死亡事故と相続について
交通事故の被害者となった場合、通常であれば、被害者本人が加害者(保険会社)に対して損害賠償の請求をすることになり、第三者が代わりに請求することはできません。
しかし、交通事故によってご家族を亡くされた場合、被害者本人は賠償金の請求をすることはできず、相続人等が被害者本人に代わって損害賠償の請求をすることになります。
ただし、若干考慮しなければならないことがありますので、ここでは、死亡事故の場合の損害賠償の請求がどのような理屈で、どのような範囲で行われるのかについて解説します。
目次
死亡事故と相続の基本的な考え方
相続の基本的ルール
基本的な考え方ですが、死亡事故の場合、被害者本人が取得する損害賠償請求権は、死亡により相続人が取得することになります。
その上で、実際に相続人から加害者に対して損害賠償の請求をするにあたって、遺産分割の手続をしておく必要があるのかが問題になります。
このことを考えるには、相続の基本的なルールを確認する必要があります。
まず、相続が生じると、相続財産は「共有」(民法898条)の状態となります。
そして、一般的に、金銭その他の可分債権は、民法427条により、当然に分割されることとなります(最高裁昭和29年4月8日判決、平成16年4月20日判決等)ので、各相続人が、その相続分にしたがって権利を行使することができることになります。
これに対し、近時、一見可分債権のようにも思える預金債権等の一部債権について、その特殊性を指摘した上で、遺産分割の対象となり当然に分割されないという判断を示しています(最高裁平成28年12月19日決定等)。
これによれば、各相続人は、加害者(保険会社)に対して、共同して権利を行使しなければならないことになりますが、交通事故の損害賠償請求権の場合、通常の金銭債権であると考えられるので、当然に分割されると考えることになると思われます。
したがって、交通事故の損害賠償請求は、各共同相続人が、それぞれその相続分に応じて加害者に対して行うことになると解されます。
ただし、加害者側の立場から見ると、各相続人への対応に違いが生じるのは好ましくないと思いますので、示談交渉等を行う場合は足並みを揃えていった方が良いでしょう。
各共同相続人が取得する賠償金の割合
各共同相続人が請求可能な割合ですが、法定相続分にしたがうものと考えられます。
相続人の範囲と各相続分は法律で定められていて,
- まずは配偶者(2分の1)と子供(2分の1),
- 子供もその代襲相続人もいなければ配偶者(3分の2)と直系尊属(3分の1),
- さらに直系尊属もいなければ配偶者(4分の3)と兄弟姉妹(4分の1)となります(民法887条,889条,890条)。
配偶者以外の者が複数いる場合、その人数でさらに等分することになります。
ただし、近親者慰謝料は、個々の遺族と被害者との関係によって金額が変わってきますので、賠償金の総額を単純に相続分で割ればいいというわけでもありません。
取得しなければならないもの
このように、各遺族が請求することの出来る金額は、相続人がどれだけいるのかによって変動することになりますので、加害者に賠償金を請求する前に相続人がだれなのかを確定しなければなりません。
相続人を確定するためには、通常、亡くなった被害者(被相続人)の出生から死亡までの戸籍を全て取得する必要があります。転籍が複数あったり戸籍の改製があったりすると、取得しなければならない戸籍の数も多くなるので、手間がかかることがあります。
※当事務所では、被相続人の戸籍については代行して取得することが可能です。
また、子供がいない相続人が死亡していた場合には、やはり相続人の数が変わってくることになりますし、特別養子縁組の可能性もありますので、各相続人の戸籍も必要です。
さらに、交通事故に固有の事情として、自賠責保険の近親者慰謝料の計算方法が決まっていることから、死亡事故で自賠責保険金を請求する場合には、被害者の両親が相続人にならない場合でも(既に死亡している場合を含む)、その両親の戸籍謄本(死亡している場合は除籍謄本)の提出が必要となってきます。
相続を前提にしなくても請求可能なもの
以上のように、死亡事故の場合、基本的に、亡くなった方の相続人が損害賠償請求権を法定相続分に応じて取得するという考え方になりますが、亡くなった方の債務等の関係で,相続をすることが事実上できず,相続放棄をせざるを得ないということもあります。
相続放棄は,「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」(民法915条)に家庭裁判所に対して申し立てる必要があります。
相続放棄をするとはじめから相続人ではなかったことになりますので,相続放棄をした場合には,相続人としての地位では損害賠償請求ができなくなります。
