後遺症を残した被害者が亡くなった場合の賠償額

2017-06-21

 交通事故の損害賠償と一言で言っても,実際には1つとして同じ事件はありません。

 中には,特殊な状況により,どのような損害賠償の請求ができるのか迷うような場面もあります。

 今回は,その中でも,交通事故で後遺障害を残した被害者が,その後加害者から賠償金の支払いを受ける前に亡くなってしまったという場合について,請求がどうなるのか見ていきたいと思います。

 

何が問題?

 そもそも,このようなケースで何が問題になるのでしょうか?

 まず前提として,後遺障害の損害賠償請求が可能なものを確認します。

後遺障害について損害賠償の請求ができるものとしては,次の3つが考えられます。

 ①慰謝料

 ②逸失利益

 ③将来介護費用

 それぞれ,①は精神的苦痛に対する賠償,②は後遺障害による収入の減少に対する賠償,③は重度の後遺障害を負ったことによる介護費用に対する賠償を意味します。

 この内,①の慰謝料については,後遺障害の等級に応じて請求をすることができます(厳密にいうとこれも問題になりえますが。)。

 これに対し,②と③は,将来的に実際に生じる損害を予測して支払いを求めるものです。

 例えば,40歳で重度の後遺障害を残すことが確定した被害者の場合,逸失利益については,その後67歳(一般的な就労可能年限)までの27年間分の減収を予測して請求することになります。

 同じく将来介護費用については,平均余命までの年数分にかかる介護費用を計算して請求することになります。

 このように②と③については,あくまでも将来現実に発生する損害を予測して請求するという性質のものです。

 したがって,その予測した未来が到来する前に被害者が死亡したのであれば,その時点で将来の減収を考慮する余地はなく,介護の必要性も消滅するのではないのかという疑問が生じるのです。

 

2つの考え方

 この問題については,2つの考え方があり,1つを切断説,もう1つを継続説といいます。

 切断説…逸失利益は死亡時までに限られるという見解

 継続説…死亡の事実を考慮せず,死亡後であっても後遺症の存続が想定できた期間についてはこれを対象期間として逸失利益を算定すべきであるとする見解

 

実務で採用されている考え方

逸失利益について

〇最高裁判例①(平成8年4月25日判決)

 逸失利益については,「貝採り事件判決」という有名な判例があります。

 事案は,交通事故によって脳挫傷,頭蓋骨骨折,肋骨及び左下腿の骨折といった重傷を負った被害者が,知覚障害,腓骨神経麻痺,複視といった後遺障害を残していたところ,自宅近くの海で貝採りをしているときに,心臓麻痺を起こして死亡したというものです。

(1) 一審

 一審は,逸失利益の継続期間を死亡時までに限らないとしつつ,被害者が死亡したことにより,その後の生活費の支出を免れているとして生活費の控除(30%)を行うとしました。

(2) 控訴審

 これに対し,控訴審では,逸失利益の算定にあたって,一般的に平均的な稼働可能期間を前提としているのは,事の性質上将来における被害者の稼働期間を確定することが不可の王であるため,擬制を行っているものであるとし,被害者の生存期間が確定してその後の逸失利益が生じる余地のないことが判明した場合には,死亡した事実を逸失利益の算定にあたって斟酌せざるを得ないとして,死亡時以後の逸失利益を認めませんでした。

(3) 最高裁

 最高裁は,「労働能力の一部喪失による損害は,交通事故の時に一定の内容のものとして発生している」として,逸失利益の継続期間について,死亡した事実は考慮しないとしました。

 ただ,例外的に,交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていた場合には,死亡後の期間の逸失利益は認められないとしています。

 この例外的な場合とは,交通事故当時既に末期がんで,交通事故後にがんで亡くなったような場合が想定されています。

 

★生活費の控除

〇最高裁判例②(平成8年5月31日判決)

 ①の一審が行った生活費の控除については,①の最高裁判決では判断を示していません。この点については,同じ年に出された次の最高裁の判決があります。

 事案は,交通事故によって後遺症が残った被害者が,別の交通事故で死亡したというものです。

 上記の点について最高裁は,「交通事故と被害者の死亡との間に相当因果関係があって死亡による損害の賠償をも請求できる場合に限り,死亡後の生活費を控除することができる。」としました。

 その理由として,交通事故と死亡との間に相当因果関係が認められない場合には,被害者が死亡により生活費の支出を必要としなくなったことは,損害の原因と同一原因により生じたものということができず,損益相殺の法理またはその類推適用ができないことを挙げています。

 

 このように,逸失利益の算定に当たっては,後遺症が残った後に被害者が死亡したとしても,原則としてそのことを理由に金額を減額することはしないということになります。

 

将来の介護費用

 重度の後遺障害が残った場合、事故の前とは異なり自立して生活ができなくなることがあり、その場合、介護が必要となってきます。

 介護が必要になると、施設の利用料や介護サービスの利用料が発生したり、家族が自宅で介護を行う場合でも、家族にかかる負担は非常に重いものになります。

 これらについても、加害者が賠償の責任を負うものとなりますが、その都度請求するというよりも、将来の介護費用を計算して一括して加害者に請求することが多いです。

 これが、「将来の介護費用」です。

〇最高裁判例③(平成11年12月20日)

 被害者が交通事故の後に別の理由でなくなった場合、将来の介護費用について死亡後の期間分も負担することになるのかが問題となります。被害者が亡くなったことで、それ以降の介護費用が実際には発生しないことが明らかになっているからです。

 これについては次の最高裁の判例があります。

 事案は,交通事故によって後遺障害等級1級3号の重度の後遺障害を残した被害者が,その後胃がんにより死亡したというものです。

 この事例で,加害者が被害者の死亡後の期間についても将来の介護費用を負担しなければならないのかが争われました。

 結論としては,最高裁は死亡後の介護費用の支払いについては認めませんでした。

 その理由として,「被害者が死亡すれば,その時点以降の介護は不要となるのであるから,もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく,その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり,かえって衡平の理念に反することになる。」と述べています。

 

整理が難しい問題

 事故と関係なく亡くなったのであれば,それ以降の逸失利益を加害者が負担する理由はないのではないかという気もします。

 しかし,損害賠償の基本的な考え方や,仮に死亡後の逸失利益を払わなくても良いとした場合の実際上の不都合の問題から,逸失利益については,死亡後の分も含めて賠償の義務があるとされています。

 他方で,将来の介護費用については,現実に支出する費用の補填であるため,その必要がなくなった場合にまで加害者に負担を負わせるべきではないと考えられているのです。

 このように,後遺症が残った後で被害者が亡くなった場合,整理が難しい問題がありますが,相手方に賠償を請求する場合,基本的に1円単位で賠償金額を計算する必要があり,実際にこのような状況になった場合,上記のような考えにしたがって正しく計算を行う必要があります。

 損害賠償を請求する中で,どう考えたら良いのか迷うようなことが生じた場合には,一度弁護士にご相談されることをおすすめします。

(参考文献 上記判例の最高裁判所判例解説)