社長・役員の休業損害(休業補償)の交渉
交通事故のご相談をお受けしていると,会社の役員をされている社長などの方が交通事故の被害者としてご相談に来られることもあります。そして,多くの役員の方が抱えている問題で共通することとして,休業損害(逸失利益)の問題があります。
保険会社によっては,役員であるというだけで,請求を門前払いすることもあるようです。
なぜ,役員の場合だと問題があり,どうやって請求をしていけばよいのか?
今回は,役員報酬に関する休業損害(休業補償)・逸失利益の問題について見ていきたいと思います。
目次
休業損害の問題
減収がない
役員報酬の場合、交通事故に遭ったからといって期中に一度決めた報酬の額を減額することは税務上困難なことが多いため、仕事に出ることができなくても、会社からそのまま役員報酬が支払われることが少なくありません。
交通事故で賠償の対象となるのは、あくまでも損害が発生したといえる範囲に限られますので、収入に変化がなければ、基本的に請求はできません。
ただし、この場合、休んでいる役員に対して無駄に報酬を支払うことになったという意味で、会社に損害が発生していることになりますので、会社から事故の加害者に対して損害賠償の請求をすることは可能です。このことを反射損害といいます。
休業したことの証明
通常、給与所得者であれば、出退勤が管理されているため、いつ仕事を休んだのかは会社に証明してもらえれば、相手の保険会社も納得します。
しかし、会社役員は、会社の従業員のように出退勤が厳格に管理されていません(特にオーナー社長のような場合)。
そのため、いつ休んだのかについて、被害者である役員自身で証明する必要があります。
しかし、これは業態にもよりますが、後で証明しようと思っても、適切な資料が用意できないことが多々あります。
後になって証明できず休業損害の支払いが受けられないという事態にならないように、交通事故が原因で仕事を休むことがあれば、その日時と理由をその都度記録しておくことをおすすめします。
役員報酬の特色
役員報酬の場合に何が問題になるのかを見る前に,まず役員報酬の特色について見ておきましょう。
役員の場合と一般的な給与所得者を比較すると,給与所得者の場合,給料が労働の対価であることに疑いはないのに対し,役員の場合,法人税負担の軽減のために役員報酬を増額し利益を圧縮していること,実質的には何ら役員として稼働していないにもかかわらず親族等に報酬を支払っていること,利益配当的な要素を含んでいることや,役員が休業していてもそれまで通り報酬を支払っていたりするということがあります。
さらに,被害者が役員を務めている会社は小規模であることも少なくなく,被害者個人の休業損害ということを超えて,会社の売上が減少するという大きな損害が発生することもあります。
こうした違いから,役員が休業した場合の損害賠償請求においては,給与所得者の場合と異なる配慮が必要となりますので,以下で詳しく見ていきます。
労務対価部分と利益配当等の部分の区別
上記のように,一口に役員報酬といっても,その中身は様々です。
ここで,交通事故の損害賠償という観点から見ると,加害者が賠償の責任を負うのは,交通事故によって負った怪我などの影響で仕事ができなくなり,それによって損害が発生した部分ということになります。
つまり,賠償金額として算定の基礎となるのは,実際に役員としての仕事を休業せざるを得なくなった場合で,その間の役員報酬の内,労働の対価部分に限られるということになります。
したがって,すでに述べたように,そもそも役員として全く稼働していなかったような人の場合,交通事故によって役員の仕事に影響が出ることはありませんので,役員としての休業損害は発生しないこととなります。
また,役員として稼働していたとしても,既に述べたように,100%が労働の対価と言えるのかについては,検討する必要がありますので,1月当たりの報酬額が100万円の人が1か月休業した場合に,100万円を休業損害として請求するためには,役員報酬が100%労働の対価といえることを証明しなければなりません。
証明の方法
役員報酬の内,どの程度が労働の対価部分といえるのかは,会社の規模,利益状況,役員の地位,職務内容,役員報酬の額,他の役員・従業員の職務内容と報酬・給料の額,事故後の役員報酬の額,類似の会社の役員報酬の額などによって判断していくことになります。
そして,これらを証明するためには,法人の事業概況説明書や損益計算書といった会社の確定申告の際に提出する書類や,賃金センサス,実際にどのような仕事をしていたのかについての業務記録などを用いることになります。
役員報酬が,自分が働いた分の対価として適正であることを説明していくわけです。
誰が請求するのか?
