示談後に後遺症について請求をする場合

 治療が終了し,大したケガでもないと考えて相手方と示談をしたところ,しばらくしてから後遺症が出てきたということがあります。

 このような場合,すでに示談した金額に加えて,後遺症が出てきたことに対する損害賠償の請求をするには,いくつかの問題があります。

示談の目的とは

 示談の目的は,示談をすることによって紛争をすべて解決したということにすることにあります。

 そのため,示談をするときに作成する示談書の中には,清算条項(放棄条項)と呼ばれる条項を入れるのが通例です。

 文言としては,「本示談書に定めるほか何らの債権債務のないことを確認する。」などとなります。

 これを入れなければ,加害者側としては,せっかく示談をしても再度請求される可能性があり,いつまでも紛争が解決しないということになりますので,この条項は必ずと言っていいほど入っています。

 したがって,示談をするということは,相手方に対して,原則として示談書に書かれているもの以外については請求しないということを約束するということにもなります。

示談後に後遺症について請求はできるか

傷害部分の先行示談 

 まず、後遺症が残っていて、その後遺障害等級の認定がまだされていない状態であっても、経済的に困窮しているなどの事情から、既に確定している入通院時の損害(傷害部分)について早期に解決したいというニーズがあります。

 この場合、当事者の合意の上で、傷害部分を先行して示談することは可能です。そうすることで、後遺障害等級の認定や後遺症部分の賠償交渉に時間がかかる場合でも、経済的な負担を軽減することが可能となります。

 しかし、示談は、上で述べたように、示談書に書かれているもの以外一切の請求をしないという約束のもとで行うものですから、そのような示談をする場合には、後述のように、後遺障害部分は後回しにすることを示談書上でも明らかにしておく必要があります。

予測していなかった後遺症の請求

 示談の趣旨が紛争を終わらせることにある以上,後遺症が残る可能性があることが分かった上で示談をした場合,追加で請求することは困難です。

 しかし、一部の障害は、事故から間を空けてから症状が出ることがあり、その場合、示談をしたときに全く予想できなかったような後遺症が生じたといえれば,改めて請求できる可能性があります(最高裁昭和43年3月15日判決)。

 しかし,当然に請求することができるわけではありませんので,後遺症の可能性があるのであれば,安易に後遺症についての留保もせずに示談をするのは避けるべきです。

時効の問題

 示談の効力によって請求が妨げられないとしても、事故から相当の期間が経過した後で賠償金の請求をしようとした場合、期間制限の問題がないかを確認する必要があります。

 交通事故の損害賠償責任は、民法709条の不法行為責任をベースとしています。そして、この不法行為責任は、「損害と加害者を知った時から3年(変動の可能性あり。令和2年4月1日以降に発生した事故で、人身損害については5年)」で時効により消滅するとされています。

 ひき逃げなどでない場合、基本的には物損については事故時から3年、人身については症状固定日から5年と考えられることができます。

 特に、高次脳機能障害の場合、年少者が被害者となった場合、ある程度成長してみないと障害があるかどうかが判断できないようなところがあり、そのような場合、事故から相当期間経過した時点を時効の起算点とすることもあり得ます。

 また、「不法行為の時から20年」を経過した場合も同様に時効により消滅するとされています。

 この20年の期間制限については、民法改正前は「除斥期間」といって、期間の更新などが認められず、20年が経過すれば基本的に一律で請求できなくなっていて、起算点をずらすということも容易には認められない性質のものでした。

 しかし、民法改正により消滅時効ということになりましたので、相手方が請求を認めるなどしていれば、20年を経過していても請求できるようになりました。

対策は?

 そうはいっても,将来的に後遺症が残るかどうかは分からないし,後遺症を除いた分だけでも早く解決をしたいという気持ちもあると思います。

 そこで,実務上は,後遺症を除いた傷害部分のみの示談をしつつ,示談書の中に,「ただし,後遺障害が認められた場合には,その損害の支払いについて別途協議する。」といった一文を入れておくようにすることがあります。

