで、ある程度治療をしても完全に良くならないような場合には、どこかで区切りをつける必要があるのです。
一般的には、頚椎捻挫や腰椎捻挫の場合、事故から6か月が経過すれば後遺障害の認定の申請が可能になるとされていますので、これが一つの目安となるでしょう。
この時期になっても症状の改善が見られる場合や、まだ試していない有効な治療法が残されている場合、症状固定に至ったとは言い難いですが、私がこれまでに見てきた案件を見る限り、そのようなケースは多くないと思います。
そのため、頚椎捻挫・腰椎捻挫の場合、基本的には、事故から6か月が経過すれば症状固定と考えてよいと思います(最終的には、ご自身の症状の変化、主治医の見解を踏まえて確定します)。
逆に、事故から6か月が経過し、症状の変化がなく、治療方法にも変化がないのに、通院を継続した場合、後で加害者から治療費を支払ってもらおうと思っても難しいので注意してください。
したがって、現実的に治療の打ち切りを問題視すべきなのは、事故から6か月が経過していないにもかかわらず、保険会社が打ち切りを主張してくる場合です。
上で述べたように、事故から6か月が経過していなければ、後遺障害の認定を受けることは困難ですので、症状が残っているのであれば治療を続ける必要があります。そのため、主治医から意見書を取り付けるなどして治療の延長交渉を行います。
保険会社が一向に延長に応じないようであれば、やむ得ず、自己負担で治療を継続することも検討します。
保険会社が延長に全く応じないという場合、事故が軽微であるということが考えられます。
多少事故が軽微である程度であれば、最終的に裁判を行うなどして治療費の回収を図ることも可能ですが、車の損傷が近くに寄ってみなければ分からないほどの軽微な擦り傷しかないというような受傷の有無にも疑義が生じるような場合、治療費を満額回収することは難しいことがあり得ます。
精神障害
精神障害は、むち打ち症以上に大きな問題となることがあります。
むち打ち症の場合、治療の打ち切りが問題となっている時点で、少なくとも当初と比較すれば相当症状が治まっていることが多く、治療自体に根本的な効果が見られないことについても被害者にある程度自覚があることが多いので、完全に納得することはできないにせよ、打ち切りを受け入れることが可能な場合が多いです。
これに対し、精神障害を理由に通院・服薬等を継続している場合、時間の経過によっても症状が緩和されず、治療自体を止めることが難しいということが少なくありません。
既に説明したように、治療の打ち切り時期である「症状固定」のタイミングは、症状の強さとは無関係ですので、服薬による症状の安定が必要であったとしても「症状固定」に至る可能性はあるのですが、治療費の打ち切りという結論については、被害者はもちろん納得できないですし、医師も否定的な見解を示すことがあります。
また、症状固定とは、「治療を続けてもそれ以上症状の改善の望めない状態」を指しますが、精神障害の場合、将来的に回復する可能性があり、厳密には症状固定とは言い難いという問題があります。
しかし、むち打ち症の場合と同様、いつ回復するのか全く分からないような状況で、延々と治療費の支払を継続していくのは望ましくないので、やはりどこかのタイミングで区切りをつける必要があります。
この時期について明確な基準を示すのは難しいのですが、やはり3年を超えるような長期に至ると既に症状固定になっているのではないかと思われます。
治療延長の交渉は可能か?
では、実際に交渉で治療が延長される可能性があるのかというと、ケースバイケースと言わざるを得ません。
上記のとおり、治療の打ち切りが問題となるケースは、大半はむち打ち症に代表される打撲捻挫で、他覚的所見がないケースです。
このようなケースでは、被害者本人の申告ベースで治療費の支払いを認めていると、延々と支払いを続けていかなければなりませんが、明らかに軽微な事故で被害者が長期間の治療を求めているケースでは、保険会社も支払いに慎重になります。
では、どこで区切りをつけるのかという問題ですが、上で述べたように、ある程度事故の衝撃が強いと思われるようなケースでは、6か月が目安になってくるでしょう。
問題は、それ以外の「事故が軽微」といえる場合の早期の打ち切りのケースですが、何をもって「軽微」とするのかには一律の基準はありません。追突事故であれば、フレームの損傷の有無は一つの目安になると思います(保険会社も自動車の破損状況を重視しています)。
この点については、被害者の年齢や身体的特徴、事故車の損傷箇所など様々な要素が絡むところなので、必ずしも法律的な考え方によって解決ができるわけではありません。
そこで、この点について、保険会社が頑なに延長を拒んできた場合には、弁護士が介入したとしても延長が認められるとは限りません。延長交渉を行う場合には、医師の意見を参考にしながら、どれくらい延長を希望するのかを示すなどしますが、それでも保険会社が応じない場合、一旦治療費をお立替えいただき、後日清算を求めるということもあります。
一概には言えませんが、自動車の破損状況がフレームの損傷まで伴うような場合であれば、延長交渉が成功することが多いです。これに対し、バンパー交換程度で済んで修理費用も10万円前後というような場合、保険会社は治療の延長に応じないことが少なくありません。
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