休業によって役員報酬が支払われていなかった場合,役員本人に損害が発生していますので,役員本人が請求を行うことになります。
これに対し,役員が休業していたにもかかわらず,会社がそれまで通り役員報酬を支払っていた場合,役員には基本的に損害は発生していないとも考えられます(税務上の手続の問題から,敢えて減額しないということもあるようです。)。
しかし,その場合でも,会社には働いていない役員に報酬を支払ったことになり,損害が発生しているといえますので,会社から加害者に対する損害賠償請求が認められることになります(反射損害の請求)。
また,この場合の役員本人からの請求についても,会社からの請求がされないことが明らかで,加害者に2重払いの可能性がなければ認められる余地があります(大阪地裁平成26年4月22日判決,同平成25年6月11日判決等参照)。
会社の売上減少に関する請求
役員が,会社の中で重要な役割を占めており,役員報酬としての損害以上に,会社に大きな損害が生じることがあります(会社固有の損害)。
この場合に,会社の売上減少に関する請求を相手方に行うことはできるのでしょうか?
この点については,基本的には,会社は,事故によって直接損害を被ったのではなく,間接的に損害を被ったに過ぎないので(間接損害・企業損害),請求は認められないと考えられます。
もっとも,以下のような例外的な場合には,請求が認められると考えられます。
①会社と役員が経済的に一体的な関係にある場合
会社と役員が経済的に一体的な関係にある場合には,会社の損害は実質的に役員の損害と同視することができるので,請求が可能です(最高裁昭和43年11月15日判決)。
②故意またはそれに準じるような場合
故意またはそれに準じるような態様で事故が発生した場合,上記の請求が認められる可能性がありますが,交通事故の場合にはそのようなケースは稀だと思われます(東京地裁平成27年3月25日判決参照)。
注意点
上記のような点について立証に成功すれば,役員でも休業損害の請求を行うことは可能です。
ただ,会社の代表取締役のような役員の場合に気を付けなければならないのは,役員は,会社から勤務時間等について厳格に管理されておらず,出退勤についてある程度自由に行うことができることもあるため,休業の必要性が争われることがあるということです。
休業が必要であったかどうかは,基本的に怪我の状況と業務内容によって判断されることになりますので,一般常識に照らし,仕事に復帰できる状態であれば,速やかに復帰した方が良いでしょう。
仮に,自己判断で休業していたとしても,客観的に見て仕事に復帰できたと判断された場合,その分の支払いを相手方に求めることはできませんので注意してください。
弁護士による役員報酬請求(休業損害)の示談交渉・増額のポイント
役員報酬の上記のような特色を踏まえ,役員報酬の休業補償を求めるときは,まず,誰にどの程度の損害が発生したのかを確認し,請求の主体を確定します。
次に,発生した損害のうち,どの程度を交通事故の加害者に請求できるのかを検討します。
その際,会社の規模や被害者の役員としての業務内容等様々な事情について,裁判例を参考にして見ていくことになります。
最後に,それらの事情を元に,請求の骨子を構成し,根拠となる資料を示して相手方に請求を行うことになります。
適切に請求の理由付けを行うことができなければ,相手方や裁判所が請求を認めることはありませんので,事前に事案を把握し,準備を怠らないことが重要となります。
まとめ
役員報酬の請求を巡っては,誰が請求するのか,請求できる金額はどうなるか(労務対価部分はどの程度か),休業の必要性はどうかといった問題が存在し,給与所得者の休業損害の請求よりも難しいといえます。
役員をされていて,交通事故に遭われた場合には,早めに弁護士にご相談されることをおすすめします。
(参考文献 2005年版 赤い本・下巻)