 こうすることで,その時点で示談可能な範囲で示談を進めて示談金を受け取りつつ,将来の不測の事態に備えることもできます。

 さらに、消滅時効の問題を回避するため、新たな後遺症が発覚した段階で、速やかに加害者に請求を行うなどの措置をとる必要があります。

 以上のように,示談は,紛争の解決手段としては便利ですがリスクも伴いますので,示談をする際には内容をきちんと確認することが必要です。

 また,後遺症について賠償を請求したいけどすでに示談をしてしまったという場合でも,請求が可能な場合もあります。

 示談に関してお困りの場合は,一度弁護士にご相談ください。

最近の東京高裁の判決について

裁判の概要

 上記のように、後遺障害部分について留保した上で、傷害部分を先行して示談させるということが実務においてはあるのですが、この点について、東京高裁令和4年2月16日判決で、傷害部分示談後に、「裁判で」後遺障害部分の請求をすることを封じられたという例がありますのでご紹介します。

 この事例は、そもそも後遺障害の発生自体を裁判所が認めなかったケースですので、そもそも請求が認められる余地はなかったのですが、それをおいたとしても、傷害部分の示談をする際に、以下のような文言が含まれていました。

 「本件事故後相当因果関係のある後遺障害が被害者に発生し,医師の診断に基づき申請を行った結果,自賠責上の後遺障害等級に該当した場合は,その認定等級に基づき別途賠償について協議をする事とする。」

 これは、傷害部分を示談する際に一般的に用いられる文言で、弊所で示談を行う場合も、同様の文言の挿入をお願いしています。

 まず、このような文言があれば、自賠責保険で(事前認定でも被害者請求でも)後遺障害等級が認定された場合には、後遺障害部分について改めて賠償を求めることが可能であり、ほとんどのケースで問題が生じることはありません。

 ただ、この裁判で問題となったケースは、自賠責保険の被害者請求で後遺障害の認定が得られなかったため、裁判所に後遺障害の存在を認めてもらおうとして起こされた裁判でした。

 このように、自賠責保険では後遺障害が認められなかったような場合に、裁判所で後遺障害を認定してもらおうとすることは実務上あることで、裁判所では参考にする資料に制限が特になく、被害者本人の尋問等も行うことができますので、裁判をすることで後遺障害が認定されることもあります。

 この裁判で被害者の弁護士はこれを狙ったものと考えられます。

 しかし、裁判所の判断では、あくまでも「自賠責保険で」後遺障害の認定がなければ、追加の請求はできないと考えられ、裁判所で後遺障害分の賠償を認めさせることはできないという結論となってしまいました。

弁護士のコメント

 上記のように、そもそも請求が認められる余地がなかったとはいえ、示談の効力の部分については被害者にとって不利になるようにも見えるので、この点についてコメントします。

 この裁判の結果を見て思ったのは、そこまでこの点が争いになるのであれば、自賠責保険会社に対しても保険金請求の訴訟を同時に提起しておけば良かったのでは?ということです。

 過去の判例から、裁判所は、自賠責保険金請求訴訟について、独自の支払額の認定を行うことができるとされています(最一小判平成18年3月30日等)。

 したがって、裁判所において、自賠責保険における等級認定をすることも可能です。また、実務上、自賠責保険は、被害者と加害者との間の裁判の結果を尊重するとも言われています。

 今回の示談書の内容からすると、自賠責保険の等級が認定されていれば、任意保険に対して不足分の請求ができたのですから、被害者側の弁護士としては、このように自賠責保険金の請求を先行させるなり、同時に訴訟提起するなりしていれば、今回のような問題は回避できたはずです。

 逆に言うと、このように容易に回避できる問題ですので、上記のとおり裁判所は自賠責保険の等級認定を行うことも可能ですから、そこまで機械的に考えて被害者側の請求を否定する必要まであったのか裁判所に対しても疑問に感じるところです。このような裁判所と自賠責保険実務からすれば、今回の示談書の文言から、裁判所で後遺障害等級が認定された場合でも、加害者は別途賠償に応じなければならないと解釈することが十分に可能だと思われるからです。

 いずれにせよ、通常は初回の被害者請求や異議申立手続で後遺障害等級が認定された場合に追加請求を行うことになりますので、ほとんどのケースでこの裁判のような問題は生じないでしょう。

 また、敢えて裁判所での後遺障害認定にかけたいという場合でも、上記のように自賠責保険金請求訴訟を行うなどすれば、問題は回避できると思われます。

 したがって、実務上の影響はそれほどないのではないかと思います。

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