「赤い本」について
弁護士が交通事故業務に携わる際,必ずといって良いほど参照する書籍に「赤い本」と呼ばれる本があり,最近ではインターネットを通じてこの本のことをご存じの方もいらっしゃるようなので,どのような書籍なのかを紹介したいと思います。
概要
この本は,正式名称を「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」といい,「公益財団法人 日弁連交通事故相談センター 東京支部」というところから毎年刊行されています。
日弁連交通事故相談センターとは,交通事故の相談を受け付けていたり,示談のあっせん等を行っている組織です。
そのため,「赤い本」は,交通事故に詳しい専門家によって執筆された本であると言ってよいでしょう。
「赤い本」は,上巻と下巻に分かれていて,上巻は「基準編」,下巻は「講演録編」となっています。
上巻の方は,毎年それほど大きな変更はありませんが,損害賠償の基本的な考え方や計算方法などが書かれています。
これに対して下巻は,東京地方裁判所の交通事故を専門に扱う部署(民事第27部)に所属する裁判官による講演と,その他の医師などの専門家による講演の内容を収録したものとなっていて,それまでに掘り下げて論じられていなかったことや,考え方に変化があったようなことが取り上げられています。
この点は,実際に審理している裁判官からその見解が示されるものですので,かなり貴重な内容となります。
最新の考え方が分からなければ,適切に事故を解決に導くことはできませんので,交通事故を専門に扱う弁護士であれば,毎年購入するような重要な書籍といえます。
書籍の読み方
「赤い本」の上巻には,基本的な計算方法の他に,実際の裁判でどのような判断がされたのか様々な事例が簡単に紹介されていますので参考になります。
ただ,この裁判例には,ある意味際立った裁判が多く含まれているので,読み方には注意が必要です。
簡単に言うと,過去の裁判で認められたことがあるものについて網羅的に掲載されていて,最近の裁判の傾向とは必ずしも一致しないものが含まれています。
もちろん,請求する際には,可能性のあるものについては一通り検討すること正しい姿勢であるため,こういったものを軽視することはできません。
しかし,そこで書かれているから,裁判で自分の言い分が認められると当然に考えていると痛い目にあうことになります。
実際に現在の実務でどのように考えられているかのといった「相場」を掴むためには,信頼できる専門の書籍や赤い本であれば下巻を読んだり,最近の裁判例を自分でリサーチするなどして確認するほかありません。
そのように検討したうえで,現在の実務の考え方からすればおよそ認められないような請求については,初めから行わないという判断も必要となるでしょう。
高額の請求をすることは自由ですが,裁判の場合,請求金額に応じて手数料が高額になりますし,ほとんど認められないような主張にこだわった結果,いたずらに解決までの時間が長引くということもあります。
よくある誤解は、「自分に有利な裁判を見つけることができれば、それで交渉や裁判に勝てる」というものです。
まず前提として、各事案は全く同じものはひとつして存在しないため、細かい事実の相違によって結論が変わることがあるということがあります。また、裁判官ごとに判断の仕方に差がありますので、ある裁判官がシロだといったものが別の裁判官はクロだということもありえます。
したがって、自分に有利になるような事例を一つ見つけた程度では、交渉や裁判にはほとんど役に立ちません。
実際に必要となるのは、根拠となる「考え方」であったり、過去の事例を指摘する場合には、一つだけではなく、複数指摘することで、実務の相場を示さなければなりません。交渉や裁判はそれほど甘いものではないのです。
慰謝料の基準
「赤い本」には,慰謝料額の基準が掲載されていますが,この部分が交通事故に携わる弁護士や保険会社の担当者が最も参照している部分だと思います。
なぜなら,慰謝料が発生する原因である「苦痛」は,目に見えないもので,その大きさを計ることは困難であるため,何らかの目安がなければ,いくら支払われるのが妥当なのか分からないからです。
一般的に,慰謝料額の「弁護士基準」とか「裁判基準」とか言われるとき,真っ先に思い浮かぶのがこの「赤い本」の基準だと思います。
ただし,これはあくまでも目安ですので,その金額が絶対に正しいというわけでも,裁判をすれば100%認められるというわけでもありません。増額することもあれば減額になることもあります。このことを忘れないようにしましょう。
示談交渉の場面での位置づけ
「赤い本」は,交通事故に携わる者にとっては広く知られているものですので,保険会社も当然知っています。
したがって,「赤い本」でも認められていないような請求に応じることはほぼあり得ないといってもよく,逆に,「赤い本」で紹介されている考え方を示しても,応じないことがあります。
既に述べたように,「赤い本」で紹介されている事例が,必ず個々の事案に当てはまるとは限らないためです。
とはいっても,慰謝料の基準や基本的な計算方法は実務上かなり確立されてきているといいため,示談のための目安として非常に有用です。
最終的には,仮に裁判をしたとして請求が認められない可能性がある部分はどこなのかを考慮に入れつつ,示談する金額を決めていきます。
その際は,「赤い本」以外の文献や裁判のデータを参考にしていくことになります。
まとめ
「赤い本」は,示談交渉をしていく際の指針となりうるものですが,それだけで足りるものではありません。
「赤い本に書いてある」と言えば応じてくれるほど保険会社や裁判所は甘いものではないので,自分の言い分を通すために,入念な調査を行いましょう。