しかし、このような場合でも、遺族にとって、大切な家族を失ったことによる損害が生じていることは否定できません。
そこで、相続を前提としなくても加害者に請求することができるものがないかを検討します。
遺族固有の慰謝料
ご遺族の方にとって,大切な方を亡くされた精神的な苦痛は計り知れませんが,精神的な苦痛に対する損害賠償は,慰謝料という形で行われます。
かつては,被害者本人の慰謝料を相続することができるのかということが問題とされたこともあったのですが,現在では相続することができるということで実務上は決着がついています。
死亡事故の慰謝料の請求は、この被害者本人の慰謝料の部分がメインになってきます。
しかし,それだけでなく,亡くなった被害者本人の近親者についても、固有の慰謝料の請求が認められています。
そのため、やむを得ず相続放棄を行った場合でも、この近親者慰謝料の請求をすることが考えられます。
ただし、遺族固有の慰謝料よりも被害者本人の慰謝料の方がかなり高額に算定されることが一般的です。
遺族の扶養利益
ご遺族の方の中には,亡くなった方の収入によって生計を立てていたという方も少なくないと思います。
そのような場合,被害者が亡くなることによって,それまでと同様に生活をしていくことが困難になります。
このような,扶養が受けられなくなったことによる損害については,被扶養者自身が有していた扶養利益の侵害として損害賠償を求めることができます。
ただし,この請求によると,実際に被害者が存命だった場合、被害者の収入のすべてが配偶者や子供の扶養にあてられるわけではないことから,事故に遭わなければ被害者本人が得るはずであった利益(逸失利益)の請求をするよりも金額的には小さくなると考えられます。
したがって,きちんと賠償をしてもらおうと思えば,やはり被害者本人の逸失利益として請求した方が良いことが多いです。この被害者本人の逸失利益の請求は,相続によって可能になります。
生命保険金
加害者に対する請求ではありませんが、生前に生命保険に加入されていた方が事故で亡くなられた場合,生命保険金が支払われることになります。
生命保険金と相続との関係なのですが,生命保険金請求権は,受取人が固有の権利として取得するものですので,相続財産の対象とはならないとされています(最高裁昭和40年2月2日判決)。
したがって、この生命保険金の請求も、相続放棄をしていても可能なものといえます。
なお、相続の関係で付け加えると、生命保険金は基本的に特別受益の対象とはならないと解されていますが,相続財産の総額に占める割合が相当大きい等、他の相続人との間で著しい不公平が生じるような特段の事情がある場合には、特別受益の場合に準じて,持戻しの対象となることがあります(最高裁平成16年10月29日判決)。
持戻しになると、具体的相続分の算定にあたって、持戻し分を加算して計算することになります(持戻し分が遺産分割の対象になるわけではありません。)。
生命保険金と損益相殺
損害賠償は,原状回復(事故の前の状態に戻すこと)を目的とするものですので,それ以上に事故によって利益を得ることは認められていません。
したがって,加害者からの賠償以外で、事故によって何らかの利益を得ていた場合,加害者に対して請求することができる額からその分を差し引くことになります。
そこで,生命保険金を受け取ったことにより,その分請求できる額が減ってしまうのか(例えば、加害者への請求が5000万円で生命保険金が1000万円だった場合に、請求できるのは4000万円になってしまうのか)が問題となりますが,生命保険金は賠償金の請求にあたって差し引かなくてもよいとされています(最高裁昭和39年9月25日判決)。
その理由を、「生命保険契約に基づいて給付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し、もともと不法行為の原因と関係なく支払わるべきものであるから、たまたま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人たる被上告人両名に保険金の給付がされたとしても、これを不法行為による損害賠償額から控除すべきいわれはない」としています。
そうすると、同様に支払った保険料の対価である人身傷害保険金についても損益相殺の対象とならないのではないかと思われます。しかし、この点は保険によって、人身傷害保険金が支払われた限度で、損害賠償請求権が被害者から保険会社へ移転することとされていますので、その分、被害者が加害者に請求できる金額が減ることになります(保険代位)。
このことを、裁判所は「損益相殺的調整」などと呼んでいます。