後遺障害の認定手続
治療を十分に受けても治らない後遺症が残った場合,加害者から当然にその分の補償をしてもらいたいところですが,示談交渉で後遺症に対する賠償を相手方から受けるためには,実務上,自賠責保険で後遺障害(自賠責保険では,保証の対象となる後遺症のことを後遺障害といいます。)の認定を受けることが必須となっています。
また,示談交渉ではなく裁判をしたとしても,裁判所は自賠責保険の認定結果を重視していますので,後遺症が残った被害者にとって,後遺障害の認定を受けられるかどうかはまさに死活問題となります。
そこで,どのようにして後遺症の認定を受けるのか,手続きの流れや各手続の特徴についてご説明いたします。
後遺障害診断書の作成
自賠責保険の後遺障害等級の認定は,「労災補償 障害認定必携」という本に示されている基準に準じて行われています。
これは,労災が生じた場合の保険給付を行う際の基準ですが,自賠責保険の後遺障害の認定にあたっても用いられることとなっています(細かい点で若干の違いはあります。)。
自賠責保険の場合は,労災の場合と異なり,保険の担当者や専属の医師による面談は原則として行われず(醜状障害を除く),書類審査で認定が出されるというところに特徴があります。
そして,認定の基準は,症状によって細かく決まっていて,後遺症が残っているからといって必ず等級が認定されるとは限りませんので,提出書類を見て認定の基準を満たしているかどうかが分かるような形にしておかなければなりません。
この書類の中に,残った後遺症の内容などを記載する「後遺障害診断書」というものがあります。
後遺障害診断書は定型書式を使って医師が作成する重要なものですが,医師にとっては,症状を治すのが仕事であって,自賠責保険に対して後遺症の存在やその原因を証明することは本質的な仕事ではありません。
そのため,医師に書類の作成を任せていると,後遺症の証明のために必要なことが記載されていないということが少なからずあります。その場合,適正な等級の認定が受けられず,必要な補償が受けられないということにもなりかねません。
具体的には,後遺障害診断書に記載のない症状は,基本的に審査の対象となりません。後遺障害診断書は,後遺障害等級の認定のための出発点となるものですので,症状は全て記載してもらう必要があります。
また、視覚・聴覚や胸腹部臓器といった後遺障害の中には、特殊な検査の結果を使って認定の可否を判断しているものがあります。したがって、この検査の結果が記載されていなければ、判定ができないということになります。この検査ですが、治療のために必要というわけではないため,医師が行わないということも多々ありますので,そういう場合,自分でどのような検査結果が認定のために使われているのか把握しておく必要があります。
後遺障害診断書が出来上がったら,それを自賠責保険会社に提出することで後遺障害の認定を受けることができるのですが,この提出方法には次に述べる2通りの方法があります。
後遺障害の等級は誰が決めるのか
後遺障害等級の認定は、損害保険料率算出機構という団体によって行われます。
損害保険料率算出機構とは、「損害保険料率算出団体に関する法律」によって設立された団体で、自動車保険などの保険料を決定する際に参考にされる参考純率を算出しているほかに、自賠責保険の損害調査なども行っています。
この自賠責保険の損害調査業務の中に、後遺障害等級の認定手続が含まれています。
損害保険料率算出機構は、加害者側の任意保険会社からは独立した第三者機関で、中立・公正な立場から損害調査を行うこととなっています。
高次脳機能障害のような特殊な事例を除き、通常は各地にある下部機関である「自賠責損害調査事務所」で損害の調査が行われます。
自賠責損害調査事務所は、損害調査の中で、医療機関に対する照会を行ったり、事故当時者に対して事故状況などの問い合わせをすることもあります。
また、後遺障害の認定は、労災の後遺障害認定の基準に準じることとなっていますので、労災の後遺障害の認定基準を見れば、どの等級に該当するのか見当をつけることができます。
労災の後遺障害認定基準は、労働基準法施行規則別表第二、労働者災害補償保険法施行規則別表第一で示されています。また、詳細な基準は「労災補償 障害認定必携」という本に書かれています。
いずれにせよ、認定の基準は法令によって定められています。
事前認定と被害者請求という2つの認定手続き
後遺障害等級の認定は,上記の損害保険料率算出機構の調査結果を踏まえて行われることになりますが,申請方法としては,任意保険会社による事前認定手続きと,被害者自らが申請する被害者請求の手続きがありますので,両者の違いについてご説明いたします。
被害者請求
被害者請求とは、被害者が、自賠責保険会社に対して直接賠償金(保険金)を請求する手続のことです。
自賠責保険は、加害者が被害者への賠償金を支払うための保険で、被保険者(保険の対象となる人)は加害者ですので、本来であれば、使用するのは加害者であって被害者は保険の当事者ではありません。
しかし、それでは加害者に十分なお金がなかったり、不誠実で対応をしてくれないような場合に、いつまでも被害者に必要な賠償が行われないこととなってしまいます。
