代表者の事故で会社の売上が下がった場合

2021-11-02

 交通事故の被害者の中には、社長など会社の代表者である人もいます。

 そして、会社によっては、社長が事故で仕事を休んだ結果、会社の売上が減少するということがあり得ます。

 被害者にとっては(特に小規模な会社であれば)、通常の休業損害と同様に加害者が賠償をしてしかるべきであると思うかもしれません。

 しかし、一般的な給与所得者が仕事を休んだ結果、勤務先から給与が支払われなくなったような場合と、上記のような会社に損害が生じたようなケースとでは損害賠償の場面では明白に異なります。

 そこで、今回はこのような交通事故の被害者が仕事ができなくなった結果、会社に損害が生じた場合にどのような処理がされるのかについて説明します。

最高裁判例

 今回のようなケースについては、有名な最高裁昭和43年11月15日第二小法廷判決というものがあります。

 この事故は、薬剤師であった被害者が、無免許運転のスクーターにはねられ、眼に障害が生じた結果、経営していた有限会社の利益も減少したため、会社の損害についても賠償を請求したというものです。

 結論として、裁判所は、会社からの請求を認めました。

 しかし、このケースでは、以下のような特徴がありました。

 ①会社には被害者以外に薬剤師がおらず、元々個人で薬局を営んでいたが、納税上の理由で有限会社の形にしたに過ぎず、実質は個人営業の薬局

 ②社員は被害者と妻のみで、妻は名目上の社員

 このような事情の中で、裁判所は、「被上告会社は法人とは名ばかりの、俗にいう個人会社であり、その実権は従前同様直個人に集中して、同人には被上告会社の機関としての代替性がなく、経済的に同人と被上告会社とは一体をなす関係にあるものと認められる」ということを理由に、会社の損害賠償請求を認めました。

判断の基準

 上記の最高裁判決を元に、実務上、会社と被害者個人が「経済的に一体といえるかどうか」を基準に、会社からの請求を認めるかどうかを判断されるようになっています。

 この「経済的一体性」の判断にあたっては、資本金額・売上高・従業員数等の企業規模、被害者の地位・業務内容・権限、会社財産と個人財産の関係、株主総会・取締役会の開催状況等により判断されるとされています(日弁連交通事故相談センター東京支部編「交通事故による損害賠償の諸問題Ⅲ」243頁)。

 この条件を満たすだけでも難しいのですが、現実に請求する場面を考えると、これらの事情を証明するための書類を揃えることの難しさも考えなければなりません。

 大前提として、損害賠償の請求をする場合、各種資料は被害者が集める必要があります。

 「加害者が悪いのだから加害者が動くべきだ」というような理屈は通用しません。

 そして、この種の請求では、弁護士だけで収集することのできる証拠には限界があり、相当程度被害者本人の協力が必要であるということを頭に入れておく必要があります。

 この他に、被害者が仕事をいつ・どれだけ・どういう理由で休んだのかも当然証明する必要があるでしょう。

 長期入院を余儀なくされ、その期間分を請求するのであればともかく、退院した後も休業が続いたような場合、仕事を実際に休んでいて、休みが必要だったことを証明するのは容易ではありません。

 この点についても、休みが必要だったことが後で検証できるように、何らかの形で証拠化しておく必要があります。

 いずれにせよ、ある程度証拠をそろえたとしても、保険会社が交渉で支払いを認める類のものではありませんので、裁判はほぼ必須となるでしょう。

反射損害

 上記のような場合と関連して、代表者が仕事を休んだにもかかわらず、会社が休まなかった場合と同様の報酬を支払った(減額しなかった)場合があります。

 これは、本来、加害者が支払うべき休業損害を会社が肩代わりして支払ったもので、会社にとってはいわば無駄に報酬を払ったことになりますので、会社が加害者に対して無駄になった分を損害として請求することができます。

 ただし、この場合でも、仕事をいつ・どれだけ・どういう理由で休んだのかを被害者が資料を元に証明する必要があります。

まとめ

 以上のように、残念ながら、交通事故で代表者が負傷し、それによって会社の売上が減少したというような場合、この売上減を加害者に賠償させるのは非常にハードルが高いものとなっています。

 通常、会社には代表者以外に従業員がいますので、代表者が仕事を休んだからといって、企業活動そのものが止まるというものではありません。

 それにもかかわらず、代表者の休業=会社の損害とするのであれば、そのような例外的な事情があることを説明しなければならないのです。

 また、会社と被害者個人が経済的に一体の関係にあるという例外的な場合であっても、そのことを証明できるかどうかは別の問題で、さらに、被害者の休業の状況・必要性についても証明する必要があり、提出しなければならない資料の量も多く、裁判はほぼ必須です。

 裁判所に提出する訴状等の書面は弁護士が作成しますが、資料については、被害者である会社代表者が管理しているものですので、該当する文書を探したりすることは被害者本人が行わざるを得ません。

 そのため、会社の代表者が交通事故に遭って、会社の売上が減少したことを相手に賠償させることを求める場合、資料提出について被害者ご本人にも相応の協力をしていただく必要があります。

 逆にいうと、上記のような例外的な場合にあたり、証明のための労力も厭わないというような場合であれば、適切に証拠を集めて、加害者に賠償の請求をしていくとよいでしょう。