減収がなくても逸失利益の請求はできる

2017-05-09

 交通事故で後遺症(後遺障害ともいいます。)が残った場合,一般論として逸失利益と慰謝料を請求することができるということはこれまでにご説明してきました。

→「後遺症が残った方へ」

 このうちの逸失利益とは,交通事故で負った後遺症によって以前のように仕事ができなくなったために,本来得られるはずだった収入が得られなくなったという損害のことをいいます。

 ところが,実際に後遺症が残った人の中には,後遺障害等級の認定を受けたものの,仕事に復帰して交通事故が起きる前と同じかそれよりも多い収入を得られるようになる人も少なからずいらっしゃいます。

 そうすると,逸失利益の性質が,上記のように「将来得られるはずだった収入が得られなくなったという損害」,つまり減収となったことを損害としてみるものであるとすると,このような場合,減収がない以上一切請求ができないのではないかという疑問が生じます。

 そこで今回は,このような,後遺障害等級が認定されたものの減収がない場合の逸失利益の額がどのようになるのかについて見てみたいと思います。

 

そもそも被害者は何を請求できるのか

 交通事故の被害者が請求することができるのは損害の賠償です。

 不法行為責任について定めた民法709条も,「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」としています。

 したがって,あくまでも損害が発生していなければ賠償の請求をすることはできません。

 

減収がないと請求できない?

 以上のような一般論を元に,減収がない=損害がないと考えると賠償の請求ができなくなります。

 このような考え方は,交通事故の前と後の利益状態を比較して金銭的なマイナスがあった場合に「損害」があったとみなすもので,差額説などと言われている考え方に基づくものです。

 裁判所は,一般的に差額説に立って損害を把握しているといわれています。

 しかし,裁判をした場合に,事故後に減収がない人については逸失利益が認められないという判断がされているのかというと必ずしもそうではありません。

 むしろ,現在の実務上は,現実の減収がないということのみで逸失利益を問答無用で認めないという考え方は採られていないといってよいでしょう。

 

実務上の考え方

 上記のように,被害者からの請求に当たっては損害が発生したことが条件となっていますので,減収がなくても請求を認めてもらうためには,減収がなくても損害が発生しているといえなければなりません。

 そのため,何をもって「損害」といえるのかがポイントになってきます。

 この点について,上記の差額説の他に,後遺症によって労働能力が喪失したこと自体を損害とみるという考え方や,後遺症が残ったという事実を損害として捉える考え方があります。

 そして,実務上は,差額説を機械的に用いるのではなく,現実に減収がなくても,労働能力の低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているとか,昇給,転職等に際して不利益な取り扱いを受けるおそれがあるような場合には,逸失利益が認められるとされています(最高裁昭和56年12月22日判決)。

 

どういった事情が考慮されているのか?

 減収がない場合の逸失利益の認定についての一般論は以上のとおりですが,逆に言うと,全く経済的な不利益がないといえるような状況であれば,逸失利益が否定されるということも可能性としてはあります。

 そこで,減収がないのに逸失利益が発生していると主張して,この点が争いになっている場合,何らかの不利益が生じていることを説明する必要があります。

 この際に考慮される事情として,①昇進・昇給等における不利益,②業務への支障,③退職・転職の可能性,④勤務先の規模・存続可能性等,⑤本人の努力,⑥勤務先の配慮,⑦生活上の支障といったものが挙げられています。

 ③が挙げられているのは,再就職にあたって後遺症の存在が不利に扱われ,収入が低くなる可能性があるためで,④が挙げられているのは,勤務先の経営基盤が不安定な場合,リストラ等で転職が必要となる可能性があるためです。

 

その他に注意すべき点は?

 逸失利益の算定にあたって用いる労働能力喪失率は,認定された等級に応じて,通常は自賠責保険の労働能力喪失率表で示された数字を用いることになりますが,この点で,特に公務員で減収がない場合には,一般の減収が生じている場合と比較して不利な認定がされることがあります。

 具体的には,定年までは労働能力喪失率を低く認定するなどといったことがあり得ます。

 その理由は,公務員の場合,民間企業の従業員と比較して身分保障が手厚く,後遺症があっても減収が生じない可能性が高いと考えられるためです。

 

まとめ

 以上のように,事故の後に減収がないからといって逸失利益が認められないというわけではありません。しかし,相手方からは,減収がないから逸失利益は認められないという主張が出されることも十分に予想されます。

 そのようなときは,逸失利益が認められた過去の事例を示し(多数あります。),上記考慮事情として挙げられたものを具体的に説明するなどして,請求に理由があることを説得的に説明していくことになります。

 逸失利益の請求は,単純な実費の損害賠償とは異なり,理論的に難しい部分を含みますので,交通事故で後遺障害等級が認定されましたら,一度弁護士にご相談されることをおすすめします。

 

(参考文献 平成20年版赤い本 下巻 9頁~)