それでは被害者保護として不十分であるため、自動車損害賠償保障法(自賠法)16条1項により、被害者が直接自賠責保険金を請求することが認められています。自賠法16条に基づくものであるため、16条請求とも呼ばれています。
被害者請求の場合、後遺障害に関する賠償金の請求するために,後遺障害診断書の他に,支払請求書,交通事故証明書,事故発生状況報告書,治療中の診断書等を提出する必要があります。
事前認定
事前認定は,加害者側の任意保険会社が自賠責保険分も含めて被害者に対して賠償金を支払うにあたって(任意一括対応といいます。),自賠責保険から後遺障害分の保険金の支払いが出るかどうかを事前に確認を行う手続です。
加害者側の任意保険は、自賠責保険の上乗せ保険にあたりますので、その支払いは自賠責保険からの支払いを前提としています。そこで、先に被害者に対して支払いをした後で、自賠責保険金を請求したところ、自賠責調査事務所が後遺障害に該当しないという判断を下してしまうと、上乗せ部分に加えて本来支払う必要のない自賠責保険分まで支払いをしたことになってしまいます。
そうならないために、被害者への支払いを行う前に、自賠責調査事務所に後遺障害等級に該当するかどうかの調査を依頼しているのです。
事前認定の場合,任意保険会社に後遺障害診断書を提出すれば,残りの資料集め等の手続は保険会社が行ってくれるというものです。
2つの手続のメリットとデメリット
大前提として、後遺障害等級を認定する機関は、損害保険料率算出機構の自賠責損害調査事務所というところで、被害者請求でも事前認定でも変わりはありません。
また、認定をするための必須資料である後遺障害診断書や通院時の診断書、画像資料といったものも共通しています。
したがって、事前認定でも被害者請求でも、認定の前提となる提出資料の「大部分は同じ」ということになります。
両者を比較すると、事前認定は、後遺障害診断書を任意保険会社に提出するだけで済みますので、手続的に簡単で、弁護士に依頼する必要もないというメリットがあります。
反面、後遺障害診断書以外に提出される書類について被害者側でコントロールすることができないというデメリットがあります。
そのほか、事前認定の場合は保険会社が被害者にとって不利な書類・意見書を提出する可能性があるので、被害者請求にした方がよいなどと言われることがあるようです。
しかし、この点は、被害者請求が行われた時点で加害者側に賠償金の支払いの有無などの照会が行われることになり、その際に相手の保険会社が意見を述べることはできますので(実際に保険会社から「意見書を出す」と言われたことがあります。)、この点も被害者請求のメリットとはいえません。
ただ、被害者請求は手続的に手間がかかるので、被害者本人が資料を集めるのが大変であるというのがデメリットですが、必須書類の他に、有利な書類があれば提出することができ、提出する書類を自分で管理できるというメリットがあります。
したがって、必須書類のほかに、認定にあたって有利に働きそうな資料を準備できる場合は、被害者請求を行った方が良いでしょう。
※ただし、上述のように提出資料の大部分は共通していますので、被害者請求を行った方が認定の確率が上がるというような趣旨ではありません(少なくとも、弊所では「被害者請求の方が確率的に有利」とは考えていません)
⇒詳しくはこちら「被害者請求は本当に被害者にとって有利なのか」
また、被害者請求の直接的なメリットとして、等級の認定が受けられれば、保険会社との示談交渉を待たずに、等級に応じた自賠責保険金が支払われるということがあります。
自賠責保険金は、将来の逸失利益や慰謝料を含めて一時金で支払われますので、事故の影響で経済的に生活に苦しく、示談交渉に時間をかけられないという場合に、これを生活費に充てることにより、時間をかけて交渉を行い、十分な金額の示談金を取得するということが可能になります。
認定が出るまでの期間
被害者請求の場合、画像資料の取り付けなども行わなければならないので、申請を行ってから結果が出るまでの期間は,1か月~3か月程度のことが多いです。
事前認定の場合、任意一括対応で治療費の支払いをしている延長の手続ですのでスムーズに進み、被害者請求よりも若干早く結果が出ることがあります(それでも、1か月程度は見ておいた方がよいでしょう。)。
高次脳機能障害や非器質性精神障害など,専門部会による検討が必要なケースでは,より長期の審査が必要となることがあります。
認定結果が届いたら
後遺障害等級の認定が出ると,被害者請求であれば自賠責保険金を受け取ることができ,事前認定の場合は,認定結果をもとに相手方から賠償金の提示がされます。
いずれにせよ,損害額を全額補償するには不足していることが多いため,弁護士が保険会社と賠償金額の不足分について交渉をしていくことになります。
弊所では、この賠償金の示談交渉に最も力を入れています。
また,認定結果に納得できない場合には,自賠責保険会社に対して,異議申し立てを行います。
異議申し立てにあたっては,原因を精査した上で追加の検査結果などの資料を添付し,異議申立書を作成していきます。
異議申し立ても,やみくもに行っても良い結果は得られませんので,弁護士にお任せいただくことをおすすめします。