交通事故の後遺症と賠償金
はじめに
交通事故で被害者が大きなけがをした場合,治療をしても完全に元通りにはならず、何らかの症状・障害(後遺症)が残ってしまうことがあります。
後遺症が残ってしまった場合、短期的な怪我の治療費や慰謝料とは異なり、生涯にわたって悩まされる様々な苦痛に対して補償が必要となりますので、賠償金の額も大きなものとなります。
ここでは、後遺症に対する賠償金の請求に関して弁護士が解説します。
後遺障害とは
後遺症に関してどのような請求が加害者に対して可能かを考える前に、まず交通事故の賠償の場面で使われている「後遺症」あるいは「後遺障害」という用語について解説します。
上でも述べたように、一般的には、怪我や病気の治療が完了しても残ってしまった何らかの症状のことを後遺症と呼びます。
さらに,交通事故の賠償の話をするときに、「後遺障害」という用語を用いることがありますが、これは自賠責保険で用いられている用語のことを指します。
自賠責保険の後遺障害とは、「症状の固定した状態で,残った症状について,将来においても回復が困難と見込まれる精神的または身体的なき損状態で,その存在が医学的に認められ,労働能力の喪失を伴うもの」を指します。
ここでのポイントは、①症状が固定していて将来においても回復が困難と見込まれるもの、②その存在が医学的に認められるもの、③労働能力の喪失を伴うものの3点です。
このように、「後遺障害」では、単に「後遺症」といった場合とは異なり、医学的な証明や労働能力の喪失の有無までは問われることになりますので、「後遺障害」は、一般的な「後遺症」と比較すると、狭い概念であることが分かります。
症状固定
後遺障害に関する加害者から被害者への賠償とは、「症状固定後」に治ることがなく残った各種症状に対する賠償のことを指しています。
つまり、これ以上治療をしたり経過観察を続けても、症状が変わることがなくなった場合に、治療としては打ち切って、残ってしまった症状をベースに賠償金の額を決めていこうということです。
症状固定前は、治療費や交通費、休業損害の実費を補填することになるのに対し、症状固定後は、そのような都度清算を行わず、将来分までを一括して清算することになります。
このように、症状固定の前後で賠償の方法を変えるのは、症状固定後も延々と都度清算を行うことはいつまでも事故を巡る交渉や支払いが終わらず、双方にとって負担が大きいのに対し、症状が固定して変わらずに続いていくのであれば、被害者に今後生じる損害についてある程度予測することができるため、一括清算も可能だからです。
そのため,後遺症が残ったといっても,症状が固定したとはいえないような場合には、まだ後遺障害の申請をするには時期尚早ということになります。
症状の固定とは、一般的には、「医学上一般に承認された治療方法をもってしても、その効果が期待し得ない状態で、かつ、残存する症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達したとき」をいうと考えられています。
ここでのポイントは、症状を改善させるための有効な治療方法が残されていないこと、時間の経過によっても改善が見込めないことの2点です。
例えば,骨折をした直後で可動域に大きな制限が生じていたとしても,時間の経過によって骨癒合が進み,症状が改善することが見込まれるような場合,その段階で後遺障害とみなすことはできません。
あるいは、これまでに試されていない治療方法を行うことによって、症状の改善が見込まれるというような場合にも症状固定とはいえないということになります。
したがって、後遺障害の認定が出ずに納得できないという方でも、後遺障害診断書作成時と比べて現在の症状が軽くなっているというような場合は、そもそも後遺障害診断書作成時には症状固定に至っていなかったということになりますし、現在残っている症状は後遺障害と呼べる程度のものなのかということも考えないといけないでしょう。
例えば、むち打ち症で事故から3か月程度で後遺障害診断書を作成してもらい、認定の申請に出したとしても、ほぼ確実に等級の認定はされないでしょう。なぜなら、治療の継続または時間の経過により、4か月目、5か月目には症状が消失しているかもしれないからです。むち打ち症のような打撲・捻挫の場合、後遺障害認定のためには、一般的に半年程度の通院加療が必要と考えられています。
なお、症状の固定は治療の打ち切りと表裏の関係にあります。実際に症状固定に至っているのであれば、治療の延長交渉を行っても認められない可能性が高いです。
後遺障害の存在が医学的に認められるもの
さらに,後遺障害等級が認定されるには,最低でも,受傷状況からその症状が後遺症として残るということについて、「医学的に説明がつく」ことが必要になります。訴えが事実であったとしても、それが医学的に説明がつかないものであれば、やはり後遺障害に認定することはできないということになります。
つまり,何らかの症状が残っていれば,日常用語でいう「後遺症」があるということにはなり得ますが,賠償の場面で使われる「後遺障害」は,加害者に金銭を負担させるという性質を持つものですので,金銭的な賠償のレベルでないものや,説明のつかないような症状については,認定の対象とはならないということです。
さらに、13級以上の等級が認定されるためには、基本的に「医学的な証明」が必要となってきます。
14級は、痛み等の後遺障害について、その原因を医学的に特定することができなくても、事故状況や治療経過等に照らして、後遺症となることが十分にあり得るようなものであれば、認定が可能です。
これに対し、13級以上となると、症状の原因がCTやXP、MRIといった画像資料や各種検査結果(特に他覚的なもの)によって証明できることが要求されてきます。
例えば、骨折後、きれいに骨が癒合しているのに可動域が大きく制限されているような場合や、特に外傷が見られないのに視力が大きく低下しているような場合(とりわけ事故から時間を空けて症状が悪化しているような場合)は、後遺障害として認定される可能性は低いと考えられます。
