PTSDなど精神障害と賠償の問題

2025-02-03

 最近、有名人がPTSDになったというニュースを目にすることがありますが、交通事故の場合でも、PTSDの発症が問題になることがあります。

 また、弁護士業務との関係では、労働関係の仕事をしていると、パワハラや過剰労働を理由として精神疾患をり患したという方の相談を受けることも珍しくありません。

 このような経験を踏まえて最近の世論の状況を見ていると疑問に思うことが多々あります。

 そこで、今回は、被害者が精神障害を発症した場合の賠償の考え方や、他の怪我とは異なる注意点などについて解説します。

※なお、ここで述べるのは、あくまでも弁護士の視点から見解を述べるものであり、最新の医学的知見に基づくものではありません。

PTSDとは

 PTSDとは、自分自身又は他人の生命や身体に脅威を及ぼすような、著しい精神的ショックを与えるような心的外傷体験となる出来事に曝されることで生じるとされていて、具体的なトラウマ体験として、自然災害や事故、火災、戦争、性犯罪、激しい暴力、虐待などが挙げられています。

 また、症状としては、フラッシュバックや悪夢、トラウマ事象に関連する刺激の回避、否定的な考えや気分、イライラや怒りっぽさ、不眠などがみられるとされています(一様ではありません)。

 そして、他の精神疾患との合併があると、重症化しやすいということです。

 なお、性的暴行の被害者の場合、症状が残存しやすいという報告があるそうです。

(医学書院「標準精神医学 第9版」より)。

PTSDの賠償金の額

 被害者がPTSDなどの精神障害を発症した場合の賠償金の額ですが、非常に高額になることがあります。

 一般の方が抱くイメージでは、賠償金というと慰謝料や、問題を解決するために示談金(上乗せ)というものではないかと思います。

 たしかに、精神障害の場合でも慰謝料の額が重要となるのは間違いありませんが、現実的に金額が大きくなる要因は、仕事を休業したことへの補償の部分です。

 例えば、トラウマとなるような体験があった後、仕事に復帰できない状態が続いたとなれば、その間の給料の補償を加害者が行わなければなりません。

 この額は、単純計算で、年収が1000万円の人が半年休業すれば500万円、1年休業すれば1000万円となります。

 さらに、症状が完治しないまま1年ないし2年が経過するなど、長期の療養を経ても症状が寛解しない場合、短期的に完治することは見込めず、後遺症として長期間にわたって症状が残存してしまう可能性があります。

 また、その結果、元どおりに仕事をすることができなくなるということも予想されます。

 そうすると、賠償金を一時金で払うとなると、この将来にわたる損害を予測した上で計算する必要がありますので、その額は被害者の年収に応じて高額となっていきます。

 入院加療を要するような精神疾患を発症したような場合であれば、相当重度の後遺症(交通事故の場合、自賠責保険の認定では、14級、12級、9級がありえますが、実際の症状を見て、より重く見ることも考えられます)として取り扱うことになりますので、上記の年収1000万円で9級相当の後遺症が残ったとすると、事故当時の年齢で大きく変わりますが、20代であれば、賠償金の額はこれだけで8000万円を超えるような額となります(実際の計算では修正が必要となることは後述)。

 ここに、将来の医療費や慰謝料が加算されることになります。

 したがって、このような金額で示談したからといって、「金持ちがお金で解決した」とか「口止め料が含まれている」とかいうわけではないのです。

 

交通事故実務での取り扱い

 交通事故の場合は、PTSDと医師に診断されているかどうかに縛られることはなく、「非器質性精神障害」という大きな括りで事故との因果関係などを考慮することになります。

※非器質性精神障害に対し、「器質性精神障害」とは、脳に器質的(臓器・組織の形態的異常にもとづく)損傷が生じたことにより精神作用が障害された場合、「高次脳機能障害」として取り扱われることになります。

 

精神障害の場合に特有の問題

原因が一つではないこと

 精神障害の場合、障害を発生する原因は一つの出来事だけではなく、その他の出来事や人間関係など、元々被害者が抱えていた問題も原因となっている可能性があります。

 そうすると、損害賠償という観点で見ると、実際に生じている損害をどこまで加害者に負担させてよいのかを検討する必要があります。

被害者本人の特性も考慮しなければならないこと

 上記の点にも関連しますが、精神障害は、同じ体験をすれば誰もが発症するものではなく、発症しやすさには個人差があります。

 このような個人差の問題も、加害者の責任を考えるときに考慮しなければなりません。

 具体的には、実際の出来事の程度に比較して被害者の訴えている症状が著しく大きい場合、それが詐病などでなくても、その責任をすべて加害者に負わせることはできないでしょう。

 この点は、損害賠償の実務上は、「素因減額」という概念で処理されることになります。

 これは、被害者の特性に応じて加害者側の賠償の責任を軽減するというもので、認められると、例えば「損害が1000万円だったとしても、3割(この割合は事情により大きく増減します)を差し引いて賠償すべきなのは700万円」といった結果になります。

症状がいつまで続くのかを予測するのが困難であること

 精神障害は、器質性の障害とは異なり、時間の経過と共に寛解する可能性があります。

 したがって、賠償金の計算にあたっても、一生涯障害が続くものとはせずに、賠償の対象を一定期間に限定することがあります。

 非器質性精神障害の場合、この期間を10年程度とされることも少なくありません。

まとめ

 以上のように、ある出来事によってPTSDを発症したといっても、発症にその出来事がどこまで影響しているのか、被害者自身の特性はどうだったのか、将来にわたる損害の発生はどのように考えればよいのかといった点について考慮すべきことは多いです。

 また、実際に生じた出来事(事故)の大きさと、被害者の訴える症状・損害が必ずしも釣り合っているわけではありません(少なくとも、裁判実務の考え方からすると明らかに損害が過大であるということがあります)。

 確実に言えることは、断片的な事実によって事実を推測できるようなものではなく、賠償金の額についても、素人考えで高いとか低いとか言えるようなものではないということです。