実際に後遺障害等級の認定で問題となるのは、ほとんどがこの点にあるといってよいと思います。
労働能力の喪失を伴うもの
後遺障害等級の認定がされれば、最も低い14級でも、裁判基準での慰謝料の額は110万円、労働能力喪失率は5%が想定されることになります。通院時の慰謝料とは別に計算されることになりますので、決して低い額とはいえないでしょう。
逆に言うと、後遺障害として賠償の対象になるためには、これだけの補償が必要になるほどの症状が残っていないといけないということになります。
受傷後の痛みやしびれが一向にひかないという場合,後遺障害等級14級9号が認定される可能性がありますが,「ちょっとした違和感がある」という程度では,労働能力の低下は生じないと考えられますので,やはり後遺障害の対象とはなりません。
このように、賠償の場面で使われる「後遺障害」といえるには,一定のハードルを越えていなければならないということになりますので、一般的な用語の「後遺症」よりも狭い概念であるといえるでしょう。
その他(労災の認定基準との関係)
自賠責保険の後遺障害の考え方は、労災保険の考え方を準用していますので、自賠責保険と労災保険の「後遺障害」は、ほぼ同じものです。
なぜ「ほぼ」同じなのかというと、一部の後遺障害では、自賠責保険が独自の認定基準を設けていることに加え、そうでなくても、自賠責保険と労災保険で後遺障害等級の認定結果が違うということが見られるためです(その場合、労災の方が重い認定となっていることが多い)。
自賠責保険と労災保険で後遺障害等級に違いがあるのは、労災の場合は医師による面談があるといった手続的な違いの他に、自賠責保険は加害者の責任を前提とする関係で、慎重に判断しなければならないからだとか言われています。
「後遺障害」の認定を受ける
後遺障害について加害者から賠償金を支払ってもらうためには、前提として医師が作成した後遺障害診断書を提出し、損害保険料率算出機構によって後遺障害等級の認定を受ける必要があります。
自賠責保険では,後遺症の重さによって1級から14級までの後遺障害等級が定められていて,各級の中で,どのような症状であれば認定されるかが「号」によって細かく決められています。
例えば,肩関節の片方の可動域がもう片方の可動域の2分の1以下となった場合は,後遺障害等級10級の中の9号が認定されることになります。
交通事故で相手から支払いを受けられる後遺症といえるには,このように自賠責保険の後遺障害等級の基準のうちのどれかに該当しなければなりません。
厳密にいうと,法律上(裁判上)は,自賠責保険の定めにかかわらず,後遺症の賠償を認めることができるので,自賠責保険の後遺障害に該当しなくても賠償を受けることは可能です。
例えば、前述のような後遺障害14級として慰謝料110万円、労働能力喪失率5%とまでいかなくても、それより低い限度で後遺障害を認めてもらうという可能性もあります。
しかし,現在の実務では,裁判所も自賠責保険の基準を満たしているかどうかという観点から判断が行われるのが一般的ですので,基本的に自賠責保険の基準を満たしていなければ支払いを受けられないと考えて良いです。
現実的に考えても、裁判官は、あくまでも法律の専門家であって医学の専門家ではありませんので、医学的な知識が必要となる後遺障害認定を自賠責保険の調査事務所以上に正確に行うのは困難でしょう。
そのため,後遺症に関して加害者に賠償してもらうためには、自賠責保険上の後遺障害等級の認定が必須となります。
このように,加害者に後遺症に関する賠償を請求するためには、自賠責保険のいう「後遺障害」の基準を満たしていなければならず,特に保険会社との示談交渉では自賠責保険の等級認定が必須となりますので,何らかの症状が残っていれば、それに対して補償が受けられるわけではないということを覚えておきましょう。
また,後遺障害等級の認定を受けるためには,「症状固定の状態となっていて将来的にも回復が困難であること」,「医学的に証明(又は説明)できるものであること」、「労働能力の低下を伴うものであること」が必要となりますので,後遺症があれば賠償を当然受けられるわけではないということに注意が必要です。
特に,「医学的に証明できるものであるかどうか」は,認定を大きく左右するものですので,医学的に証明できたといえるだけの検査を適切に受けているかなど,自分でもチェックしておくと良いでしょう。
例えば、関節の可動域制限が生じていたとしても、骨癒合の不全や関節面の不整合といった異常の原因がレントゲンやCT等で確認できなければ、後遺症に見合った等級を受けることができません。
かかりつけの病院・クリニックで必要な検査が受けられない場合、主治医に紹介状を書いてもらい、別の医療機関で検査を受けるということもあります。
後遺障害等級の認定結果に納得がいかないという人の場合、ほとんどのケースで、自身が訴える症状について医学的な証明ができていません。証明するということは、第三者にとってもその存在を認めてもらうということを意味します。
証明ができていなければ、加害者を含めて第三者を納得させることはできないのです。
後遺障害について賠償の対象となるもの
後遺障害の認定を受けることができたら、加害者に対して認定された後遺障害の内容に応じて賠償金の請求を行うことになります。
後遺障害が認定された場合に賠償の対象となるのは、主に①「後遺障害逸失利益」、②「後遺障害慰謝料」、③「将来介護費用」があります。
いずれも、加害者側の任意保険会社から適正な金額の賠償を受けようと思うと、適切に示談交渉を行う必要があることがほとんどです。
後遺障害について賠償金の支払いを受ける場合は、示談前に弁護士にご相談いただくことを強くおすすめします。
当事務所では、後遺障害・賠償金の額に関して無料相談(※)をお受けしておりますので、お気軽にお問い合わせください。
(※)弁護士特約ご加入の方は、保険会社から相談料が支払われることになります。弁護士特約を利用した場合でも保険料が上がることはありません。
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